最強陰陽師の魔術世界日常譚~全妖怪を滅して異世界転生したので、魔術世界では青春を謳歌する~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

1章_お立合い

第1話 陰陽師、青空になる


 陰陽師。

 平安の伝説として語られていた彼らが、令和でも世界の守護者である事は殆ど知られていない。


 時代は現代に移ったが、隙間に住まう妖怪達の存在は消えたわけではない。

 寧ろ機械的な光が増えた事で、暗闇は一層暗闇として深まった。

 結果、妖怪達の温床となっている。


 銃火器の一切が効かない異形達を、陰陽師達は霊力を基とした陰陽道にて駆逐する。

 光で生きる人間達を、影の存在として妖怪達から守る。

 

 勿論陰陽師として生まれた以上、俺も影の住人として世界を守る。

 そんな辻褄合わせの人生以外に、生きる道は許されていなかった。

 闇の世界の住人として、普通の人間が興じるような娯楽の一切が許されていなかった。

 俺に待ち構えていたのは、世界を跳梁跋扈する妖怪達との熾烈な戦いだった。

 

 ただ、俺――葛葉院鶴樹くずはいんつるきにとって幸運だった事はあった。

 それは陰陽師としての実力が、安倍晴明の再来と呼ばれるほどに膨れ上がった事だった。


 地獄から這い出た鬼を破壊した。

 堕落した天使を地獄送りにした。

 来訪者を喰らう巨大な悪霊を成仏させた。

 山を支配する天狗を滅亡させた。

 人に災いをもたらす邪神を消滅せしめた。

 伝承が肉となり骨となった、人を喰らう現象を解決してきた。

 妖怪達を利用する人間でさえ、時には抹殺してきた。 


 “降神憑き”という二つ名を授かった俺は、気付けば全ての妖怪を倒していた。

 

「……無念だ。儂の野望は潰えたようだ」


 そう俺に言ったのは、山本五郎左衛門さんもとごろうざえもんという妖怪の頂点だ。

 百鬼夜行を引き起こし、人類を滅ぼそうとした通称、魔王だ。

 とはいえ先程戦いは終わり、魔王の体は消滅が始まっている。

 勝ったという感慨すら湧かないくらいの、接戦だった。

 

「だが貴様こそ、かの晴明を超越した最強の陰陽師よ」


「お褒めに預かり光栄だ。魔王様よ」


「降神憑き……葛葉院鶴樹くずはいんつるきよ。最後に聞かせろ。貴様は何のために戦ったのだ」


 五郎左衛門の疑問は正しい。

 俺が逆の立場でも、きっと言うだろうな。

 

「人間達は、お前が命を懸けて守っている事も知らずに、のうのうと明日も生き続けるぞ」


「……そうかもしれねえな」


「空しくはならんのか?」


「空しいさ。だけど俺らはそういう生き物なんだよ。白血球が何も考えずに細菌を喰らうのと同じだ」


「儂らは細菌という事か……違いない」


 正直、小さく笑う五郎左衛門の顔を見るのもつらくなってきた。

 この戦いで、俺も遂に寿命を減らしきってしまった。

 そうでもしなければ、勝てる相手ではなかった。

 咳込んだ際、掌に着いた血を見て何だか寂しい気持ちになる。


 そうか、もうすぐ俺も死ぬのか。


「貴様……もう長くないな」


「お前ら倒してたら、寿命が縮んじまってな」

 

「そうか……しかし儂の百鬼夜行を倒した男だ。胸を張って帰り、残る余生はせめて自分の為に過ごすといい」


「……お前も、互いに立場が立場なら、飲み明かせたんだろうがな」

 

「さらばだ、最強の陰陽師よ。来世というものがあったらそこで飲み明かそう」


 そう言い残して、妖怪の頭領たる魔王――山本五郎左衛門は胸を張ってこの世から完全に姿を消した。

 奴も奴なりに、信念があっての事だ。

 悔いもないのだろう。


 魔王のくせに、晴れやかに死にやがって。

 勝ち逃げみたいじゃねえか。


「…………うぐふっ……!」


 魔王を倒すほどに陰陽道を使い込んだ結果、先程も言った通り代償として寿命を縮めてしまった。

 もう今の時点で、内臓が軋んで血反吐を吐き、その場に倒れ込んでしまうくらいには。



         ■         ■

 


『貴様は何のために戦ったのだ』


 脳が創り出す蜃気楼の中で、五郎左衛門の残響があった。


 何のために戦ったかって?

 そんなの、俺が聞きたいよ。

 本当は世界なんて、救いたくなかった。

 陰陽師になんて、なりたくなかった。

 普通に、そして自由に生きてみたかった。

 

 

「鶴樹様……」


 聞きなれた式神の声を聞いて、俺は目を覚ました。

 だが、それが限界だった。

 布団から起き上がる筋力も、天井の色が何色か識別する能力も、俺には一切残っていなかった。


 魔王を倒してから一年。

 遂に俺の寿命が尽きる時が来た。

 次に目を閉じれば、もうどこにも戻れない事は知っている。

 

「……遊奈ゆうな……俺は今日で死ぬ」


「……はい、私も覚悟は済んでおります」


 俺が使役する最高の式神、遊奈しか部屋にはいなかったようだ。

 遊奈は本来、九尾の狐である。

 黒髪が良く似合う大和撫子を体現した少女の姿は偽りだ。

 どちらの姿も綺麗で、俺は好きだがな。泣いている姿は見たくなかったがな。

 

 式神は、陰陽師の命を分割して創り出した神や妖怪の事だ。

 俺の命を使っているが故に、死ぬ時も強制的に一蓮托生なのだ。

 遊奈の言う覚悟とは、自分が果てる覚悟の事も指しているのだろう。

 

「勝手に生み出して……勝手に使役して済まなかったな」


「いいえ。私は鶴樹様から生み出されて幸せでした……。共にこの身果てようとも、未練はございません」


「そうか。主人としては喜ばしい事この上ない」


 遊奈は、本当に俺の一番近い所で頑張ってくれた。

 俺が持つ最高の式神である十二天将を取りまとめてくれたのも、九尾の狐であった彼女だ。

 今日までの衰弱で、遊奈以外の式神はもう消えてしまったが、彼女だけは残ってくれた。

 俺の為に心から泣いてくれるのは、もう遊奈しかいない。


 他の陰陽師は俺の事も忘れ、次代の“降神憑き”を生み出そうと躍起になっている。

 俺が伏せる病床に、誰かが見舞いに来たことは無い。もう用済みだからだ。

 あくまで世界の光陰の秩序を保つための絡繰り人形としては、正しい活動だ。

 一般人には分かるまいが、これが陰陽師なのだ。


 だけどやっぱり、これを冷たいというのだろう。

 隣で手を握ってくれている遊奈の手が暖かいから、もうどうでもいいけれど。

 

「遊奈、最後に頼みがある……」


「なんでしょうか?」


「……俺を、外に出す力は残っているか?」


「はい……」


 俺の命が消えかけていて、最早狐の姿にもなれないくらいに弱っているにもかかわらず、無理をさせた。

 でも最後は、太陽の下にいたかった。

 俺が造った平和を、少しでも満喫したかった。


 少しして、俺はとある小さな公園のベンチに座っていた。

 隣で遊奈が支えてくれていなければ、座っている事さえ出来ない。

 太陽がまぶしくて、暖かいという感覚しか理解できない。

 だけど子供達が天真爛漫に遊ぶ声が聞こえるから、きっとここは公園なのだろう。

 

「なあ、遊奈。俺はこの世界を救ったのか?」


「ええ。鶴樹様がいなければ、今頃この子達も魔王山本五郎左衛門に喰われていた事でしょう」


「そうか。俺のおかげで、この子達は今日も遊べるのか」


「鶴樹様のおかげで、今日も世界は回っているのです」


「だけど俺は世界を救いたくなんてなかったんだ。陰陽師になんて、生まれたくなかった」


 ふと、暗闇で目が慣れた様に子供達の姿が少し見えるようになった。

 遊奈の別れを惜しむ顔が、良く見えるようになった。

 

「俺はあの子達の様に、これから公園で無邪気に遊んで、学校で無意味に学んでみたかった。俺は転生してもし、記憶が残っていたら今度は自分の為に生きてみたい」


「鶴樹様……」


「そんな顔をするな。陰陽師という束縛から、俺は間もなく解放される」


「それでも鶴樹様には……もっと長生きしてほしかったです。私の事など、どうなっても構わなかった……鶴樹様はこれまで私に沢山の愛情を捧げて下さいました。私は、何も恩返しが出来ぬまま……!」


「最後まで謙虚で、可愛い奴だ」


 泣きじゃくる遊奈の頭を撫でる。少しはみ出た狐耳が、手触りも良くて好きだった。

 これが最後だと思うと、確かに悲しい。

 遊奈の消滅が始まり、ぼやけ始めた。

 綺麗な黒髪も泣き顔も、光の粒子となって成仏していく。

 

「だが遊奈。もうお前も一つの命で、魂だ。ならばこの後輪廻転生の輪を潜り、どこかの世界へ転生する事だろう」


「……」


「お前は自由だ。好きに生きろ。例え転生後、記憶が残っていたとしても俺を探すな」


「……その願いだけは聞き入れる事が出来ません」


 初めて反発された。

 

「……何としても記憶を保って、あなたの元へ馳せ仕ります」


 嬉しかった。

 最後の最後で、ここまで想ってくれる人がいたから。

 生まれた事に、意味があるってやっと思えたから。

 だから、俺は最大の賞賛を以て従者の旅立ちを見送る。


「今日までありがとう。次に会えたら、平和の下で会おう」


「……はい。約束です……さようなら――」





 俺の額に、コツンと何かがあたった。

 紙飛行機の様だ。

 しかし折り方が雑で、まだまだだ。これじゃ上手く飛ばないな。

 

「ごめんなさい。へんな方向に飛んじゃって」


 まだ五歳くらいの男の子が駆け寄ってきて、深々と頭を下げた。

 ちゃんと親からの躾がなっているのだろう。

 怖がらせてはいけないと思い、精一杯の笑顔で紙飛行機を返す。

 

「おにいちゃん、一人で休んでいるんですか?」


「うん。そうだよ。さっきまでもう一人いたんだけど、帰っちゃってね」


「ふうん」


「そうだ。その紙飛行機、お兄さんに貸してくれるかな」


 俺は紙飛行機を一度開くと、もう一度紙飛行機の形に折って見せた。


「紙飛行機が良く飛ぶようになるには、コツがあるんだ……教えてあげる」


「おにいちゃん、紙飛行機上手だね!」


「うん。お兄さんは折り紙が得意でね。なんたって降神憑きと呼ばれるくらいだからね」


「おりがみつきって何?」


「はは、難しかったかな。その内分かるよ」


 いや、分からないだろう。

 俺がこの青空を守った事は、どの教科書にも載らないのだから。

 哀しいな。でもどうでもいいな。

 英雄扱いされた所で、紙飛行機を飛ばす事さえ出来ない死に体には皮肉としか思えない。


「さーて出来た。どうだ?」


「ありがとう、おにいちゃん!」


「さあ、飛ばして見な。命一杯力を入れて投げるんだ」


 完成した紙飛行機を、男の子に投げさせてみた。

 紙飛行機は太陽目掛けて飛んで行った。

 眩しい太陽を目掛けて、果てしない空目掛けて、自由に羽ばたいていく。


 我ながら良い出来だ。

 そして陰陽道の霊符でもないから、燃えたり水になったりなんて事も無い。

 重力も忘れて、そよ風に乗って飛んでいく。

 五郎左衛門や、遊奈が先に逝った世界へ向けて、飛んでいく。

 どこまでも、どこまでも、無邪気に自由に飛んでいく。


 重力という自然法則からも外れて、しがらみだらけのこの星から出ようとしている。

 もう少しだ。頑張れ。

 もう少しだ。負けるな。

 もう少しだ。青空の向こうまでどこまでも飛んでいけ、俺の紙飛行機。 

 

「すごいねおにいちゃん! ありがとう! あれ? おにいちゃん、寝てる……おーい」


 そんな子供の声が、最後の記憶だった。

 痛みも苦しみもない、すごく気持ちよい真昼の事だった。

 羽が生えて、俺が大好きな青空へ紙飛行機みたいに昇っていく気分だった。


(あんな紙飛行機みたいに、生きてみたかったよ)


 聞こえてたかな。

 ごめんね。ちょっと世界を救っちゃって、疲れててさ。

 昇るには、最高の青空なんだ。

 ようやく俺は、青空になれたんだ。


     ■           ■



 そういえば陰陽道の一つとして、反魂法と呼ばれる呪術がある。

 輪廻転生の輪に干渉し、生前の自我や記憶を引き継ぐという物だ。

 俺は反魂法も会得している。だが死の際には、その力を行使しなかった。

 

 来世では、陰陽道も葛葉院鶴樹という男の歴史も忘れたかったからだ。

 ただ一人の生命として全うしたかったからだ。

 自分の生きたいように生きて、死にたいように死ねる人生を送りたかったからだ。


 もう二度と、世界なんて無責任なものを救うだけの勇者にはなりたくない。

 普通の生命として、普通の生き方を歩んでみたい。


 だが、ここで一つ誤算があった。

 本当に偶然の偶然なのだが、俺は葛葉院鶴樹の人格を保ったまま、陰陽道ごと異世界に転生してしまったらしい。

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