春の形と青い空

浮島みゃー太郎

手紙部の仕事

 チャイムが鳴る。

 数学教師が黒板に数式を書く手を止め、授業の終わりを宣言する。クラスの担任でもある数学教師は簡単にHRを済ませ、そのまま出て行く。

 残されたクラスメイト達は雑談をする者、ダッシュで部活へ向かう者と、それぞれの放課後を過ごす。

 高校に入学してから2週間が経った。

 みんな、クラスメイトの名前をだいたい覚えただろうし、所属する部活、クラス内での立ち位置も決まり、高校生活を謳歌し始めていた。

 そんな事を考えながら、緑に衣替えしつつある桜を眺めていると、不意に肩を叩かれた。凍るような寒気が背中を突き刺し、身体がビクッと跳ねる。勢いよく振り替えるとやはりと言うか何と言うか・・・いた。

「頼むから普通に話しかけてくれ・・・」

 俺は自身の後ろに立つ幽霊のような少女に言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・部活。」

 少女は眼鏡をクイッと上げ、小さな小さな声でボソリと言った。

「はいはい」

 どうせこいつから逃げても、追っ手が来る。1度入部したが最後。退部は裏切りを意味し、裏切りは死をもって償う。

 そんな闇の組織のような部活の名は

『手紙部』


 本校舎の4階の端。陽当たり良好な教室が手紙部の部室だ。部室は畳敷きの部分とそうでない真っ白な床の部分とに別れている。なんでも部員の数が少なくなり、弱体化した茶道同好会から部室を奪い取ったためにそんな作りになっているらしい。

 マジで闇の組織みたいな事をしているなぁ・・・。

 やや立て付けの悪いドアをガチャガチャと開け部室に入る。

「こんにちはー」

「・・・・・・・・・・・・こんにちは」

 来客用のソファーに座り机に荷物を置く。俺の背後霊と化していた少女も同様に荷物を置き、正面のソファーに腰かける。そのままの流れで幽霊少女はおもむろに眼鏡を外す。眼鏡を丁寧にしまってから少女はニコッと微笑んだ。

「『石飛琴美いしとびことみ』、美人さんモード起動です!」

「はいはい美人美人、ちょー美人。」

 幽霊少女改め石飛琴美は「適当だなぁ」と口を尖らせると、備え付けてある電気ポットを持ち、水をいれてくるねと部室から出て行った。

 もうお分かりだろうが、彼女「石飛琴美」は眼鏡をつければ地味で教室の隅で本を読んでいるカースト最底辺の幽霊少女、眼鏡を外せばくりっとした大きな目とセミロングの軽い天然パーマが特徴の美少女へと変身する。

 要は幽霊少女をx、眼鏡をk、そして石飛琴美をyと置くとx-k=yの式が成り立つのだ。ごめん俺もなに言ってるか解らなくなってきた。

 こんな益体もない事を考えていると石飛が戻ってきた。

「お茶飲むよね?淹れてる間に先輩起こしといて」

「ほーい」

 俺は返事をしながらチラッと畳の上に蒲団を敷き、すーすーと気持ちよさそうに寝ている女子生徒に目を向ける。

 碓氷深春うすいみはる、我らが手紙部唯一の三年生にして、偶然、教室にいた俺と石飛(幽霊モード)の二人を拉致し、強制的に手紙部に引き入れた張本人だ。

「先輩、碓氷先輩。起きてください。」

 ゆさゆさと蒲団にくるまっている先輩を揺する。

「う~ん・・・」

 陽気な日差しに目を細めながら身をよじるこの人を見ていると、この部室は深い深い春の中に沈み混んでいるような気がしてくる。

「先輩、起きてください」

「う~ん・・・」

 春眠暁を覚えずどころか後少しで夕方に差し掛かろうとしている中、いまだこの先輩は深い深い眠りの底におり、全く浮上してくる気配がない。

 俺がなおも優しく揺すっていると、

「あぁ~もう、じれったい!!こうやるの!!」

 お茶の準備が終わったのか、石飛は俺を押しのけ、掛蒲団をはぎ取り、さらに敷蒲団を引っこ抜いた。

「ぬわぁぁぁ!!」

 碓氷先輩はゴロゴロと畳の上を転がり、ゴンッと音をたてて壁にぶつかった。

「先輩、おはようございます!」

「ふぁぁ・・・おはよう・・・」

 碓氷先輩は頭をさすりながら、ニコッと微笑む石飛に挨拶を返す。綺麗で長い黒髪を手で整えながら眠そうに目を擦っている。

「先輩、お茶淹れましたよ!ほら有川ありかわ君も!」

 来客用のテーブルの上、ティーカップに淹れられた日本茶が湯気を立てている。

 放課後ティータイムが始まった。


「で、結局この部活は何をする部活なんですか?強制入部させられてからまだお茶会しかしていないんですが」

 俺はお茶をずるずるとすすりながら、かねてからの疑問を切り出す。

「うんうん。まずこの部活の正式名称は分かるかな?」

「手紙部じゃないんですか?」

 石飛は俺の横で頭にはてなマークを浮かべながら答える。

「ふっふっふ〜実は違うのだよ!『手紙部』の正式名称は〜」

 深春先輩はダラダラダラ〜バンッとドラムロールを口ずさんだ後、

「『手紙やそれに関わる人間関係に関する相談或いは手紙が全然関係ない相談でもなんでも受ける部』、略して『手紙部』です!!」

「・・・」

「・・・」

 いやなんて反応したらいいんだよ・・・手紙ほとんど関係ないじゃん。

 すると、ずいっと石飛が顔を寄せ、ボソボソと囁いてきた。

「ねえ有川君、なんか言ってあげてよ」

「いや石飛から言ってくれよ。眼鏡を外せばお前はコミュ力魔人だろ?」

「眼鏡を外してる時はこ・と・み!そう呼んでって言ったでしょ!」

「はいはい、頼むよ琴美」

「はい!頼まれましたぁ!」

 いしt・・・琴美はニコニコしながら答える。

「とっても長い名前ですね!」

「そう!全日本部活動名長さ選手権があれば全国優勝も夢じゃないよ!」

「そうですね!」

「・・・」

「・・・」

 会話が終了してしまった。琴美は困ったようにチラッとこっちを見る。

(私は頑張ったから次は有川君の番!)

 目でめっちゃ訴えかけてきた。コ、コイツ脳に直接・・・!

「えっと・・・じゃあどんな人が相談に来てどんな風に相談に乗るんですか?」

「そうだねぇ、顧問の先生・・・桜ちゃんが相談者を連れて来ることが多いかな?」

「「桜ちゃん?」」

 俺と琴美が顔を見合わせる。そう俺と琴美の所属する1-6の担任の名前が確か━━

 バァァァァァン!!

 勢いよく部室のドアが開かれた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!!1-6の担任にして手紙部顧問の毒島桜ぶすじまさくらちゃんでーす!」

 ビクッと琴美が飛び上がり、俺の制服の袖を掴む。可愛い。

「久しぶりだね桜ちゃん。いつぶりだっけ?」

「そうねぇ・・・」

 碓氷先輩の問いかけに毒島先生はうーうーと頭を左右に揺らして、

「年越し鍋パーティー以来だから4ヶ月ぶりかしら?」

 本当にどんな部活なんだよ。

「てかあんた入っちゃってたんだね。隣の子も1年生?」

 桜先生は俺から琴美に視線をスライドさせる。

「いや先生。コイツ、石飛です。1-6の石飛琴美です。」

「え!?」

 驚愕に満ちた表情を浮かべる桜先生と困ったように笑う琴美。

「いや石飛ってあの教室の隅でずっと本読んでる根暗ぼっちの!?」

「あんた本当に教師か!?」

 めっちゃ口悪いな。

「えーっと、そうなんです・・・」

 苦笑する美琴。俺の制服の袖を掴む手は震え、心なしか目尻に涙を浮かべている。

「あっ、いやそのー」

 慌てた桜先生はしきりに俺にアイコンタクトを送ってくる。

(お前なんとかフォローしろ!)

 せ、先生も脳に直接・・・!!

「ほら、琴美あれだよ。部室でのお前があまりに可愛いすぎて、そのー、ギャップ?が激しすぎて桜先生も混乱してたんだよ。そうっスよね、先生?ね?」

「そ、そうなんだ!いやー天使とみちがえそうだよ!あはははは・・・」

 部室に桜先生の渇いた笑い声が響く。

「で、今日桜ちゃんはどうして来たの?」

 碓氷先輩は我関せずと、お茶請けの煎餅をバリボリと食いながら話をぶった斬った。

 桜先生は、はっと思い出したように、廊下に向けて入っておいでと促す。

「し、失礼します」

 遠慮がちに開かれた扉からツインテールがぴょこっと覗く。

 ビクビクと教室に入って来る、女の子は紺色の制服━━我々の高校の隣に位置する公立中学の物━━を身にまとっている。

「いらっしゃい!座って座って!」

 碓氷先輩が自分の隣をポンポン叩く。女の子はツインテールを揺らしながら碓氷先輩の横に腰を下ろす。桜先生は立ったまま、壁にすがって話を聞く体勢になる。

「えっと・・・月橋翠璃つきはしみどりです。隣の中学の三年生です。」

 たどたどしく挨拶する月橋さん。目鼻立ちの整った美人でスラッとしたスタイルからは大人びた印象を受ける。

 だが、ぴょこぴょこ揺れるツインテールとたどたどしく話す様子にはまだ幼さが残っている。

「私は手紙部部長、碓氷深春だよ!高三!」

「えっと、私は石飛琴美。高校一年生です」

「同じく高校一年、有川航ありかわわたるだ。」

 俺達も銘々に自己紹介をする。

「では改めて。私は手紙部顧問の毒島桜。名字はぶっ殺してやりたいほど嫌いだから、名前で呼んでね!さらに今なら期間限定で私の名字を変えてくれる男の子を募集してます❤」

 そう言いながら先生はパチッとウインクする。この先生本当にイカれてるな・・・怖い。

 先生も挨拶が済んだところで碓氷先輩が話を切り出す。

「じゃあ早速だけど、何の相談かな?」

「は、はい、これなんですけど」

 月橋さんはカバンから自分のスマホを取り出し、おずおずと机の上に置く。

「なになに〜『今日は友達とお花見🎵隣の市の公園までいっちゃった🎵』『もうすぐ三年生、友達と勉強会!』『今日は友達と買い物!』」

 琴美が画面に表示されている文章を読み上げていく。投稿にコメントが付いたり、なんてことのない普通のSNS上のやり取りだ。アカウント名から察するに月橋さんの投稿なのだろう。

「これがどうかしたのかい?」

 碓氷先輩が穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる。初めて見せる表情だ。

「あの、この投稿、私じゃないんです。」

 月橋さんは自分の頬をポリポリと掻きながら答える。

 琴美はくいくいっと俺の袖を引っ張り、俺に目で「どういうこと?」と訴えてくる。

 そんな琴美の反応を見て

「えっと、私の行動を誰かが勝手に投稿しているんです。」

 と月橋さんはさらに説明を加える。

「ふむふむ、つまりSNSに自分のなりすましが出現して困ってるというわけだね?」

 碓氷先輩が顎に手を当て、思案顔で話をまとめる。

 月橋さんは安堵したようにほっと微笑を浮かべるが、その微笑が困ったような苦笑に変わる。

「確かにこの日友達とお出かけした事は本当ですし、こっちの友達と買い物っていうのも本当なんです。」

「あ〜なるほど・・・それは気持ち悪いね」

 琴美が本当に嫌そうな顔をする。

「そうなんです!そもそも私はそのSNSのアカウントは持っていなくて・・・」

 人に共感してもらえたのが嬉しかったのか、この場の雰囲気に馴れてきたのか、いくらか話しやすくなったようで、月橋さんの話し方が自然になってきた。

「でも問題はここからなんです・・・」

 月橋さんは画面をどんどん下にスクロールしていく。すると、『三年生のクラス分け最悪。』『新学年早々隣の席の男子がキモいんだけど(笑)』といった、かなり攻撃的な内容に変わっていく。

「私がこのなりすましに気付いたのは、つい最近なんです。」

 月橋さんが苦笑を浮かべながらぽつぽつと語る。

「クラスメイトに尋ねられて・・・もちろん私はそんな物知らないって言ったんですが」

 綺麗な目に涙を溜めながら続ける。

「つまらない嘘つくなって言われて、このアカウント見せられて。誰も信じてくれなくて、両親にも話せなくて・・・」

 溜めていた涙が溢れだし、しゃくり上げながら話す。

「よしよし辛かったね」

 碓氷先輩が月橋さんの頭を優しく撫でながら、深く暖かい笑みを浮かべる。

「翠璃ちゃんの相談はしっかり聞いたよ。私達も解決するように色々協力するよ。」

 そう言った碓氷先輩の表情はとても優しかった。


 今日の所は月橋さんには帰ってもらい、手紙部だけで今後の方針を考える事になった。

「私はこういう卑怯な事は許せません!どんな手段を用いても犯人を捕まえ、血祭りにあげるべきです!!」

 琴美が両腕を振り回し、小柄な体躯を目一杯使って叫ぶ。うるさ可愛い。

「まぁ俺もどうにかして解決するというのには賛成です」

「なら全会一致でなんとかするに決定!桜ちゃんもおーけー?」

「そうねぇ、今の子は大変ねえ。私の時は上履きをトイレにぶちこんだり、気に入らない奴の教科書を燃やしたりだったのに、時代は変わったのねえ・・・」

 桜先生はどこか遠くを眺めらがら、ボソボソと呟いている。桜先生はどんな青春をお過ごしだったのだろうか。

「よし!桜ちゃんの許可も出たし、今日はここで解散!明日までに解決策を色々考えて来てね!!琴ちゃん鍵よろしく!」

 碓氷先輩はパンッと手を叩くと、荷物を手に走り去っていった。

「桜先生」

「は!?どうした?」

 未だに遠い目をしていた桜先生に声をかける。

「先生は手紙部の正式名称ご存じですか?」

 桜先生はふむと少し考え込むと、

「手紙研究会?」

 顧問すら覚えていないのかよ。

 本当にどんな部活なんだよ・・・


 生徒玄関で靴を履き替え、外に出る。俺は家と学校が結構離れているため自転車通学だが、琴美は家が近いのか、歩いて通学している。お互い今日の授業の事や、やがて訪れる定期テストの事なんかを適当に話していた。学校前の坂を下り、交差点に差し掛かる。俺は右に琴美は左に曲がるため、いつもここでお別れだ。

「じゃあまた明日」

 太陽は少しずつ傾き、陽は赤みがかっていく。その赤い陽に照らされながら、石飛琴美は俺の制服をちょこっと摘まむ。

「?」

 俺が疑問符を浮かべていると、おずおずと琴美は口を開いた。

「あの、私の家に寄っていかない?」



 

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