第5話 真実



おかしい……。


奴隷として、この屋敷に来てから数日が経った。

そう、私は奴隷として来たはずなのだ。

なのに何故、私は天気のいい昼間の日差しが降り注ぐテラスで自分の主である男ーー、タリアス王子と机をはさみ、チェスに興じているのだろう。

全く持って、理解出来ない。

一応屋敷に来た翌日からメイドのような格好をさせられてはいるが、やっていることはメイド長から仕事を教わりながら働くこと。

おかしい、これじゃただの召使だ。

……想像していた奴隷とは、なんかこう、違う。しかもその仕事よりもタリアス王子に呼ばれたらすぐ様彼の元に向かうことが重要とされている。

初日こそ呼ばれては緊張して彼の元へ向かっていたが、行ってみれば茶を入れろだの書類整理を手伝えだの。それはまだいい、ちゃんとした仕事に分類されるだろうし、体のいい奴隷にたいして決して間違った行為では無いだろう。

だが、それ以外、戦術書を片手にこの作戦についてどう思うとか、お前ならどうするとか意見を求められる。研究熱心なのだろう、地図を広げて過去の戦法や仮想の戦をボード板にしたような卓上に広げ、これをどう思う?といった考えを問われる。

……明らかに、おかしい。


それに不可解な点はまだある。

私に与えられた部屋だ。

どう見たって奴隷に与えられるような部屋ではない。

むしろ客室と言われた方がしっくりくるような美しい内装をしている。別に豪奢な飾りがされているという訳では無いが、使用人用にしては広いし、飾りなどはないが置いてある調度品は一目で良い品だとわかるものばかりだった。


そして何よりも、今現在、屋敷の主とチェスに興じている私達を屋敷の使用人達の誰もが微笑ましげに見ている事だ。

おかしいだろ!奴隷が屋敷の主と同じ机で遊んでるんだぞ?

そんな事を考えながらボードを見つめているとタリアス様が声をかけてきた。


「おい、いい加減遠慮せずに本気でやってくれ。主相手だからと手を抜くのは許さんぞ」


不機嫌そうに、……気のせいか拗ねた用に口を開く目の前の男は初めてアースレイア王国で見た時との印象とは随分違った。

初日に会った時のように基本的には不遜でいけ好かない態度をとることが多いが、やはりどこか、子供っぽいのだ。

あの初対面でそのことに気づいた時は緊張していた中で気づいたこともあり勝手に怒りを感じてしまったが、この数日過ごして気づいた。

子供っぽいと言うよりは、これはこの王子本来の性格の一つであるのかもしれない。王子だというものもあり、自分の欲求や感情に素直なのか。

アースレイアの王城の大広間でみた時はその傲慢さが目立っているばかりだったが、傲慢さも素直さも、この王子の一部なのかもしれない。

だが、それらは一部の性格のもので、普段の彼は達観した目で物事を見たり話したりすることも多い。そこはやはり、彼の王族という立場や育ちに起因するものなのであろう。


「……別に、手を抜いているつもりはありません。タリアス様は、手強く、戦いにくいです」


「それにしたって五回戦って一度も俺が負けないのは不自然ではないか?」


「わ、私は先日初めてチェスというものを知ったのです。初心者なのですから、勝てないのは当たり前です」


「だが、ここ数日の戦での戦術、戦法に対してのお前の考えや意見には目を見張るものがあった。そろそろ勝ってもおかしくないはずだ」


「はぁ……」


そういうものだろうか?

だが、事実五回目のこのボードゲームの中で戦い方や駒の使い方が上達していることを感じるのも事実だ。しかし、やはり流石王族ながらに将軍の座についているだけあり、タリアス王族はかなり強い。全く勝てる気がしない。

正直、そんな相手に褒められるのは、悪い気はしない……というか、若干嬉しさも感じてしまう。

しかし、やはり彼の軍人としての才能は腕っ節の強さだけではなく、頭脳も相当の物なのだろう。

アースレイアにいた頃はエストテレアの王族では第一、第二王子の有能さに関するものばかり耳にしたが、彼も負けていないのではなかろうか。

そう考えていた時だった。


「タリアス様!」


屋敷の執事が慌てたように駆け込んできた。


「急なことではございますが、王宮から至急来るようにとのお達しが……!」


「……何?特に何も知らされていないが……。わかった、直ぐに向かう。皆、夕食までには戻るからあとは任せた。ああ、ボードはそのままにしておけ、リーゼ、帰ったらまた続きだ。わかったな?」


「はぁ……」


矢継ぎ早に要件だけ告げて彼は城へ向かう為にテラスを後にした。突然の出来事に呆然とするしかない。というかボードゲームの続きがそんなに重要なのか?

少し呆れてしまう。そんな私の考えがわかったのだろう。側に控えていたメイドの一人がクスクスと笑う。

彼女は確かメイド長の娘で、リズという。生まれた時からこの屋敷に使えていた為、タリアス王子を幼少期から知っていると言っていた。

と、いうか、この第三王子専用の別邸に務めている執事や召使はそういった者達ばかりだ。


(そう言えば、普通王族は城に住むはずなのに、なぜタリアスは別邸に住んでいるのだろう?)


屋敷に来て数日も経つのに、私は漸くその不自然さに気づいた。だが、今はそれよりも何故彼女が笑っているのかが気になる。


「あの、何か可笑しかったでしょうか?」


「え?ああ、いえ、タリアス様があまりに楽しそうなので、つい」


「楽しそう……?ですか?」


「ええ、とても。リーゼさんが来てからは、特に」


そう言うと、彼女は少し悲しげな笑みを浮かべた。私はまだ彼女が話したそうにしているのをみて、大人しく言葉を待つことにした。


「……これまでのタリアス様は戦術や戦法、魔法、戦や軍の戦いや訓練以外には何の興味も持たない方でした。物欲や王座を目指すといった渇望もなく、常につまらなそうに世間を見ていました。でも、そんな王子が初めて望んだのが、リーゼ様です」


いきなりの様付に困惑する。


「え、いや……私は奴隷として望まれた筈なのですけど……?」


私の言葉にリズはまた可笑しそうに笑う。


「ここに来てからのリーゼ様の扱いが奴隷に対するものだと思えます?」


さも可笑しそうに言う言葉に、私は漸く確信した。そしてここ数日の疑問をぶつける機会を得る事が出来たことに気色ばむ。


「や、やっぱり可笑しいですよね!?リズさんは何か知っていらっしゃるのですか?」


「いいえ、詳しいことは何も。でも……屋敷の誰もが知っている事実が一つあります」


嬉しそうに笑いながら言うその言葉に私は首を傾げるばかりだ。


「タリアス様はただ、本当に、純粋にリーゼ様が欲しかったのだということです。婚姻相手とするには戦が終わった後ですから混乱を招きますし、何より王子という身分としては面倒事が立て込みます。それに、別に王子はリーゼ様をそういった相手として求めたのではないのだと思います。しかし、人を求める以上、何か尤もらしい理由や建前が必要になるため、奴隷として求めると言ったのでしょう」


「……は?」


突然の事実にそんな言葉しか浮かばない。

つまり何か、奴隷というのは、建前だったのか?

ただ、純粋に欲しかっただけ?つまり、初日に感じた新しい玩具を見るような目だと思ったのはあながち間違いでも無いのだろうか?

だが、それにしてはやっぱり私に対する扱いは丁寧なものだ。

メイドの格好をしてはいるものの、与えられる役割は簡単なものばかりで、この数日はタリアスの時間ができた時に彼の相手をする事が当たり前となっている。

よくわからないが、彼女の言ってることが事実なら、彼は本当にただ私をこの屋敷に置くことが目的だったのだろう。

ならば、私の仕事が"彼の相手をする事"みたくなってしまっているのにも納得がいく。


「……屋敷の者達は皆、リーゼ様に感謝をしているのですよ。だからこそ奴隷というより、客人のように扱っているのです。奴隷という建前があるからこそ、敬称をつけず同じ仕事仲間のようにしていますが……本来はやはり、騎士であるあなた様は客人として扱われる立場なのですから」


「だから、この屋敷での対応は困惑するかもしれませんが、不安を抱く必要はありませんよ」そう言って彼女は笑った。



……屋敷に来て数日、漸く私への扱いに対しての謎が解け、新たな事実が判明した昼下がりだった。



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