第6話 祭の前に
「サマーシャ、どうだ? 記憶は戻りそうか?」
「そろそろ戻ってもいいはずなんだがな」
「……まだなのか」
博士(inサマーシャの身体)と獣人少年トルネルは、とりあえず予定通り、祭で使う香枝を採取していた。日はかなり傾いて、そろそろ集落へ戻らなければならない。
「こちら側からできることは何もないのだから、仕方がない。コンピュータどころか電気もなさそうだしな」
『コンピュータ』『電気』といった単語は日本語のまま発声することができた。この世界に存在しないか、少なくともこの獣人少女の知識にはないのだろう。
ふむふむと一人うなずきながら不可解な言葉をつぶやく少女に、トルネルは不安げな瞳を向ける。
「祭が始まっても記憶が戻らなかったらどうするんだ? 初唄祭は人生で一度きりなんだぞ。そんな状態で参加するなんて」
どうやら初唄祭というのはこの部族の成人式のようなものらしい。
「うーむ、それはなんとか延期できないものなのか? 例えば、病気とか怪我の場合はどうするんだ」
「確かに怪我とかで来年にする人もいるって話だけど、そしたら俺と……」
トルネルは口ごもり、サマーシャ(中身は博士)のほうに向き直る。
「なぁ、本当に何も憶えてないのか?」
真っ直ぐな視線。
博士はそういったことに疎かったが、少なくとも推理はできた。
「あぁ、まったく憶えていない。まぁ、お前との甘酸っぱい記憶を私に覗かれるのもなんだろうから、彼女にとっては幸運だったのではないかな」
「誰の話をしてるんだ? はぁー、まったく、本当に記憶が戻るのか心配だよ……」
やれやれとため息をつきながらトルネルはサマーシャ(中身は博士)の頭を撫でる。ふわふわとした黄金色の髪の毛。獣耳がぱたぱたと動く。大きな瞳が軽く上目遣いで見つめる。
「あー、もう仕方ないか。よし、分かったよ。俺、来年まで我慢する。だから、さ」
ぐっ、と、トルネルはサマーシャを引き寄せた。
「ちょっとだけ、いいだろ?」
「……は?」
見ず知らずの獣人少女の恋愛沙汰など、興味の欠片もないのだが。こういう場合はどう行動すべきなのだろうか。
博士(inサマーシャの身体)が思案する中、トルネルの顔が息づかいを感じる程まで近づいた。
バリバリバリッ、と空を引き裂く雷のような大音響。
真っ白な閃光。
『透明』は、再びすべてを塗りつぶした――。
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