手紙部の仕事〜延長戦〜

 琴美の家は本当に近かった。学校までは300mあるかどうか位のちょっと大きめ、二階建ての一軒家だ。前から思っていたが、琴美はちょっとしたお嬢様なのかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 今俺は琴美の部屋の真ん中で正座している。

 女の子の部屋の真ん中で正座している。

 部屋は綺麗に片付けられてはいるが、生活感までは消せない。

 琴美が普段、寝起きしているベット。

 琴美が着る服がしまわれているタンス。

 そんな物に囲まれていては全く落ち着けない。

 なにより匂いだ。琴美とすれ違ったり、不意に近づかれた時にする匂い。それが余計に心臓の鼓動を加速させる。ヤバい。血圧が上がり過ぎて死にそう。なんか変な汗出てきた。

「いいから!お母さんは下にいて!絶対絶対上に上がってきちゃ駄目だからね!絶対だよ!」

 琴美の声が階下から聞こえる。なにやら母親と揉めているらしい。琴美の母親にお邪魔しますを言い終わらない内に、二階の琴美の部屋に連行されてしまったため、チラッとしか見ていないがが、ポワポワとした雰囲気を纏う、美人だった。

 小柄で小動物系女子の琴美とはパッと見似ていなかった。

 トントンと軽快な足音が階段を上ってきて、部屋の前で止まる。「すーはー」と琴美の深呼吸が聞こえた後、ドアが開かれる。

「お待たせしちゃいました!お茶とクッキーです!どうぞどうぞ!」

 俺はずいずいと渡されたお茶をズルズルと啜る。部室で淹れてもらうお茶とはまた違う緑茶だった。

 クッキーと緑茶って普通の組み合わせなのか?という疑問が一瞬頭をよぎったが、その疑問はすぐにどこかへ行ってしまった。


「どうするのが正解なんでしょうか・・・」

 琴美はそれまで浮かべていた笑顔を引っ込め、不安そうな声音でベットに腰かける。なんとなく琴美の方を向くのがはばかられ、お茶に映った自分の目を見ながら答える。


「正直何が正解かは分からん。今後どうしたいかも含めて、もう一回月橋さんと話し合う必要があるだろうな。」


「そうだね・・・」

 琴美はぎゅっと自分の枕を抱き締める。何かこう・・・小動物っぽくて可愛い。

「まあ俺の意見としては、犯人を捕まえて、みんなの前で自白させるってのが手っ取り早いんじゃないかと思うけどな。」


「・・・」


 俺は返事がないのをいぶかしみ、琴美をチラッと見る。

 琴美は暫く、ぼーっと天井を眺めていたが、

翠璃みどりちゃんはとっても強い子だよね」

 と不意に呟いた。

 なんとなく「どうして?」と聞くのも憚られ、俺は琴美に聞こえるか聞こえないか位の声で「そうだな」と呟いた。


 その後は一緒に勉強したり、適当な雑談をして過ごした。月橋さんの話が出ないように気を配り、不自然に口数が多かった気がする。

 琴美も。

 俺も。

 そんなこんなで時計の針が6時を指そうという時だった。

「そうだ!有川君、晩ごはん食べて行かない?」

「いや迷惑だろ、いい時間だしそろそろおいとまするよ」

 俺は問題集を閉じ、カバンにしまう。

 琴美は自分の枕を抱き締め、しゅんと俯いている。

 そんな捨て猫のような目で俯かれると、すごく後ろ髪を引かれる。


 するとガチャリとドアが開かれた。


「話は聞かせてもらったわ!」

「お、お母さん!?」


 琴美のお母さんが登場した。


「い、いつから!?いったい、いつから聞いてたの!?」

「『ここで体操服に着替えろなんて・・・有川君のエッチ❤』のあたりだったかしら?」

「そんな会話してないよ!?」

「あら?『まだ』ってことはそのうちするの?」

「『まだ』なんて言ってないよ!?」


 石飛親子の間でマシンガンのようなトークが行われる。

 あまりの速さに口を挟む事ができない。

「そうそう、有川君。もう作っちゃったし、晩ごはん食べてってよ〜」

 琴美ママ、超テンション高い。

「あっ、それとも、もうお家の方が用意してらっしゃるかしら?」

 こてんと首をかしげる琴美ママ。こういう仕草は琴美と凄く似ていて、やっぱり親子なんだなと改めて感じる。

「いえ、両親は仕事で、今晩のご飯は用意していないとは思いますが・・・」

「なら有川君食べていってよ!ね!ね!」

 琴美が目をキラキラさせながら俺の腕を引っ張る。

「なら、すいません、ご馳走になります。」


 

 という訳で、石飛家の食卓にお邪魔させてもらったのだが・・・

「はいお醤油!パ・・・じゃなかった、お父さん!」

「あぁ、ありがとう琴美」


 俺の隣に座る琴美が俺の正面に座る人物に醤油を渡す。石飛家の夕食はダイニングテーブルで行われ、俺の隣に琴美、対角に琴美ママが座る。

 そして正面に・・・


「ほい醤油だ、有川君」

「どうもすいません・・・」


 琴美パパが座っている。琴美パパは小柄な琴美からは想像もつかないくらい体格が良く、目つきも超鋭い。

 これは詰んだ。

 王手でチェックメイトでトリプルリーチだ。

 まさかこんな罠が張り巡らされていたとは・・・!

 おひたしに醤油をかける手が震える。


「お口に合うかしら?」


 琴美ママが俺のそんな胸中を知ってか知らずか、にこやかに尋ねる。


「は、はい、凄く美味しいです。肉じゃがとか特に」


 有川家では台所を預かる母がホテルの中華料理人であるため、用意されるご飯はだいたい中華。しかも父は警察官で夜勤が、母は夜から朝にかけて仕事があることもしょっちゅうなので、こんな風に家族で食卓を囲むことはそんなに多くなかった。


 しみじみと家庭料理を味わっていると、琴美がこそこそと話し掛けてきた。

「実は私のパパは警察官なんです。ですからSNSのトラブルとかにも詳しいのではないかと思って・・・」

 なるほど、その話をするために俺は招待された訳か。


「奇遇だな俺のも警察官だ、そういう事ならちょっと話を訊いてみるか。」

 俺はからかうようにニヤニヤしながら返す。


「むぅ・・・そうですね!訊いてみますよ!パパに!私のパパに!」


 顔を赤くしながら琴美はそう捲し立てる。


「パパ!学生のSNSのトラブルについて何か知ってる?」

「ん・・・そうだなぁ」


 琴美パパは娘の勢いに驚きながらも、顎に手をやり考える体勢にはいる。

「やっぱり・・・グループ内でよってたかって特定の誰かを攻撃したり、後は返事をすぐに返す返さないで揉めたりとかが多いかな?」

「そうかぁ・・・」

 琴美が残念そうに呟く。こと、今回の件に関してはあまり有益な情報は得られそうにない。

「な!?まさか琴美が誰かにいじめられているのか!?県警署長の娘をいじめるとはいい度胸だ・・・誰だ、そこの男か!?そうなんだな!?」

 琴美パパが立ち上がり、こっちを睨み付ける。

 てか今とんでもないこと言わなかった?

 えっ?

「いや違うし、うるさい」

 今まで聞いたことがない程冷たい声で、琴美が突き放す。

 琴美パパは立ったまま固まってしまった。

 わかりますよお父さん・・・ショックですよね・・・心中お察しします。

 しかも琴美ママが

「貴方、目障りなんで座ってください」

 と、こちらも冷たい声で追撃した。

 琴美パパは本当に小さな声で「はい」と言って座る。

 その後、琴美と琴美ママは談笑を開始し、俺も楽しくご飯を食べたが、琴美パパが再び口を開く事はなかった。



 楽しいご飯(1名を除き)が終了した。琴美と琴美ママはキッチンで洗い物をしている。

 俺はというと琴美パパに引き留められ、琴美の小さい頃のアルバムをずっと見せられていた。

「これはな琴美の4歳の誕生日の写真なんだ・・・この頃の琴美は『将来はパパと結婚する❤』って・・・言ってて・・・」

 琴美パパは半泣きでずっとアルバムをめくっている。

 しかし、アルバムには琴美の他にもう一人、別の少女が写っている。


「この子は・・・琴美のお姉さんですか?」

「・・・あぁ」

 俺は琴美と手を繋いで笑っている少女を指差して尋ねる。

 琴美ママによく似た、優しそうな少女だ。

「ホントに優しい子だった・・・」


『だった』

 その表現に心臓がきゅっとする。

「琴美が小5の時で琴音ことねが中学2年の時だ。」

 琴音というのは姉の名前なのだろう。

 琴美パパは琴音さんの写真を撫でながら続けた。

「病気でね、子供は進行が早いんだそうだ。発見がちょっとばかり遅かった・・・」

 琴音パパは寂しそうな表情でアルバムを閉じた。

 俺はかける言葉が見つからず、ただただ、閉じられたアルバムを見つめる。

「本当に急にいなくなってしまった。私達ももちろんショックだったけど、琴美は・・・塞ぎ混んでしまった。

 人とも全く話さなくなって、暗くなってしまった。」


「それでも中学生の頃だったかな、一度明るくなったんだ。」

 琴美パパはキッチンで楽しそうに笑っている琴美を見て、嬉しそうに笑う。


「今の琴美と同じように、楽しそうに笑っていた。でも、今まで暗かった子が急に明るくなって楽しそうに過ごす、それを面白く思わない人達もいたようでね。」


 なんとなくわかる。地味で暗かった女の子が明るくなって、それも可愛いときたら、よく思わない人だって出てくるかもしれない。


「当時何があったのか、琴美は何も言わないし私も聞かなかった。」


 それを聞いて、さっきの琴美の言葉を思い出す。


『翠璃ちゃんはとっても強い子だよね』


 あの時、ぼーっと天井を眺めていた彼女は何を考えていたのだろう。


「それ以来、あの子は2つの顔を使い分けるようになった。学校と家で全く違う人間として生きていた。だから・・・」


 琴美パパはじっと俺を見つめ、本当に嬉しそうに笑う。


「だから、あのな琴美が学校から帰って来た時は驚いた。君の話や深春さんの話を楽しそうにする娘を見て、本当に嬉しかった。

部活の間だけでも、元気なあの子でいられると聞いて喜んだ。」


 琴美パパがここまで言った時、


「は〜い!食後のお茶ですよ!」

 琴美がお茶を持ってきた。当然緑茶だ。


 そんな琴美を嬉しそうに見てから琴美パパはこう締めくくった。


「これからも琴美と仲良くしてあげてくれ」





「実を言うと私達家族は、この春、こっちに引っ越して来たんです。」


 帰り際、玄関で琴美がそんな事を言った。


「急にどうした?」


琴美は俺の問いかけに「なんとなくです🎵」と右手の指をふりふりしながら答えた。


が、急に指の動きを止め、両手で口元を隠してごにょごにょと呟く。



「だから・・・ちょっと不安でした。有川君と、深春先輩と、二人に出会えて本当に良かった・・・その・・・これからもよろしくお願いします・・・」



その仕草が、照れて赤くなった顔が、可愛らしくて思わず頬が緩む。


そんな俺のキモチ悪い表情をどう受け取ったのか、琴美はますます顔を赤くしながら、


「そ、それだけです!今日は色々すいませんでした!また明日!!」


 一気に捲し立て、俺を玄関から押し出し、バタンッとドアを閉めてしまった。


「見られたぁ!!絶対赤くなった顔見られたぁぁ!!!!」

と叫ぶ声がドアの向こうから聞こえる。




まだ出会って間もない関係ないだけど、琴美が笑顔でいられる場所を守りたい。




なんとなくだが、そう思った。

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