59話 目玉焼き

「私は無難に醤油ですね。べつに強いこだわりとかはないんですけど、他は考えられません」


 目玉焼きになにをかけるか。

 今日の創作部では、そんな話題が繰り広げられている。

 さっきまではサラダに入っているゆで卵について話していた。


「悠理と意見が分かれるのはつらいけど、わたしは塩しか認められないわ❤」


 私は相当に幸せな人生を送っているけど、世の中そう甘くない。

 愛し合う者同士とはいえ、決して相容れないこともある。


「え~っ、やっぱソース一択でしょ! ウスターとかとんかつとか中濃とかバリエーションも豊富だし!」


「醤油にもいろんな種類がありますけどね。だし醤油とか刺身醤油とか」


「あらあら❤ それを言うなら、塩だって同じよ❤」


 表情や声音が穏やかなことが、逆に不気味だ。

 いつもなら『みんな違ってみんないい』という平和な結論に至るはずなのに、いまのところそんな兆候はわずかばかりも感じられない。

 朗らかな微笑の裏でなにを思うのか、本人のみぞ知る。


「あ、アリスは、け、ケチャップじゃないと、やだ」


 アリス先輩が珍しく普通に着席した状態で、己の主張を言い放つ。

 しかも、『ケチャップがいい』ではなく、『ケチャップじゃないとやだ』と。些細な違いに思えるかもしれないけど、こだわりの強さが如実に表れている。


「ふっ、甘いわね。やっぱり、痛いほどの辛さを味わえるタバスコに限るわ」


 真里亜先輩が自信ありげに告げた。

 食事においても被虐を求めるのは、さすがだと言わざるを得ない。

 それにしても、まさか誰一人として意見が被らないとは。

 醤油は多数派だと決め付けていたけど、私の思い込みだったらしい。

 テーブルの上では視線が飛び交い、部室に沈黙が走る。

 束の間の沈黙を破ったのは、姫歌先輩だった。


「ふと思い付いたんだけど――悠理が口移しで食べさせてくれるなら、それが最高の調味料になるわね❤」


「「「……確かにっ!」」」


 うっとりしたような口調で告げられた言葉に、私以外の全員が一字一句違わぬ納得の声を上げる。

 先輩たちに口移ししてもらうのを想像した私も、一拍遅れて賛同した。

 こうして争いは終結し、いつも通りの和気あいあいとした雰囲気が戻る。

 叶うなら、目玉焼きに限らず、いろんな食べ物を口移しで味わってみたい。

 口移しよりキスが先だけど……いつまでも保留したままじゃダメだよね。

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