#11 トクヨさんの過去。前編

2024年5月2日公開↓ 

 物語は今から遥か昔

江戸時代にまで話は遡る。ーー

「姫、どこに

おられるのですか!?徳世姫~」

げっ、煩い爺だ。と

徳世は心の中で毒づいた。

徳世は江戸の名門の武家の出自

でありながらかなりのお転婆娘で

家の者は家老の爺を含め彼女に

手を焼いていた。

「何さ、爺。」

「ここにおられましたか,姫。

今日は歌を詠む会があるでしょう。」

困った口調で言う爺に徳世は

あけすけに答えた。

「そんな事してるより男共と

剣を混じえていた方がマシだよ。

あぁ、父上には上手く

誤魔化しといて、爺。」

そう言って木刀を肩に引っ提げ

去っていく徳世の背中に爺は心の中で

「『どこであのようなお転婆に

なられたんだか…』」

と苦々しく見つめていた。ーー

2024年5月9日公開↓

 徳世のお転婆ぶりは彼女が秘かに

好意を抱く寺子屋の先生をしている

俊之助(しゅんのすけ)、

彼でさえ彼女に振り回されていた。

「俊之助、遊びに来てやったよ。」

「徳世様、寺子屋は遊びに来るところでは

ありませぬ。学びを乞う子どもたちの

勉学の場なのですよ。」

「相変わらず細かい男だねぇ、

遊びも学びの一つだってあんたの

辞書にはないのかい?」

「そ、そういうわけでは・・・」

 すると徳世は俊之助の襟を強く

引っ張って言った。

「とりあえず今からあたしに付き合いな、

相談したいことがあるんだよ。」

 えらく真面目な雰囲気の徳世に有無を言えず

俊之助は彼女に連行された。ーー

2024年5月23日公開↓

 徳世が俊之助を連れてきた先は甘味処だ。

 俊之助はまるで怖い先輩を相手にしているかのように

おどおどと話を聞いた。

「徳世様、そろそろ私をここに呼んだ理由を

お教えいただけませんか?」

 お汁粉を食べながら徳世は俊之助を呼び出した

理由を言った。

「あんたに相談は他でもない。あたしが父上から

頼まれて徳川幕府に仕える幕臣の息子さんの

勉強を手伝ってほしいんだよ。」

 俊之助は続けざまに聞いた。

「何故私なんですか?教育係でしたら他にも

良い方がいらっしゃるでしょう。」

 徳世は思った。『あんたが好きだから頼ってるんだよ。』

と心の中で叫んだが平静に話を続けた。

「あんたは頭は良いし、性格も穏やかで誰とでも

仲良く出来るから任せられると思ったんだよ。」

 それを聞いて俊之助は観念したのか言った。

「はぁ、分かりました。3日だけお受けいたします。」

「おっ、ありがとう。じゃあ、ここの甘味処のお代は

あたしが払うよ。好きなの選びな。」

 それを言われると俊之助はこの甘味処で一番高い

のを注文した。少しばかり徳世は後悔した。ーー

2024年6月6日公開↓

 現代。--

 徳世は電子生命体となり、アプリという形で今は

刑事となった工藤俊輔の相棒として彼を支えている。

 トクヨは自身がかつて恋していた俊之助に似ている

工藤に仄かに好意を寄せ、今も彼に近付く上司の

女刑事である宇垣陽子に嫉妬心が厚く芽生えていた。

「『俊輔、アンタ、あの女の事、どう思ってんのさ?』」

「どうって…、素敵な人だと思いますよ。」

「『それって、人としてかい?それとも女としてかい?』」

「勿論、人としてですよ。

何ですか?昨日からずっと怒ってて。」

 トクヨは工藤の鈍感さにさらに不貞腐れ、眠るように

スリープモードに入った。

「『俊輔の馬鹿、唐変木、女たらし…。』」

 恨みこもった愚痴をこぼしながらかつての人間時代を

トクヨは、徳世として夢を見ていた。ーー

2024年6月30日公開↓

 徳世が俊之助に幕臣の息子への教育を要請が終わった頃、

彼女の父上である佐上百乃丞が苦渋な顔つきで正座で待っていた。

「帰ってきおったか、おてんば娘が…、徳世よ、そこへ座れ。」

「はい、父上。」

「徳世よ、そなたは常日頃、我が屋敷を勝手に抜け出しては

城下町の寺子屋の男に会いに行っとるそうだな?」

 徳世はギクッとしながらも「はい。」と答えた。

「悪い事は言わん、そなたはもう16じゃ、普通ならばもう既に

嫁に出てもいい頃合いの乙女じゃ。しかし、我が家の事も

十分に考えてくれ。好いている男よりも家柄がしっかりとした

者を婿に迎えるべきじゃ。」

 すると徳世は怒髪天に衝くが如く怒り出した。

「何故(なにゆえ)に父上にその様にわたくしが好いている

男の悪口を言われねばならぬのですか?わたくしは…、

わたくしは…」

「お、おい。徳世、どこへ参るのだ!まだ話は…。」

 気付けば徳世は屋敷の外を飛び出していた。

 しかし、その日の江戸の天気は気候が怪しく黒雲が

空を舞っていた。次の瞬間、徳世に向けて雷鳴の雷(いかずち)が

急襲した。徳世はその場で息絶えてしまった。--


#11 トクヨさんの過去。前編 【完】

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