第5話 オキナグサと決別の時

 シオンはホログラムから目を離し、天を仰いでため息をついた。

「予想以上に、壮大な話だね」

「しかし、この話がまるっきり嘘という雰囲気でもなさそうです」

「これ、知ってる?」

 シオンは落ちていた小さな木の枝で、地面に「ヌバタマ」と書いた。

「いいえ、ですが正式名称の方は聞いたことがあります。彼女の説明で間違いないかと」

 恐らく、ヌバタマがアマノトリの要として機能していることも確かだろう。だが一つ、気になることがある。

「それって、僕たちにできることはあるのかな? アマノトリはものすごく遠い場所にいて、多分僕たちが歩いて行ける距離じゃない。他にも協力者が欲しいけど、この地球じゃ中々出会えないよね」

「アマノトリから地球に交信を試みるだけで違法になるのでは、他に協力を求める訳にもいきませんね」

 すると、ベンチに置いたヘッドホンから聞き馴染みのあるノイズが聞こえた。アイリスは慌てて片耳にハウジングを当てた。

「もう一つ、気になる点があるな」

「リリィ、聞いてたの!?」

「当たり前だ。会話中以外は聞こえてないとでも思ったか? もちろん全部筒抜けだ、私への悪口もな」

「僕悪口なんて言ったっけ……」

「それよりリリィさん、気になる点とは?」

 アイリスがヘッドホンに問いかけた。

「少なくともこのメッセージが送られた二時間前、いや片道だから一時間前か、まではその人間の女は生きている。実際にメッセージを送った訳だからな。つまり、アマノトリは現状、まだ壊れてはいない。ならばそのヌバタマとやらが仮に機能不全になっていても、今のところは問題ないということだ」

「さっきのメッセージにもあったけど、アマノトリは普通の方法で建造した上に補強としてヌバタマの重力を使っているから、まだ持ち堪えてるってことじゃない?」

 ヘッドホンに耳をそばだてていたシオンはそう反論した。

「ああ、恐らくそうなのだろう。だが、何か引っ掛かる……」

 シオンは今度は地面に「アマノトリは無事?」と書いた。

「あ、それともう一つ」アイリスがおずおずと挙手した。

「カンナさんも指摘していましたが、ヌバタマがテロ行為に使われるのではないかという懸念について、カンナさんは何か心当たりがあるのでしょうか」

「テロ行為、ねぇ」

 シオンは続けてその下に「テロ行為?」と書いた。

「地球に残された情報を当たれば、何か得られる物があるかもしれません」

「その貴重な情報は、ついさっき木端微塵になっちゃったけどね」

 シオンは、未だ白煙が上がる図書館の残骸に目を向けた。

「ひとまず、これらについて返信を書いてみてはどうでしょう?」

「そうだね。アイリス、お願い」

 アイリスは腕のホログラムを起動させた。

『カンナさんへ

 三つほど、質問したい事があります。一つ目、ヌバタマに関する調査を行うために、僕たちは何をすればいいのですか? 二つ目、カンナさんがヌバタマに対して抱いた違和感に関係して、アマノトリでは何か変化がありますか? 三つ目、テロ行為の可能性について、何か心当たりはありますか? お返事お待ちしています』

「よし、と」送信ボタンを押した。メッセージは遥か宇宙の彼方へと飛んで行った。

「用事は済んだか?」再びベンチに置いていたヘッドホンから、また声がした。シオンは埃を軽く払って、再び頭に装着した。

「遊びの時間は終わりだ無能共。次の指示だが……」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 シオンがリリィの声を遮った。

「なんだお前、私に口応えとはいいご身分だな。黙って聞いてろ」

「せっかく人類と繋がることが出来たんだ、こっちを優先しようよ。だってこのままじゃ人間が滅亡するって……。ね? いいでしょ?」

 しかし、リリィはあくまでも強情な姿勢を崩さなかった。

「お前に決定権はない。次は発電所の保全作業だ。さっさと行け」

「でも……、リリィも聞いてたんでしょ? 人類のピンチなんだよ! 君も何か引っ掛かるって言ってたじゃないか。これも『世界系の維持に資する行動』なんだよ!」

「勝手に決めるな馬鹿野郎。お前は顔も見えない奴の言葉を信じるのか? 児戯のような文言に踊らされるな。無能は無能らしく私にこうべを垂れて付いて来い」

 リリィの「児戯のような文面」という言葉に、シオンの顔が曇った。

「……リリィだって顔見せたことないくせに。カンナさんの事を悪く言わないでよ」

「もしその女がテロの首謀者だったらどうする? お前は全人類を破滅に導いた犯罪者と共犯になりたいのか? そんなことも考えずに人類を救うだの人間を信じるだの、全くもってお前は真性の阿呆に他ならん」

「じゃあリリィのその命令はどうなんだよ。適当に理由つけて僕たちをこき使ってるけど、それで何の問題が解決できた? そもそも指示ばっかりでろくに働いてないじゃないか」

「私の苦労も知らずに、よくそんなことが抜け抜けと言えるな。これだからガキの扱いは困るんだ」

「馬鹿とかガキとか関係ないだろ。いい加減その上から目線止めなよ」

「いつお前が私の上に立った? 、知った口を聞くな!」

 その一言で、シオンの怒りは頂点に達した。

「いい加減にしろよ!」

 シオンはそう叫ぶと、ヘッドホンを頭からむしり取った。

「お前……」

 その気迫に、リリィも言葉を返せないでいた。

「シオン、落ち着いて」

 肩で息を切らすシオンを、アイリスはベンチに座らせようとした。

 シオンは差しだしたアイリスの手を払って、ヘッドホンを持った手を振り上げた。

「こんなのがあるから……!」

 シオンは、歯を食いしばって、振り上げた右手を、


 力なく下に垂らした。

 ヘッドホンは手から滑り落ち、地面に小さく土埃を巻き上げた。

「行こう、アイリス」

 シオンは言うが早いか、踵を返して公園の出口へ向かった。

「シオン……」

 アイリスは、今にも風化しそうな古びたヘッドホンを一瞥し、


 そして、シオンの後を追いかけた。

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