第3話 蜜娘
アースレイア王国に産まれた女性の中に稀に特異体質を持って産まれる者達を総称してそう呼ぶ。
彼女達は生まれつき体から甘い香りを放ち、その体液ーー、汗や涙、時には血までもが甘く感じられるという特異体質を持つ。
その香りや甘さは大体は蜂蜜のような甘さであると言われているが、中には花の蜜や果物のようなものを持つ者までいるという。
何が原因かはわからないが、アースレイア王国の女性の五十人に一人はこの体質を持って産まれる。
その体質が発現する年代はバラバラだが、大抵は十六歳ーーこの国では大人だと認められる年齢迄に現れるという。
だが何よりも不思議なのは、彼女達の体質は月の満ち欠けに合わせて色濃く変化するというものだ。つまり、朔の日にはその体質は最も薄く、満月の日には最も強く現れる。
その原因は未だ解明されていない。
一昔前までは彼女達の多くは無理やり歓楽街で働かされ、一生身体を売るような仕事をさせられる事が多かった。殆ど奴隷と変わらないようなその運命は悲壮感漂うものであったことは想像に難くないだろう。
しかし何代か前の王が妃に蜜娘を迎えたことで、その制度は廃止された。
独特の体臭や体質を抑えるための薬、
しかし、男性にとってはその香りは酷く魅力的に感じるのか、薬を飲むのを忘れた蜜娘が無理やり乱暴をされる様な事件が後を絶たない。
何しろ人にもよるが蜜娘の中には月草薬を飲むと副作用なのか、ひどい眠気や頭痛に襲われるなど薬が合わない者が多かった事が服用するのを彼女達に躊躇わせ、事件が後を絶たない原因にもなっていた。
そして、私、リーゼ・アースラインも二年前ーー、十五歳を迎える年にその蜜娘であったことが発覚した。
しかし、その時既に私は一人前の騎士として働いていた。だからこそ、誰にもバレる訳には行かなかった。
両親に相談した際、母には騎士として働き続けることを強く止められた。
何しろ最近は増えてきたとはいえ、一般的にはまだ女性騎士とは珍しく、兵士や騎士は基本的には男所帯だ。母が心配するのも当然であった。
だがその頃の私にはもう、騎士としての誇りがあった。
幼い頃から父から教わり続け、受け継いだその誇りを捨て、今更騎士以外の道を進む事など、到底受け入れられるものでは無かった。
父は、私のその痛いほどの訴えを深く深く、受け止めてくれた。
そして誰にもバレないように王に密談をし、私を騎士のまま働かせてやって欲しいと進言までしてくれたのだ。
現在のアースレイア国王ーー、アベル王は若い頃自身の近衛隊長を務めていた父の必死な訴えを真摯に受け止め、私が騎士のまま働けるようにと多くの便宜を測って下さった。
王の娘ーー、第二王女が偶然にも同じ蜜娘であったことから、私を彼女の護衛として働かせて下さることになったのだ。
同じ蜜娘である事から彼女の悩みにも対応出来ることも大きかったが、何より私から甘い香りがしても王女の護衛だからだと誤魔化すことが出来ると考えて下さったのだ。
また、私は月の満ち欠けに合わせて薬を服用する事で蜜娘である事を隠して騎士として働き続ける事が出来た。
流石に信用に値する上司と特に親しかった同僚二人には打ち明けたが、彼らと王族、そして家族しか私が蜜娘である事を知る者はいない。
だから当然、エストテレア帝国に行ってからも蜜娘である事は隠し通すつもりだ。
昔程差別的な扱いをされることはないとはいえ、全くなくなった訳では無い。
それに何より、蜜娘の体液は一部の国々や貴族の間で最高級な甘味料として扱われている為に誘拐されたりと事件に巻き込まれる事が多いのだ。
唯でさえ命の危険はないとはいえ、奴隷として生きていく場所でこれ以上のリスクは背負いたくない。
問題は、薬がいつまで持つかだ。
私は人並ほどには魔力かあるためいくつかの魔法は使える。
荷物を最小限に抑える為にも大きなものや嵩張るものは空間魔法で私専用の空間庫にしまってある。その中には一生分と言えるだけの月草薬も入れてある。何しろこの薬はアースレイア王国でしか手に入らない代物なのだ。他国ではこの薬の存在を知られていないーー蜜娘のことを隠すために機密とされているのだ。
蜜娘の尊厳が守られている現代では、アースレイア王国が蜜娘が生まれる国であるという事実自体隠されている。
と言ってもやはり王族や政治に関わってきた者達の中ではその事実を知る者も何人かはいるのであろうが……。
そして問題は私にいつまで薬の効力が持つかである。
当然だが月草薬は服用し過ぎれば対抗が出来てしまい、効力が薄くなる恐れがある。
だからこそ騎士として働きながらも服用する量は最小限に抑えてきた。
おかげで二年たった今では何の問題もないが、この先どうなるかはわからない。場合によっては服用する量も増やさなければいけなくなるかもしれない。
幸い私は薬の副作用は余りない。少し身体がだるくなるか、頭が少々痛くなることがたまにあるが、それだけだ。騎士の仕事に差し障りの無い程度で済んでいる。しかしこれさえも、いつまでも同じ症状で済むかは、わからない。蜜娘のことに関しては未だに謎が多く、何事も絶対大丈夫であるという確証は持てない。
いざとなれば、魔法で隠すことも考えられるがそもそも香りは隠せたとしても他は難しいだろう。だが、体液が甘いなんてことは普通に生活していけばバレないのだ。問題は無い。
一抹の不安は消せない。それでも私は改めて隠し通す覚悟を決め、ついにエストテレア帝国へと足を踏み入れた。
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