第4話 エルダーフラワーと重い瞳

 二人は静かな公園でひとしきり時間をつぶした。

 思い返してみると、リリィの命令がない自由な期間というのも珍しい。こうしてのんびりとした時間を過ごすのも悪くないが、ここに穏やかに降り注ぐ日光と色鮮やかな花でもあれば、もっと良かったのにな。シオンは「太陽」と「生きた花」を生で見たことがなかった。


 静寂を押しのけて、聞いたことのないメロディがどこからともなく聞こえてきた。アイリスが袖を捲った。発信源はアイリスの身体からだったらしい。

「返信、みたいですね」腕に灯った緑色をシオンに向けた。

 シオンは緊張した面持ちで、おずおずとアイコンを押した。空間に画面が浮かび上がる。

 アイリスが腕の向きを変え、二人は画面をのぞき込んだ。


『やっとメッセージが届いたんですね、良かった! 

 改めて初めまして、私はカンナと言います。私は今、「アマノトリ」に乗って宇宙にいます。って、人間はみんなそうですよね。地球から送信しているということは、フォーチュンの方ですよね? 良かったら私と文通をしませんか? お話しすべきことがたくさんあります。文字数が足りないので、この辺で』


「アイリス、文通って何?」

「こうやって、メッセージを交換してお友達になることですよ」

「友達、か」聞いたことはあるが、シオンにはピンとこない感覚だった。

 アイリスはその次の文章、「」に違和感を覚えたが、余計な心配をかけたくないのでシオンには黙っていた。

 シオンは再び返事を書くことにした。カンナによれば、このメッセージのやり取りには文字数制限があるらしい。シオンはアイリスとともに推敲を重ねながら、返信用の文言を作り上げた。


『こちらこそ初めまして、私の名前はシオンです。おっしゃる通り、私はフォーチュンの一体です。カンナさんとお友達になれてうれしいです。もしよろしければ、「アマノトリ」での生活の様子を教えていただけないでしょうか。

 お返事、お待ちしております。 シオン』


 前回よりはスムーズに送信ボタンが押せた。正常に送られたことを確認すると、シオンはふぅ、と息を吐いた。

「やっぱり、緊張するもんだね」

「継続は力なり、ですよ。ファイトです」

 ホログロムのウィンドウを閉じたアイリスは、腕のディスプレイを確認した。

「最初にシオンがメッセージを送信してから、さっきカンナさんから返信が届くまで二時間二十五分。カンナさんが文章を書く時間を考慮すると、送受信にかかる時間は一時間と少し、といった所でしょう」

「つまり?」

地球ここからアマノトリまでの距離は、およそ十二億キロです」

「わーお……」

 そう言われても、遠さの基準が分からない。

「地球を出発してからの期間を考えると、まずまず順調ではないでしょうか」

「それにしても、二時間に一回しか届かないって、結構暇だね」

 シオンは立ち上がって伸びをした。

「たまには時間を忘れてゆっくりするのも、いいんじゃないですか」

「それもそうかもね」

 そして二時間後、カンナから三通目が届いた。シオンは枯れた噴水のオブジェから飛び降りると、アイリスのもとに駆け寄った。

 『急な話でごめんなさい』文章はこう始まっていた。


『急な話でごめんなさい。実は、あなたたちフォーチュンにお願いしたいことがあります。あなたたちにこのアマノトリを、人類を助けてほしいの。これはまだごく少数の人間しか知らない事だけど、このままではアマノトリは崩壊します。人類が、終わってしまうかもしれません。どういう事か説明すると、まず私たち人類は地球から』


 メッセージは中途半端な場所で終わっていた。

「どういう事だよ……」シオンは未だに状況が飲み込めないでいた。

「アマノトリが崩壊し、人類が終わる……。冗談にしては、あまりに笑えませんね」

 アイリスも、いつもに比べて心なしか表情が硬い。

 二人以外、誰もいない公園を乾いた風が吹き抜けた。シオンとアイリスは続く言葉が出て来ず、辺りに静寂が流れた。

 その静寂を打ち破るように、電子的なメロディが鳴った。またメッセージだ。

「さっきの続きだ」シオンは、もう手慣れた動作でメッセージを開いた。

 文章を読む間もなく、また電子音が鳴った。カンナがメッセージを連投したようだ。緑色のアイコンに、未読件数がカウントされた。計八通。

「シオン」アイリスが、少し心配そうに言った。

「本当に、読むのですか?」

 人類と邂逅したその日に滅亡の話など、あまりにショックが大きい話だ。そのことを気にしてくれているのだろう。

「大丈夫」シオンはアイリスと、そして、自分自身に向かって言った。

「僕たちの役目は、人類に寄り添いともに繁栄すること。そして世界系の維持に資する行動を取ることだ。意味はよく分からないけど、僕にできることがあるならば、人類の、カンナの力になりたい」

 アイリスはゆっくりと頷き、ホログラムのウィンドウにかざした手を、空中で動かした。手の動きに追従して、何枚ものウィンドウが次々と展開した。

「私も、協力しましょう」シオンの右腕はこれまでにないほど強い輝きを放っていた。

「ありがとう」

 シオンは端のウィンドウの一つに、触れた。


『どういう事か説明すると、まず私たち人類は、地球から十二億三千万光年離れた宇宙空間を航行しています。私たちが乗る星間移民船アマノトリは、全長三百キロ近くになる巨大な船で、艦内でエネルギーを生産、循環させることが出来る人工生態系を持っています。

 そして、この船はあまりの巨大さから、通常の工法で建造すると地球の重力を受けてバラバラになってしまいます。つまり、自分の重さに耐えきれなくなるということです。

 そこで、アマノトリは特殊な装置によってその荷重を支えられています。

 『無回転疑似重力核』、人々は射干玉ヌバタマと呼んでいますが、この装置が船の主要部に鎮座していて、中心へ万物を引き寄せる重力を発生させているのです。通常の工法に加えて、この装置が出す重力によってアマノトリの各区域は強く結び付いています。

 ところが最近、このヌバタマの様子が少し変だと私は感じています。この話をするためには、私の身の上を明かさなければいけませんね。私はアマノトリAS区に住んでいる、なんの変哲もない一般人です。年齢は二十五歳、性別は女、スリーサイズは秘密。

 話を戻しましょう。私の父親はアマノトリの中でヌバタマを管理する仕事に就いています。父は、私が小さい頃からまだ地球で開発段階だったヌバタマを何度も見せに連れて行ってくれました。 

 足元のガラス越しに稼働するヌバタマは、吸い込まれるような黒色と泡沫のように奥から沸き上がる藍色が美しくて、私は何時間でもそこで眺めていました。ほとんど動きがない装置なのに、変でしょ?

 アマノトリに搭乗して地球を発った後も、私はかつてと同じように一般公開されているヌバタマを見に行きました。アマノトリが本格的に稼働してその本領を発揮してからはさらに美しさが増したというか、まるで大きな瞳のように思えてきたんです。そう、私は年甲斐もなく瞳に恋をした。

 あ、いけない、私はすぐ話が逸れちゃうんです。大事なのは、ここからです。

 最近、そのヌバタマのが、なんだかいつもと違うと感じています。異変を感じたのは十日ほど前から。色味が変というか、以前のような無機質だけど暖かい印象が失われた気がしました。

 あなたは気のせいだと言うかも知れませんが、父にも多忙の隙を縫ってそれとなく聞いてみました。そしたら、何だかその話を避けたがっているようで、やっぱり何かおかしい気がします。  

 あの装置を掌握すれば、文字通りこの世界を脅迫することができます。何らかのテロ行為の材料に使われたら、その瞬間、世界はバラバラになってしまう。アマノトリは閉鎖された空間だから逃げることなんてできないし、声を上げても、多分、その口を封じられる。

 私には、こうして隠れて地球にメッセージを送り続ける事しかできないんです。実を言うと、この行為もアマノトリでは違法です。

 シオンさん、どうかお願いです。私に力を貸していただけませんか? お返事、お待ちしています。 カンナ』

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