30話 キスマークの場所について

 昨日はいろいろと刺激的だった。

 さすがに痕は消えているけど、あの興奮と感触はハッキリと覚えている。

 ところで、ふと気になって調べたところ、面白い情報を手に入れた。

 部活が始まってから先輩たちの様子を伺い、一息つくタイミングを見計らって話を切り出す。


「キスする場所って、意味があるらしいですよ」


 私がそう言うと、四人は一様に興味を示してくれた。

 自分と同じように関心を持ってくれたのが嬉しくて、自然と気分が高まる。

 スマホを取り出し、ブックマークに登録しておいたページを開く。

 そのサイトによると、姫歌先輩と葵先輩は首筋へのキスだから『執着』、アリス先輩は太ももだから『支配』、真里亜先輩は腕だから『恋慕』ということになる。

 キスマークを残すのが目的だったことを考えると、痕が残らないような場所は選択肢から外されていたはず。心理テスト的な意味ではあまり期待できないけど、それに類する面白さがある。花言葉を知ったときの感覚に似ているかもしれない。

 テーブルの真ん中に置いたスマホの画面を、先輩たちは興味深げに凝視していた。


「うふふ❤ 悠理がいないと生きていけない体にされちゃったから、確かに執着してると言えるわねぇ❤」


「あーしもだよ~っ。悠理なしの生活なんて絶対に考えられない!」


 思い当たる節があるようで、二人ともうんうんと頷く。

 ただ、言い方がなんとなくエッチだと感じてしまうのは、私の心が汚れているのだろうか。


「あ、アリス、支配なんて、か、考えてないよ? お股に近かったから、ふ、太ももにした、だけだもん」


 やや毛色の違う単語だったこともあり、アリス先輩は焦って弁解する。

 私としても、アリス先輩と支配という言葉はどうにも結び付かない。


「あたしは文句の付けどころがないわね。恋慕なんて、まさにその通りよ」


 これ見よがしに髪をかき上げ、満足気に胸を張る真里亜先輩。

 とてつもなく嬉しいけど、直球すぎて少し照れてしまう。


「ところでさ~、額へのキスって祝福とか友情って意味らしいよ~?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、葵先輩がからかうような声音でつぶやいた。


「祝福はともかく友情だなんて、さすがに悲しい❤」


 創作部で過ごすうちに、危機感知能力が飛躍的に強化されたかもしれない。

 姫歌先輩が便乗したことにより、嫌な予感を覚える。


「あ、アリスたちは、悠理のこと、愛してるのに」


「この結果にこだわるつもりはないけど、ちょっと気になるわよね」


 さすがいとこ同士だと褒めたくなるコンビネーションで、アリス先輩と真里亜先輩が続け様に言い放った。

 包囲網はすでに九割方完成している。

 私にできるのは、覚悟を決めることだけだ。


「というわけで! 唇じゃなくていいから、またみんなにキスしてよ!」


 心のどこかで期待していたこと――もとい、恐れていたことが現実となる。


「悠理さえよければ、顔のどこかにしてもらいたいわぁ❤」


 額以外で、顔のどこか。

 唇にしたいのは山々だけど、刺激が強すぎて先輩たちとまともに顔を合わせられそうにない。

 ほっぺたは照れるし、鼻やあごはなにか違う気がする。

 ――そうだ、あそこなら!


「分かりました、任せてください!」


 私は意を決して立ち上がり、耳たぶへのキスを決行した。




 顔を真っ赤にしてぷるぷる震える私を横目に、先輩たちは慈しむように自らの耳たぶに触れる。

 言うまでもなく、私が愛を込めて唇を重ねた場所だ。

 大事なのは自身が抱く気持ちであり、場所に秘められた意味がすべてではない。口に出さずとも、それは全員の共通認識に相違ない。

 だけど、あまりに浅はかだった。

 我ながら軽率だと言わざるを得ない。

 頬などと比べれば難易度が低いと判断した、耳たぶへのキス。

 しつこいようだけど、キスにおいて重要なのは本人の想いだ。

 耳たぶへのキスが『誘惑』を意味するのだとしても、私は決してそんな意図を持っていたわけではない。


「あらあら❤ 悠理の方から誘ってもらえるなんて、嬉しい限りね❤」


「部活中に先輩を誘惑するんだから、悠理って相当エッチだよね~」


「こ、心の準備、しておかないと」


「ふふっ、今後はお赤飯を炊く用意も必要かしら」


 そんなつもりじゃなかったんです、と言い返すこともできない。

 なにをどう取り繕ったところで、この流れでは言い訳にしかならないのだから。


「お、覚えておいてくださいよ! いつか必ず、先輩たちが驚くほど濃厚なキスをしますからね! 人には見せられないような、とってもエッチなキスを!」


 羞恥心で冷静さを失った状態で、先輩たちに一矢報いようと声を大にして宣言する。

 過激な内容に、四人の頬が瞬く間に紅潮していく。

 普段の先輩たちも異常なまでにかわいいけど、こういう不意に見せる表情もまた実に魅力的だ。


「って、あれ……? 私、いま……」


 ふふんっと誇らしげに不敵な笑みを浮かべたのも束の間、勢い任せに言い放った言葉を反芻して先輩たち以上に赤面し、両手で顔を覆って現実逃避のため机に突っ伏した。

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