第26話 二ホンスイセンと愛のかたち

 アイリスはシオンに微笑みかけた。


「人類が居住地を地球からアマノトリに変えたあの時、世界中の国々は自分たちにとって都合の悪い事実や物的証拠を地上に破棄したんです。移住のための手続きや国民への説明で、全てを焼却処分することができなかったのでしょう。

 ところが、人類はそのことも見越していたんです。つまり、他国も機密情報を地球に残すはずだから、フォーチュンを使ってそれを手に入れてやろう、と」

「フォーチュンによる、代理戦争という訳か」

「そうです。それも一滴の血も流さない平和裏な戦争ピースフル・ウォーが、主人無き大地で行われた。そしてアマノトリの人類は、自国に属するフォーチュンと情報の受け渡しを行い続けました。アマノトリ内での国際競争に勝つためです。置き去りにしたはずの情報を敵対国に突きつければ、それをダシに国家恐喝が行える。それに反撃するためには、また同じ手を使うしかない」

「……口では地球を棄てたと言いつつ、棄てるどころか骨の髄まで利用していたのか。大した愛国心だ」

 ゾフィアが皮肉を込めて笑った。

「私の『親』である亜宮由岐雄は、世界の思惑と『計画』に早い段階から気が付いていたようです。各国が機密情報の暴露合戦を始めれば、国際情勢や世論は一気に分裂し、政府に対する信用は地に堕ちる。過去の遺恨を掘り起こされた腹いせに、実力行使に訴える国家さえ出てくる可能性もあります。宇宙空間に浮かぶ箱舟で武力を行使すればどうなるか、もちろん理解できない者はいないでしょう。

 でも、『母なる大地』ですら生物が住めない環境にしてしまった人間が、果たしてアマノトリの『世界』を守りきれるでしょうか?」

「亜宮由岐雄は稀代のテロリストではなく、世界を滅亡の淵から救った英雄だった……」

 アイリスはさらに続けた。

「『計画』を遂行していた上層部からすれば青天の霹靂だったでしょうね。原因不明の殺戮が地球上で多発し、助けに向かう事も抵抗することもできずに持ち駒を削られる……」

「……だが、どうしてアマノトリの連中は亜宮由岐雄をテロリストだと断定した? 亜宮はお前に指示を出していただけなのだろう?」

「地球のフォーチュンからの情報で、私の正体が露見しかけた時がありました。その際に、亜宮は自らを主犯に仕立て上げたんです。それらしい物的証拠と嘘の犯行声明を用意し、忽然と自室から消えた。あえて過剰なパフォーマンスを演じることで、私を操作の目から逸らしたんでしょう。『子を守る親の役目を果たした』、彼は最後にそう言っていました。

 それ以降は、私にも行方は分かりません」

 部屋の中に重い沈黙が流れた。


 世界を守るための殺戮と、子の罪を被った親。

 望まぬ使命を背負う幸福の使者と、それらを戦争の道具に使う支配者。

 破裂寸前の爆弾を抱える世界と、


 それは、一人の人間と二体のフォーチュンが向き合うにはあまりにも巨大すぎる影だった。

「……そうか、分かった。お前のことはよく分かったよ」

 ゾフィアが疲れ切ったような声で言った。

「それで、次はそっちの、」


 何か言いかけた時、三人の背後で警報音が鳴り響いた。

「……何だ!」

 音の発信源は、入り口近くで静止する『リリィ』だった。自らが発する赤い光で、白い体表面が照らされている。

「第三十一端末内で不審なプログラムの作動を検知しました。防壁を起動、侵入の拒否を試みます。……起動失敗。セキュリティシステムの権限を奪取されました。『親機マザーマシーン』以外の端末を期限付きで強制オフラインにします」

 警報音を切り、『リリィ』が淡々と状況を読み上げる。ゾフィアの傍らにある『親機』のモニターからは、端末のアイコンが次々と消灯してゆく。

「……アマノトリあいつらだ。今度こそ、こちらを特定したようだな」

「彼らがまた攻撃を……!」

 シオンは思わず身構え、アイリスは唇を噛み締めた。

「よく聞け。これからお前たちをここに呼んだ理由を説明する。人類を救うための、最後の手段だ」


 ゾフィアは端末を操作すると、モニターを回して二人に見せた。そこにはアマノトリの立体図が映し出されている。

「話を戻すが、人類の命運を握るヌバタマは特定のコード以外でその機能を切断できない。だから彼らも、何らかのコードを用いてヌバタマを操っているはずだ。そしてヌバタマには『電源をオフにする』という機能が備わっていない以上、

 そう言ってゾフィアは画面を操作した。画面がズームアウトし、アマノトリがみるみる小さな点になる。

 やがて画面の外側に見えてきたのは、地球を表した模式図。エンターキーを押すと、アマノトリから地球に伸びる複数の線が現れた。

「この線は、現在行われている電波干渉のルートを図に起こしたものだ。その中からヌバタマへのアクセスと考えられるものを抽出すると、一本のルートだけが残る」

 画面には地球とアマノトリを繋ぐ二本の線のみが残った。宇宙から伸びた線は地球上のいくつかの点を経由して、再びアマノトリへ戻っていく。

「アマノトリ1に対して直接干渉するのではなく、一度地球に向けてコードが含まれた電波を送り、地球上の『生きている施設』のサーバーを経由して、再び宇宙に戻す。例え事情を知らない外部の人間に露見したとしても、見た目上はアマノトリ2からの不正コード送信とは気づかれない。

 それどころか、地球にいる何者かからの攻撃と勘違いされてしまう可能性すらあるんだ」

「じゃあ、その施設のサーバーを壊しちゃえば、電波の送信が止まるってことですか?」

 考えられる限り、最も安直な解決策だ。ゾフィアは首を縦に振った。

「まあ、それが簡単に出来れば誰も困らないんだが」

 今度は画面を拡大表示させた。地球の3Dモデルが明瞭に表示され、大陸の輪郭が露わになる。通常と違う所は、国から国、大陸から大陸にかけて複数の放物線が描かれている。

「これが経由されている地球上のサーバーだ」

 放物線は大陸上の各地に散らばっていた。地球の裏側にまで線が伸び、終端が見えていないものまである。

「最初にアマノトリ2からのコードを受信したのはプラハ宇宙航空情報局、次にネバダ州立自然保護特別区の管理棟、イルクーツク循環生態系研究所、マドリード国立大学、深セン市先端医療機器統括委員会etcなどなど……、世界中を巡りに巡って百四十カ所以上だ。再接続される可能性も排除しようとすれば、そのすべてを破壊し尽くす必要がある」

「あと一週間で、世界中の百四十カ所を……?」

 ゾフィアが地球のモデルを半回転させると、最後に小さな列島を通った線は地球外へと消えた。

「そうだ。地球上に何万体とフォーチュンがいた頃ならともかく、たった二人のこの状況なら、何百年かかっても無理だ」

「宇宙ステーションにあるナントカ兵器っていうのを使うのは?」

 シオンの発言に、アイリスは首を横に振った。

「残念ながら『蜻蛉の天矛』の残弾はゼロです。元々の弾頭が巨大なので、数十発ほどの備蓄が限界でした」

 あそこまで派手な殺し方をしなければ……、とアイリスは申し訳なさそうに肩を落とした。

「気にするな。まだ一つだけ、百四十カ所を同時攻撃できる手段がある」

 シオンとアイリスは同時にゾフィアの方を見た。ゾフィアは勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべている。



「私たちが使うのは、自動報復装置A  R  Sだ」

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