第9話 騎士として



「……何の真似だ、それは」


タリアスのその声はまるで真冬のような冷たさを持って耳に響いた。


「お願いします。……どうか私に、仕事を選ぶ権利を与えて頂けませんか」


明くる日、リーゼはこの屋敷に脚を踏み入れた時と同じ、アースレイア国の騎士服を身につけ、帯刀し、朝一番にタリアスの執務室を訪ねた。


「召使いの仕事では不満か?」


「いいえ……!決して、そなような事は思っていません。屋敷での仕事を与えて下さっていること、とても有り難く感じております。ただ……先日、警護の兵士の数が足りないかもしれないというお話をお聞きして、可能ならば、私にその仕事をさせて頂きたいと思い、僭越ながらこうして参りました。私は元皇室の護衛騎士です。祖国でも警護の仕事は永く勤めていました。きっとお役に立てると……「黙れっ!!!」」


突然の怒声にリーゼは頭を下げたまま、肩をビクリと跳ねさせた。

タリアスの顔は伺えない。騎士の礼をとるリーゼが主の顔を見るためには主から顔を上げる許しを得なければならない。


だが、その声だけでもタリアスがリーゼの言葉に多分な怒りを感じた事はわかった。

「我が国では、女性に剣を持たせる事を良しとしていない。それ以前に、お前は元はといえ、アースレイアの者だ。そのような者に、我が国で剣を持たせるような真似はさせられない」


その言葉に、リーゼは頭から冷水を浴びせられたような心地がした。

驚きに自然と目を見開く。それは、つまり、リーゼを信用することはできないと言うことだ。謀反を起こす可能性がある者に剣を持たすことは出来ないと、そう、言われたのだ。


「ですが……私はこれまで騎士として、生きてきたのです。可能ならば、出来る限り、その経験を生かせる仕事に……「くどい!」」


「……お前は、この国ではもう騎士ではない、俺の奴隷だ。お前に、仕事を選ぶ権利はない。出て行け」


「……申し訳、ありませんでした……。失礼します」


結局、一度もタリアスの顔を見ることもなく、退室を余儀なくされた。


(結局、無理だったか……)


昨日一晩考え、リーゼはまずタリアスからの信頼を得なければならないと思った。

理由はわからないが今の態度からタリアスがリーゼを信頼していないという可能性が見て取れたからだ。

……まさか、本当に信頼されていなかったとは。

胸がズキズキと痛む。

リーゼは現在、召使い見習いのようなものをしているが、それは取り敢えずの措置であり、必要であってその仕事についた訳では無い。ただ、エストテレアで女性が屋敷で働く場合の主な仕事が召使いのするものであったからだ。

ーーエストテレアでは、男が兵士や護衛、騎士の任に着くのが当たり前であり、女性が剣を握ることは無い。アースレイアでは騎士や兵士に性別の隔ては無かったが、珍しいことは確かではあった。

それでもリーゼは騎士だ。だったらもっと自分を生かせる仕事に着くことで、タリアスの信頼を取り戻したいと思ったのだ。

だが、結果はこの通り。

それどころか、正面から信頼できないものに剣を持たせることは出来ないと言われてしまった。

リーゼは自室へと戻る道すがら、初めてこの屋敷でタリアスとあった時のことを思い出していた。

あの日、タリアスはリーゼが言った"騎士とは、自身の生き方そのものである"という言葉を聞いて面白いと言ってくれた。

だから、リーゼは勝手にタリアスが騎士としての自分を認めてくれていたような気がしていたのだ。

ーーそれなのに。


"お前は、この国ではもう騎士ではない"


足元に、水滴が落ちる。

気づくと、リーゼは泣いていた。

しまったと誰かに見られる前に慌てて涙を拭おうとしたが、一歩遅かった。


「リーゼさん!?」


その声にバッと振り向くと、リズが驚いた顔でこちらを見ていた。


「あ……」


「どうされたのです!?とりあえず部屋に入って下さい!」


咄嗟に上手い言い訳も思いつかず困惑した顔を見せるリーゼの様子にただならぬ物を感じたのか、リズはリーゼの背中を擦りながらリーゼに与えられている部屋に入るようにと手を引いてくれた。



「一体何があったのですか?」


部屋に入り、リーゼをソファに座らせ、暖かい紅茶を入れてくれたリズはリーゼの涙が収まるのを待ってから問いかけた。

話すべきではないとは思ったリーゼだが、リズの表情からは心から心配しているという様子しかみられないのを見て、思い切って話してみることにした。



今まで騎士として生きてきたこと。

その為、私自身の根幹には騎士としての精神そのものがある事。

数日前からのタリアスの様子から信頼されていないことに気付き、自分の能力をもっと活かせそうな仕事に着きたいと希望を出したが拒否され、それどころか騎士としての自分を否定されてしまったこと。


「今までの私は騎士として生きてきたのです……。それ以外の生き方など、わからないのに……」


思えば、この屋敷に来て、召使として働き始めた時からーー、リーゼは何処か、空虚感を感じていた。

自分の立場が、状況が、何故か他人事のように感じられていた。

アースレイア国にいた時との環境の違いに慣れていないせいだと勝手に思っていたが、今ならそれは違うとわかる。

騎士として懸命に鍛えられてきたリーゼは環境が変わったくらいで本来の自分を失うようなやわな精神はしていない。


「騎士じゃない私は……もはや私ではないのに……」


「リーゼさん……」


顔を俯けたまま、力ない声を出すリーゼにリズもかける言葉が見つからない。


「あの……少し、ここで待っていて下さい!!」


「え?」


いつになく大きな声でリズが声をかけて来たかと思えば、彼女は部屋を出て、何処かへ行ってしまった。


「え……?」


部屋には、呆然としたリーゼが取り残されていた。


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