54話 部屋に美少女の匂いが充満している件について

 高校最初の中間テストが終わり、数日ぶりにホッとした気持ちで放課後を迎える。

 テスト期間中は部活動が行われておらず、放課後に少し話したり家でも連絡は取り合っていたとはいえ、先輩たちとのスキンシップに飢えていた。

 ただ、部室棟の点検があるため創作部は今日もお休み。

 代わりに、学校の一番近所に住む私の家に部員全員が集まった。

 突発的に決まったことなので、暗くなる前には解散する予定だ。

 うん、なにもおかしなところはない――私の様子を除けば。


「せ、せせせ、先輩たち、じ、じじじ、自由に、くく、くつろいでくださいね」


 部屋の隅でイスに腰かけ、ぎこちない笑顔を浮かべる。

 自室だというのに、未だかつてないほどに緊張してしまう。

 早鐘を打つ心臓を鎮めようと深呼吸したものの、部屋中に広がる先輩たちのいい匂いが肺を満たし、興奮のあまり余計に胸が高鳴る。

 部室よりもさらに狭い密室、タイプの異なる甘い芳香が複雑に絡み合う。それぞれの匂いはケンカするどころか相乗効果を生み出し、私の脆弱な理性を容赦なく責め立てる。


「うふふ❤ 自分のベッドより落ち着くわねぇ❤」


「分かる! 悠理に優しく包まれてるみたいで、ぐっすり眠れそうだよね~」


 姫歌先輩と葵先輩が、私のベッドに寝転びながら会話を弾ませる。


「充電ケーブルをムチ代わりにして叩かれるのもいいし、ぬいぐるみで延々と殴られるのもそそられるわね。他にも、工夫次第でいろんなプレイを楽しめそうだわ」


 真里亜先輩は壁を背に立ち、部屋にある物を見回しながら思案顔でつぶやく。


「ハァハァ、ゆ、悠理の部屋で、悠理の足に頬ずりできるなんて、さ、最高」


 アリス先輩は床に這いつくばり、私の足に顔を擦り付けている。

 先輩たちの発言や行動は部室にいるときと大差ないのに、いつもと比べ物にならないほどドキドキさせられる。




 姫歌先輩と真里亜先輩があり合わせの食材で作ってくれたお昼ご飯をみんなで食べ、再び部屋に戻って談笑すること一時間弱。

 緊張もほどほどに解れ、普段通りに先輩たちとの交流を楽しめている。

 私だけ学年が違うけど、勉強の息抜き方法やテストの手応えについての話題は予想外に盛り上がった。

 テストが終わって昼前には家に着いたのに、あっという間に時間が過ぎ、もう陽が沈み始めている。


「今日は楽しかったわぁ❤ 諸々の機材を設置する目的以外で入るのは初めてだから、緊張しちゃった❤」


 帰り際に、姫歌先輩が何気なく言い放った。

 諸々の機材への言及は避けるとして、緊張という言葉に反応してしまう。


「私もすごく楽しかったです。でも、先輩が緊張してたなんて意外です」


「うふふ❤ 恋人の部屋に招かれて緊張しない女の子なんていないわよぉ❤」


「うんうん、実はあーしもめちゃくちゃ緊張してた! 真里亜とアリスもだよね?」


「そうね、一種のプレイとして捉えられるぐらいドキドキしてたわ」


「あ、アリスも、い、いつも以上に、め、目を、合わせられなかった」


 先輩たちは口々に、私が想像していなかった思いを打ち明ける。

 それを聞いて、驚きつつもホッとした。

 先輩たちも私と同じ気持ちだったんだと分かり、思わず微笑んでしまうほど嬉しくなる。


「なにもない部屋ですけど、また来てくださいね。いつでも大歓迎ですから」


 私がそう言うと、先輩たちは笑顔でうなずいてくれた。

 名残惜しくも満たされた気分で四人を見送り、先ほどまでの賑やかさとは打って変わって静かになった自室へと戻る。

 部屋にはまだ先輩たちの匂いが残っていて、一人きりの寂しさを紛らわせてくれた。

 両親が帰ってくるまで、まだ時間がある。

 いつもならリビングでソファにもたれかかってテレビを見ているところだけど、今日はもうしばらく、部屋で過ごすとしよう。

 ふと、ベッドに目をやる。

 最初に姫歌先輩と葵先輩、次にアリス先輩と真里亜先輩、それから代わる代わる絶え間なく、誰かしら寝転んでいた。

 なんとなく腰かけて、体を倒す。


「……いい匂い」


 自分の物ではない、安らぎと興奮を与えてくれる甘い香り。

 布団にはまだ先輩たちの温もりも残っていて、目を閉じると四人の姿がハッキリと浮かぶ。

 今夜はいい夢が見れそうだけど、夜になっても興奮が冷めていないかもしれない。

 果たして数時間後、私はちゃんと眠れているのだろうか。

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