31話 先輩を罵った結果
部室に足を踏み入れた瞬間、既視感のある光景が視界に飛び込んだ。
「悠理、お願い! あたしを罵倒してちょうだい!」
流れるような動きで、真里亜先輩が模範的な土下座を披露する。
以前、お尻を叩いたときのことが脳内に浮かぶ。
「このままだと我慢できなくなって、力づくで痛め付けさせてしまうかもしれないわ!」
おそらく――いや間違いなく、『力づくで痛め付けさせる』なんて言葉を用いるのは、この世で真里亜先輩だけだ。
彼女は気の強さに反して真性のドМなので、たまに日常生活では聞かないような言い回しが用いられる。
「と、とにかく顔を上げてください。まずは落ち着いて話し合いましょう」
私の要求は受け入れられ、着席して一息ついたところで話を再開する。
「とりあえず、真里亜先輩がしてほしいことを教えてください」
先輩を罵倒なんてしたくないけど、真里亜先輩がそれを渇望しているのは明確な事実。
あまりにも過激な行為はともかく、お尻を叩くのと同程度なら不可能ではない。
私の意思を感じ取ったのか、真里亜先輩はパァッと笑顔を咲かせ、嬉々として語り始めた。
「ありがとう! やっぱり、最初は定番の腹パンがいいわね。よろめいたところをすかさず蹴り飛ばしてもらって、堪え切れず倒れたところに唾を吐き捨ててほしいわ。仕上げに思い切り踏みにじられながら、罵詈雑言を浴びせてもらえると嬉しいわ」
内容の凄まじさとは裏腹に、瞳がキラキラと輝いている。
「はぁ、嫌ですよ」
申し訳ないけど、さすがに却下だ。
本気で望んでくれているのは分かる、欲求が満たされないもどかしさも理解できる。
ただ、無理なものは無理。
「あぁんっ、バッサリ切り捨てられるのも気持ちいいわ! 冷たい視線と呆れ果てたような溜息も最高よ!」
予期せぬところで喜んでもらえた。
「そうだわ❤ 言葉責めというのはどうかしらぁ❤」
ポンッと手を合わせ、姫歌先輩が提案を述べる。
「なるほど~っ、名案だね!」
「さ、さすが、姫歌」
「言葉責め、いいじゃない! さぁ悠理、あたしの心が壊れるぐらい徹底的に罵りなさい!」
トントン拍子で話が進み、決定事項となってしまった。
悪口を言うのは気が引けるけど、先ほど真里亜先輩が口にした行為と比べればまだマシかもしれない。
「分かりました、任せてくださいっ」
「ふふっ、頼もしいわね。それじゃあ、こういうセリフを――」
言いもってメモにセリフを書き出し、文字で埋まったそれを手渡される。
さらにはアリス先輩による演技指導も受け、セリフの暗記を終えたところで若干の移動を行う。
真里亜先輩は床に正座し、こちらを見上げる。説教される子どものように身を縮こまらせているけど、期待と高揚感が全身から滲み出ていた。
私は偉そうに腕を組み、わずかに目を細めて嘲るように彼女を見下す。演技とはいえ、心が苦しい。
ちなみに、私のポジショニングが完成するまで何度かリテイクを受けた。
大きく深呼吸をして、いよいよ本番に入る。
「ま、真里亜先輩、あなたって本当に卑しい雌豚ですね。罵られて喜ぶなんて、気持ち悪いにもほどがありますよ。まったく、腐った生ゴミにも劣る汚物です。便器扱いされるのがお似合いですから、今度気が向いたら使ってあげてもいいですよ。ぺっ」
最後の部分は、実際に唾を吐くのは罪悪感に耐え切れないので、声だけで我慢してもらう。
というか、もう限界だ。
「ごめんなさい! 大好きな先輩に、こんなこと……」
いたたまれなくなって謝罪する途中、真里亜先輩の様子に気付く。
表情はトロンと蕩け切っていて、頬は紅潮し、口元はこの上なく嬉しそうに緩んでいる。
よく見ると体はビクンビクンッと小刻みに震えているし、明らかに普通じゃない。
「せ、先輩、大丈夫ですか?」
「さ、最高だったわ。派手にイっちゃったけど替えの下着がないから、今日はもう帰るわ」
そう言いもって立ち上がろうとするも、足に力が入らないらしく、ぺたんっと尻餅をつく。
「あらあら❤ すぐには帰れそうにないわねぇ❤」
「真里亜、ちょっと待ってて! あーしが保健室に行って借りて来る!」
スッと立ち上がった姫歌先輩が真里亜先輩に肩を貸してイスに座らせ、葵先輩は風のような速さで部室から飛び出した。
アリス先輩はティッシュを取り出し、床にできた小さな水たまりを拭き取る。
まさかこんな結末になるとは……。
なにはともあれ、満足してもらえてよかった。
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