第4話 対面



「ようこそ、オレの屋敷へ」


豪奢な応接室。美しい庭園を見渡す事が出来るようにだろうか、全体が窓となっている壁を背にした男はこれまた豪奢な椅子に座り、肘をついた左手で頬を支えていた。

窓から光を浴びた白金の髪は天使かと見まごうように煌めき、悪魔のような血の色をした真紅の瞳は一見透き通るように見える中で深い色を湛えていた。正反対な筈なのにその顔の造形は作り物の様に美しい。

その顔で男は見下すように私を見て、ニヤリと笑みを浮かべていた。

人より上の立場に立つことに慣れ、それが当然であるかのように振舞う姿には不快感しか覚えない。



「アンタは今日から、オレのモノだ」


この屋敷は私にとっての檻だ。一度入ったらもう二度と逃げ出すことなど、出来ない。

まぁ、逃げ出したら被害を被るのは祖国とそこに住む両親だ。だからこそ端から逃げるという選択肢など無いのだけれど。


これから私の身は男が言う通り文字通り男のものだ。彼の奴隷として、生きていく。

でもだからこそ、騎士の礼儀として膝をおりながらも心だけは屈すまいと私は深紅の瞳を睨みつけた。


「……これから、何卒宜しく御願い致します。タリアス・フォン・エストテレア殿下」



タリアス・フォン・エストテレア

雷魔法の最強の使い手と名高いエストテレア帝国の将軍の一人。その強さは他国から"死神"と渾名される程だ。

そしてエストテレア帝国の第三王子にして今代のエストテレア王、デニス王の四番目の子供。

現在のエストテレア国王には正妃の他にも側室を複数持つために子供も多く、五人の王子と三人の姫君がいる。つまり彼には二人の兄と一人の姉、そして一人の弟と二人の妹がいる。

二人の兄は秀才と名高い。そのせいか彼は王位に興味はないようで幼い頃から魔法力と武力を磨き続け、現在の将軍の地位についたと言われている。

その点については騎士になる以前と戦時中は軍に所属していた身として尊敬することが出来る。


だが、実際に目の前の男の傲慢な態度を目にしたことでそんな気持ちは吹き飛んだ。


「……私は奴隷として貰い受けるとの話でしたが、実際には何をすればよろしいのでしょう?」


「そうだな、とりあえず、その騎士らしい振る舞いは辞めて貰おうか」


(は……?)


言われたことの意味がわからず、思わずぽかんと間抜けな顔を晒してしまう。

騎士としてのこの態度は自分より立場や身分が上のものに対してする振る舞いとしては間違ったものではない筈だ。それどころか、祖国では最も敬意を表す態度として好まれていた。

理解出来ずに混乱していた私だが、次の言葉で男の言いたいことを理解した。


「奴隷として扱う前に、一度、ありのままのアンタを見てみたい」



私の間違えでなければ、目の前の男は私より一つ年上の十八歳の筈だ。

我が国と同じく十六歳で成人とされるエストテレア帝国では立派な大人だ。

なのに、唯我独尊と言えば聞こえは良いが、目の前の男の発している言葉はただの我侭でしかない。

俯けた顔に、苦々しい笑みが浮かぶ。

こんな男の奴隷に、私はなるのか。

それにこの男の態度は奴隷に対するものというよりも、新しい玩具を見つけた子供のようなそれだ。

私にとってこの状況が幸か不幸かはわからないが、緊張して、かしこまっていた自分が急に馬鹿らしく思えた。



こんな、子供のような男に怯えるようにしていたとは、なんて、馬鹿馬鹿しい。




「お言葉ですが、それは出来ません」




「ーー何?」


まさか逆らうとは思っていなかったのだろう、不機嫌そうな声が、上から降ってきた。


「私のこの態度はこの十数年生きてきた中で身についたもの。いわば私の骨の髄まで刻まれた騎士としての生き方そのものです。確かに、今の私は貴方様の奴隷です。よって、貴方様がこの態度をやめろと言うのならばやめなけらばならないでしょう。ですが……タリアス様」


そこで一度リーゼは壇上の高い場所の椅子に座り、ふんぞり返っている男の瞳を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。



「……貴方様は、ありのままの私を見たいと言いました。騎士とは、私の生き方そのもの。ありのままの私をお望みであるというならば、尚更騎士としての振る舞いを解くわけにはいきません」



私の屹然とした言葉にタリアス王子は目を見開いたかと思うと、突然笑いだした。


「ククッ……ハッハッハ!!」


当然のことに一瞬呆気に取られたが、直ぐに気を取り戻し何がおかしいのかと思わずムッとした私を見て王子は口を開いた。


「……いいな、お前。やはり面白い。思った通りだ」


そう呟くと男は徐に立ち上がり、私の目の前で膝をおろした。

いきなりのことに、私は動くことすらできない。王族が一介の騎士、しかも今は奴隷の身である者の前に膝を着くなど、ありえないことだ。

慌てる私の考えを読んだかのように彼は言った。


「畏まることはない。オレは、お前のことを一人の軍人として尊敬しているんだ。あの結果が分かり切ったような戦場の中でお前は誰よりも強く、諦めない意思を持って戦に臨んでいた。他の兵士が諦めきったような戦場の中でだ。誇りに思っていい」



突然の言葉に私は顔に熱が集まるのを感じた。

気に食わない男でつい先日まで敵であった相手ではあるが、一人の軍人として尊敬していた相手にそこまで褒められ、認められていたとは思っていなかった。


……そして完全に油断していたのだろう、突然男の手が延びたと思うと顎をとられた。気づいた時には上向かされ、赤い瞳に瞳を覗き込まれていた。



「だから、オレはお前を望んだんだ。あの戦場で何よりも輝いていたこのアメジストを……手に入れるために」


そう言った男は酷く愉快でたまらないという感情を称えた瞳で私を見下ろし、笑みを浮かべた。


これが、私がこの屋敷に来てこの男と初めて直接対面し、言葉を交わした時の出来事だった。


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