第7話 膨らむ疑念



緑の森の中、舗装された一本道を一台の馬車が走る。華美ではないが品の良い立派な馬車はよく見ると正面にエストテレア王家の紋章が見受けられることから、王族が使用しているものだとわかる。

そう、これはタリアスが屋敷に帰るために乗った馬車だ。タリアスの屋敷は王城から然程離れてはいないものの、諸々の事情により、人目のつかない森の中にあるのだ。


屋敷へと走る馬車の中で、タリアスは先刻の兄から受けた言葉の意味について考えていた。


『お前、本当にあの娘が自分の物になったと思っているのか?』


顔を顰め、ギリリと音が鳴りそうな程に強く歯を噛み締める。


(リーゼはオレのものだ。もう、オレのものになった筈だ……!)


それなのに、あの兄に言われた言葉が何度も頭に過ぎる。何処からともなく妙な不安感が沸き上がって心に黒い靄が広がっていく。



タリアスはここ数日の間、屋敷で共に過ごしてきたリーゼの様子を思い浮べた。

最初は奴隷として連れてこられたはずの者に向けられるはずのない屋敷の対応に、彼女は戸惑ってばかりだった。

しかし、次第にその対応にも慣れていくと、不安感を振り切るように召使の仕事を一生懸命こなそうと仕事に従事し、努力する様子を見かけるようになった。

もともと努力家で生真面目な性格なのだろう。


そして何より、最初はオレの急な呼び出しに対応する時は怯えた様子を隠そうと気を張ってばかりいたのが、硬い顔つきは日が経つのと共に柔らかいものへと変化していった。

緊張して、硬くなるばかりだった彼女がほんの僅かばかりだが日増しに色んな表情を見せてくれるようになるのがオレは嬉しかった。

彼女の新しい一面を知るのと合わせて、心の中に暖かいものが広がっていく。


そんなリーゼの様子をみてきっとこの屋敷でも彼女はうまくやっていけると思い始めた矢先でのオリバーの不穏な忠告。

嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。

第一、屋敷に来てからのリーゼは一番最初の挨拶の時こそ敵意満々の瞳で睨みつけて来てはいたものの、それ以降は一切逆らう様子など見せていないし、本当に奴隷であるかのような従順な態度をとっている。

だが、その従順過ぎる態度が逆にここに来て不安を駆り立てる。

もし、兄の言う通り、リーゼの態度が真にオレに従っているのではなく、別の目的があってその為に従う振りをしているだけなのだとしたらーー


(王家の人間としてーー、オレは確かめなければならない)


「ロイズ」


「はい、何でしょうか、タリアス様」


向かいの席で黙って座っていた執事に声をかける。五十代に差し掛かり白髪が混じった髪色であるにも関わらず、整った容貌は衰えるどころか渋味が増し、壮年の男らしさに拍車をかけている。だが厳しそうな顔立ちに反して優しい瞳でこちらを見遣る彼は、オレが生まれた時からずっと傍で仕えてくれている。これ以上なく信頼出来る家臣であり、王子としての立ち居振る舞いを教えてくれた恩人だ。

屋敷の人間の殆どが俺が生まれた時から傍に仕えてくれている者ばかりだ。

その為に目の前の彼を含めて屋敷にいる召使は十人にも満たない。

だが、信頼する者のみしかいない為、あのドロドロとした因縁渦巻く王城とは違ってこの森の中にある屋敷でオレは安心して過ごすことができる。

だからこそ、あの屋敷で過ごす上で余計な不安や疑心は早々に解決しなければいけない。


「……屋敷に戻ったら、皆にリーゼの様子を注意深くみていくように伝えろ。些細なことでもいい。少しでも変だと思うことがあれば直ぐに俺に伝えるようにして置いて欲しい」



「……それは、リーゼ様が危険な存在かもしれないということで……?」


冷静な顔をしつつも、タリアスと同じくこの数日のリーゼを見てきたからこそ、ロイズは訝しげな表情をみせる。


「わからない。まだ何の確証もねえ……唯の考え過ぎかもしれない。だが、用心しておくに越したことはない。……それに、」


「アイツがまだ本当にオレに仕えていないのだとしても、これから躾ていけばいい話だ」


道の先に見えてきた屋敷を見据えるタリアスの瞳に怪しい光が灯る。

それは、戦の前に見せる表情ととても良く似ていた。



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