第6話 カキツバタと大いなる罪人
「シオン、リリィさんともう一度落ち着いてお話ししてみてはどうですか?」
「もういいよ、あんな奴。そんなに大事な行動なら、自分一人でやっていればいいんだ」
公園を出た二人は、幅の広い川沿いの歩道に差し掛かった。時刻はもう深夜と言ってもいい時間で、まだ稼働している街灯が川の水面にさざめく光を照らしている。
夜風に吹かれて、シオンのカールがかった銀髪が揺れた。ヘッドホンを着けていない状態は、頭に妙な違和感があった。
「僕たちは僕たちの行動をするべきだ。カンナさんのために」
きっかり二時間後、カンナからの返信があった。アイリスが腕の角度を前方に向けると、二人が歩く先にパソコン画面ほどの大きさのウィンドウが現れた。
『質問にお答えします。一つ目、シオンさんには、地球からアマノトリの総括コンピュータへのハッキングを行っていただきたいのです。まずはヌバタマが正常に稼働しているのかどうかを確認してください。宇宙空間のネットワークに向けて複雑なアプローチが行える
またもやメッセージは途切れていた。
「いよいよ、話が大きくなってきましたね」
アイリスは夜風になびく髪をかき上げた。
続いて二つ連続で届いたメッセージには、より詳細な指示が書かれていた。
『さい。あ、今シオンさんが電波を送信している現在位置が特定できました。そこから北東の方向に九キロ進んだ先に、まだ生きている管制室があります。そこのコンピュータにアクセスしてみてください。
二つ目の質問ですが、今のところアマノトリに目立った異常はありませんね。おそらく宇宙空間で、外部から重力の影響を受けていないからでしょう。でも、例えば他の生存可能な惑星に着陸する際などに、大きな影響を受ける可能性があります。』
「北東ってどっち?」シオンが聞いた。
「この川を越えた方角ですね。渡れる場所まで行きましょう」
「それにしてもこんなに丁寧に教えてくれるなんて、あの性悪幼女とは比べ物にならないね」
シオンは夜霧に霞んで遠くに見える橋に向かって、先陣を切って歩き出した。
アイリスは前を往くシオンの後ろ姿を、どこか物憂げに眺めた。
「残すは三つ目の質問ですが……」
一人残されたアイリスはそう呟き、腕のディスプレイに目を落とした。
「そろそろ、潮時かもしれませんね」
「アイリス、置いていくよー!」
「ええ、今行きます」
ディスプレイに灯った赤色の文字列を隠すように、アイリスは腕の裾を降ろした。
『三つ目の質問ですが、アマノトリでのテロ行為について、一つ心当たりがあります』
最後の質問に対する返答は、約十分後に届いた。
『
シオンはアイリスの方を見た。アイリスは首を横に振った。
『彼は、フォーチュンに対する大虐殺を行った人間として、アマノトリ内で国際指名手配されています』
「え……」
シオンは言葉を失った。人間が、フォーチュンを虐殺だって?
「……地球でフォーチュンを見かけないのは、それが理由なんでしょうか。しかし、宇宙からどうやって?」
アイリスも驚きを隠しきれない様子だった。
『驚かれたでしょうか。ですが、これは事実です。
順を追ってお伝えしましょう。三か月前、世界の各国、いえ、今となっては旧各国が、次々とある声明を出しました。それは、自国が生産し、地球上に残したフォーチュンからの電波出力が途絶えたというものでした。ある時期を境に二百万体以上のフォーチュンが次々に活動を停止させたんです。この不可解な現象の重要参考人として、亜宮が浮上しました』
「なんでこの人なんだろうね」
シオンが率直な疑問を口にした。
その答えは、直後に明かされた。
『なぜなら、亜宮由岐雄は、世界中のフォーチュンを造った人間でもあるからです』
「フォーチュンを、造った?」
ハッ、とアイリスが何かを思い出したように顔を上げた。
「……思い出した。書き方がこれと違うから気が付きませんでしたが、確かに存在しています。私たちフォーチュンの素体となる、シリコンと軽量合金を組み合わせたヒト型自立歩行フレームの主任開発者、
「それじゃ、この人は正真正銘、僕たちの身体を造った人物、てこと?」
「はい、おそらく。『ワイズマン型』人工知能の開発者が精神の親なら、亜宮は身体の親と言えるでしょう」
「でも、なんでせっかく造ったフォーチュンを殺害する必要が……」
メッセージはまだ続いていた。
『亜宮は当局に拘束される前に、すでに自室から逃走していました。亜宮の部屋には置手紙があったそうです。
「『ワイズマン型』さえも騙し、フォーチュンの素体に自殺プログラムを組み込むという最後の実験は成功した」と。
アマノトリの
なので、地球のあなたから返信を受け取ったとき、私すごく安心しました。まだ無事なフォーチュンもいるんだって。でも、十分気を付けてくださいね。亜宮が生き残りの事を知ったら、こんどはあなたがターゲットになるかもしれない』
吹き抜ける夜風がいやに寒かった。シオンはギュッと、自分の胸を押さえた。
「この亜宮っていう人が、僕たち全員に自殺のプログラムを組み込んだってことだよね……。つまり僕たち、今はまだ生かされてるけど、そいつがその気になれば、いつでも僕たちを殺せる」
「胸に爆弾を抱えるなんて、B級映画の主人公みたいですね」
アイリスが笑えない冗談を口にした。
「アイリス、この人とヌバタマは関係があると思う?」
「例えば、地球上のフォーチュンを全滅させた後に、ヌバタマを乗っ取って今度は人類を滅ぼす。これで人類の文明の痕跡はすべてゼロになります。もし亜宮がそのような意図を持っているならば、一応のつじつまは合いますね」
「僕たちの事はともかく、人類が滅亡するのをこのまま眺めているわけにはいかないよ。先を急ごう。僕たちの命が、尽きる前に」
「ええ、私もお供します」
目的の橋は、もう目の前だった。
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