第11話 満月
部屋に一人取り残されたリーゼは暫く座ったままリズが戻るのを待っていたが、なかなか戻ってこない中で一人きりの状況、そして今朝方のタリアスの冷たい態度を思い出して段々と気鬱になっていく。
(これから、私はどうなるんだろうーー)
このエストテレア帝国で生きていくということは、もう一生、剣を握る事は出来ないのだろう。
そう考えた瞬間、心に風穴が空いたかのように、心臓が冷えた心地がした。
志が、己を支えていた矜恃が崩れ落ち、騎士としての自分が、死んでいくような感覚がする。
頭がズキリと痛み、心臓が不整脈を訴え、冷や汗が背をつたう。リーゼはブンブンと頭をふり、嫌な考えを振り払おうと立ち上がる。
しかし、未だに消えぬ頭の痛みに、薬を貰うべきかととりあえず部屋を出た後に、階下へ行こうと脚を向けた時だった。
ドクンッ
心臓が嫌な音をたてる。
「ぅっアッ!?」
呼吸が乱れる。苦しい。上手く息が出来ない。
熱い。
身体が燃えるように熱い。
頭はガンガンと痛み、割れそうだ。
脚がガクガクと震えだし、力が抜ける。
ガクンッと膝が崩れ落ち、廊下に倒れ込んだ。
はぁはっはっと乱れる呼吸をなんとか整えようと息を吸うが、逆にゲボッと咳き込み余計に苦しくなる。
視界が涙で霞む。混乱するリーゼを他所に身体の熱が益々高まっていく。
ブワリッ
その瞬間、華の香りが自身から溢れだしたのがわかった。
(しまった……!!)
今日は何日だ。霞む意識の中で思考を、頭を働かせる。
あの式典の日は、朔の日だった。アースレイア王国は他国からの客人を迎える日は余程のことがない限りできるだけ朔の日や、その直近の日時を指定する。
蜜娘の存在を隠す為にそうすることが慣習となっていた。
あの日から仕事の引き継ぎや手続きにひと月と少しがかかった。そして、移動に数日、この屋敷に来てから、十日目、今日は、
満月だ。
ザッと頭から血の気が引いたのがわかった。
「リーゼ様!」
焼き切れそうな意識の中、リズの声がした。
返事をすることも出来ずに倒れ込んだままの私をリズが抱き起こす。
己の情けなさにまた涙が零れた。
ーーその時だった。
男の手が此方に伸ばされるのが視界に入った。
本能が恐れを抱く、反射的にその手を弾いた。
蜜娘にとって男は恐怖の対象に他ならない。
何時襲われるかわからないのだから。
騎士であるリーゼは意志の力でそれを捩じ伏せてきた。
だが、ここに来て騎士の矜恃が崩れ去りそうな中での、この事態、本能的な恐怖が、リーゼの意志の力を押さえ付けて湧き上がった。
だが、その手を弾いた先のタリアスの表情ーー信じられないといった顔を見て、リーゼは泣きそうになった。
帯刀を願った癖に日も変わらぬうちに情けない姿を彼に見られるなんて。
絶望にも似た気持ちが空虚な心に浮かんだ。
それを最後に、リーゼの意識は闇に呑まれた。
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