第27話 ヌスビトハギと救済の報復
「
シオンは怪訝な顔をしたが、アイリスは心当たりがあるように顔を上げた。
「フォーチュンから回収した情報の中で見た記憶があります。
……確か、敵からの攻撃をセンサーによって感知し、その後自動的に核による報復攻撃を行うシステムだったはず……」
「大した記憶力だ。その通り、世界規模の戦争に備えて各国が報復システムの配備を始めた。最終的にそのシステム発動されたことは無かったようだが、設備は未だに生きたまま残されている。
そして、報復の発動条件は『
「その報復装置を使って、世界中のサーバーを破壊する……? 本当に可能なんですか?」
「さあな。何せ世界初の挑戦だ。だが、やるからには徹底的にやる」
ゾフィアは語気を強めて言った。
「まず、ある一カ所の自動報復装置を人為的に起動させて攻撃を行う。その際に、攻撃目標となる地点をこちらの手で変更する」
「また、ハッキングですか?」アイリスが訊ねた。
「前回とは違う。相手は無人だ。国防レベルのセキュリティだろうが、三日もあれば私一人でもなんとかなる」
「それで、その目標を世界中のサーバーに設定する。だったら簡単だね」
「いや、攻撃目標は他の自動報復装置だ」
「ほ、他の……?」
ゾフィアはモニターを切り替え、地球上に点在する複数の点を指して言った。
「これが現在、地球上で正常に稼働する自動報復装置の位置情報だ。まずはこれらすべてを目標として核攻撃を行う。するとその攻撃を感知した自動報復装置がまたミサイルを撃つ。
リリィに計算させた予測では、最初の発射から五十時間で千発以上のミサイルが地球上を縦横無尽に飛び交う。攻撃によって世界の主要都市の七割以上が攻撃に晒されるそうだ。その場合、各地の研究機関や大学に安置された百四十個のサーバーすべてを回復不能レベルまで破壊できる確率は、九九・九九一%」
「大胆ではありますが、私たちができる作戦の中ではまだ現実的です。しかし……」
「……この作戦では約千発の核兵器を使用する。世界中の大都市圏は物理的に壊滅、生き残っているであろうライフラインも蒸発する。元から崩壊している生態系と合わせれば、この星は本当の意味で、死ぬことになる」
地球上で『自動の核戦争』を引き起こし、稼働を続けている残り僅かな施設すらも灰燼に帰す計画。
地球を一度『殺す』計画。人類史でも類を見ない、最悪の破壊行為だ。
「だが、この星には一つだけ『死んでいない場所』がある。自動報復装置による攻撃目標に唯一設定されず、核戦争による環境汚染から最も遠い場所。……ここだ」
ゾフィアは再び画面の中の地球を回転させる。
「ここは……どこですか?」
ゾフィアの指先にあったのは、白色で塗りつぶされた土地。
「南極大陸だ。南緯九十度を中心とするこの地域は、世界中の国々による自由な科学調査が行われていることから、一切の戦略的利用が禁止されている。そして、現在の地球上でただ一つ、汚染レベルが人類の生活に耐えうる基準を保ち続けている。
この南極の地を、帰還した人類の『新天地』とする計画だ」
二人はしばし画面上の南極から目が離せなかった。
しばらくして、口を開いたのはアイリスだった。
「まだ大事なことを聞いていません。最初の自動報復装置を起動させる方法です。あなたが言った発動条件は『首脳の死』もしくは『衝撃の感知』。方法はあるのですか?」
「もちろんある。そのためにお前たちを呼んだのだからな」
ゾフィアは『リリィ』の名を呼んだ。『リリィ』は二人を押しのけて部屋の中央に割り入り、レールの終端で停止した。
「例の『地図』を出してくれ」
『リリィ』は天井から伸びる掌をシオンとアイリスに向けると、その中心から光を放った。
二人の眼前にホログラムが投影された。衛星写真による地図に、赤と青のピンが刺さっている。
「この青い印が私たちの現在位置だ。そこから南に三十キロ、小さな国防関連の施設がある。地図の赤い印の場所だ。自動報復装置のセンサーは、その施設の地下最深部に設置されている。そして、施設を破壊してセンサーに『敵からの攻撃』を誤認させれば、一時間以内に自動的に報復が実行される仕組みになっている」
「その施設の破壊はどうやって?」
「ここに保管されている爆薬をかき集めた。全部で三百キロ。
「あの、ゾフィアさんは……」
シオンが何か言いかけた時、再びリリィが無機質な声で状況を読み上げた。
「再起動プログラムの挿入を確認。三十秒後に第一から第十三番端末までを起動します。拒否コマンド、なし。再起動後に指定ソフトのインストールを開始します……」
「どうした、リリィ! 私は何も命令していない!
クソッ、力ずくでこちらの権限を奪うつもりだ! ……おい、二人共!」
入り口の前でうろたえるシオンとアイリスに向かって、ゾフィアが大声で言う。
「もう時間が無い。アマノトリの連中は本格的に我々を標的にするつもりだ!
……ここは私に任せろ。お前たちは、自分の仕事にだけ集中していればいい」
そう言うと、『
「いいか、二日だ! 二日で自動報復装置の攻撃目標を変更してやる。お前たちは今から四十八時間以降に施設を爆破するんだ! さあ、早く行け!」
「あ、あの……ゾフィアさん!」
シオンが泣きそうな声で名を呼んだ。
「また……いつか……会えますよね?」
一瞬、ゾフィアは唖然とした表情をした。が、すぐに口元を不敵に歪めた。
「それは、お前たちの努力次第だ」
「……必ず、元の『世界』を取り戻して見せます。そして、いつかあなたを地上に連れていく」
断固としたシオンの口調に、ゾフィアは視線を向けずヒラヒラと手を振って見せた。
「ああ、楽しみだ」
シオンはアイリスに肩を貸し、廊下の奥へと消えていった。
「さて……ここからが大変なんだがな」
ゾフィアは独り言を呟きながら、キーボードを叩き始めた。
背後から『リリィ』が腕を伸ばし、机に水が入ったコップを置いた。
「あれでよかったのですか、ご主人様?」
「……何の話だよ」
「彼らに真実を伝えなくても良かったのかと……いえ、すみません」
振り返ったゾフィアに睨まれ、『リリィ』は口を噤んだ。
「あいつらにもあいつらなりの『仕事』がある。その手助けをしたまでだ」
ゾフィアはコップの水を一息に飲み干した。薄い色の唇の端から水滴の筋が垂れた。
「きっと、すべて上手く行くさ。そしたら、お前ともお別れだ」
『リリィ』は微動だにしない。
「お前が私の側にいてくれなかったら、今頃私は孤独死していただろうな。
本当に、感謝するよ」
「……」
「一度ぐらい、お前と一緒に外に出て見たかった。お前にもっとこの世界を教えてあげたかった。私は、お前に親らしいことを何一つしてやれなかったな」
ゾフィアは白衣の裾で目を拭った。
すると、『リリィ』は背後から腕を伸ばし、ゾフィアの薄い身体を抱きしめた。
「そんなことはありません」
ゾフィアは驚いて手を止めた。抱きしめられている腕はほのかにぬくもりを感じる。
「私はあなたと一緒にいる時間がなにより好き。最近、分かってきた気がするんです。親子の安心感って、こういう感じなのかなって」
「お前……」
「面と向かって言うとなると、やっぱり恥ずかしいですね。やっぱり親子だからでしょうか」
私を生んでくれてありがとう、ママ。私はいつだって、ママのことが大好き」
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