第12話 サオトメソウと地底の星見台
エレベーターを降りると、そこは先ほどまでの無機質な廊下とは対照的な、赤いレンガで四方を取り囲んだ天井の高い空間だった。天井から染み出した地下水が、壁のレンガの溝をアミダクジのように伝っていて、吊り下がった蛍光灯の光を受けてテラテラと輝いている。
床にはいくつもの小さい水溜まりができ、油のような虹色の膜が浮かんでいた。
中央にはモニタールームと同じような長机とパイプ椅子が無造作に数台置かれ、その上には本やパソコンが並んでいた。
「紹介しよう。こいつが『スターゲイザー』だ」
そう言ってゾフィアが指をさした先には、一台のデスクトップパソコンが置かれていた。
「第十四世代スーパーコンピューター。より性能効率の高いワイズマン型人工知能にその役割を取って代わられる前の、最後のモデルだ」
「でもこれ、見た感じ普通のパソコンですよね?」
シオンとアイリスはそのパソコンに歩み寄り、首を傾げた。
「
ゾフィアは画面の埃を払うと、パソコンの電源を入れた。
「こいつを使うのは私も久しぶりだ。ちゃんと稼働するといいが……」
「そういえばゾフィアさん。ここは先程とは随分と
アイリスは訊いた。
「私もあまりよく分からん。『スターゲイザー』やここの備品も最初に来た時から置いてあったんだ。以前に使われた形跡があることを考えると、さしずめ核戦争か何かを想定したシェルターだったんだろう」
ゾフィアはそう言うと、起動中のパソコンから離れシオンたちに向き直った。
「決行は明日だ。私の方で今日中に準備を進めておいてやる。『大脳接続』に背中のポートを使用する関係上、ハッキング中に充電はできない。今のうちに万全の状態にしておけ」
それだけ言うと、ゾフィアは部屋の奥の扉に入って行った。
「僕たちも戻ろう」
シオンとアイリスも、地下空間を後にした。
「そういえば、昨夜はカンナさんとどんなお話を?」
上昇するエレベーターの中で、アイリスが訊いた。
「宇宙の生活についてだよ。あ、ここに無事に辿り着いて人間に会ったって送ったら、すごく驚いてた」
カンナが話すところによると、現在アマノトリは大きく七つの区画に分けられ、かつての地球と同じように人種ごとにゆるやかな連合体を形成しているらしい。人口はおよそ七億人、全ての成人の義務として、自動的に労働が割り当てられている。
「カンナさんは何のお仕事をされているのですか?」
「学校の先生らしいよ。アマノトリでは全ての仕事が国に管理されてるから、残業とか休日出勤は全然無いんだって」
その他、アマノトリの中では余暇や趣味に一定の制限が設けられていて、最近はVRと二次元方向トレッドミルによるオンラインスポーツがブームになっているそうだ。擬似的ではあるが、青空の下で汗を流すことは精神医学の観点からも支持されているらしい。また、昼夜の概念も存在しているらしく、照明が落とされる夜間の外出は基本的に禁止されている。
アイリスの身体から、聞き馴染みのある電子音がした。
「噂をすれば、ですね」
アイリスは腕を捲りかけ、その手を止めて言った。
「この地下はどうやら有線以外の電波が入らないみたいなんです。通信が安定しないので、上の通信機で見ましょうか」
そうだ、とシオンが声を上げた。
「昨日の夜、カンナさんから大量のメッセージが送られて来たんだ。ハッキングに役立つかもしれないって」
エレベーターを降りて借りている部屋で通信機を確認すると、こちらの方にもメッセージが届いていた。
シオンは開封済みになっている通知から、四十にも及ぶメッセージを開封した。画面に次々にウィンドウが浮かび上がってくる。
最後に開いたウィンドウには、カンナからの伝言が書かれていた。着信はおよそ七時間前だった。
『アマノトリへのハッキングを試みてくれるのですね。人類を代表して、感謝します。ありがとう。私も何か力になれる事はないかと思って自室を整理していると、一冊のノートを見つけました。
これは私が小さい頃に父親がくれたものです。中には細かいアルファベットがびっしり書き込まれていました。私が、父と同じヌバタマを管理する技師の仕事に就きたいと言った時、『これを理解できないと仕事などろくにできん』と言われたのをよく覚えています。一時期は本気で技師になろうと猛勉強した時期もありましたが、何度も試験に落ちてしまって諦めてしまいました。
勉強していたお陰でこの文字列の内容を一部だけ解読することができるのですが、おそらくヌバタマの何らかの機能を回復させるコードではないかと思います。今の時代に
とにかく、今日中に内容を書き写してメッセージで全文を送ろうと思います。身勝手なお願いですが、引き受けてくれてありがとう。良い便りを、待っています。 カンナ』
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