10話 闇のゲーム

 今日はちょっとした催しとして、トランプを用いたシンプルなゲームを行うことになった。

 ルールは簡単。トランプをシャッフルしてから一枚ずつ裏向きに配り、一斉にめくって最も数字が大きい人が勝ち。

 それだけではあまりにも質素であるため、勝者は敗者――つまり最小の数字を引いた人に罰ゲームを命じることができる。

 ジョーカーは抜きで、キングが最強となる。トランプではエースが強いカードとして扱われがちだけど、このルールにはおいては最弱だからできれば引き当てたくない。

 罰ゲームに関しては、危険を伴わず手短に済ませられるなら内容は自由。


「うふふ、腕が鳴るわねぇ❤」


 姫歌先輩は手際よくシャッフルしながら、どこか余裕のある微笑みを浮かべた。


「どうせなら勝ちたいよね~! あっ、でも一回ぐらい罰ゲーム受けてみたい気もする!」


 葵先輩も気合い充分だ。あり余る元気が抑えられないのか、待ち遠しそうに体を揺らしている。


「ま、負けたく、ないなぁ」


 今回ばかりは私のスカートに侵入せず、自席にて不安そうな様子を見せるアリス先輩。


「罰ゲーム、か……悠理が勝ったときは、ぜひとも負けたいわね」


 なにを期待しているのか、手に取るように分かってしまう。真里亜先輩が望むようなことにはならないと断言できる。


「それじゃあ、始めるわよぉ❤」


 姫歌先輩がカードの束をテーブルの真ん中に置き、開始を宣言した。順番に一枚ずつ引いていき、裏向きのままテーブルに伏せる。

 全員が引き終えたところで、一斉にカードをひっくり返す。


「やった! あーしの勝ち!」


「うぅ、ま、負けちゃった」


 一回戦の勝者はKを引き当てた葵先輩、敗者は3を引いてしまったアリス先輩となる。

 ちなみに、私は8、姫歌先輩はK、真里亜先輩は9だった。


「それじゃあアリス、『おっぱい』って十回言って! 小さい子が甘える感じでよろしく!」


「わ、分かった……おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい、おっぱい」


 葵先輩の指示に従い、アリス先輩は罰ゲームを遂行する。

 言い方を指定されて演技モードに入ったようで、途中で噛んだり恥ずかしがったりすることもない。

 負けなくてよかったとホッとする内容だけど、逆に言えばその程度。この先輩たちにしては驚くほどまともだ。

 勝ったらなにをしてもらおうかなんて考えながら、続く二回戦に臨む。




 二回戦、三回戦と中途半端な順位が続き、告白ゼリフを読む葵先輩や、腕立て伏せをする姫歌先輩の姿を見せてもらった。

 そして四回戦、ついに敗北を喫してしまう。


「ふっ、ついにこの瞬間が来たわ! 悠理に命令できるなんて、人生の勝者と言っても過言ではないわね!」


 真里亜先輩が喜びを露わにし、大声で勝鬨を上げる。

 それは過言ですよとツッコミを入れたかったけど、他の先輩たちが本気で悔しそうにしているので迂闊なことは言えない。


「で、私はなにをすればいいんですか?」


「そうね……目障りなゴミでも見るような視線を向けながら、『雌豚』って十回言ってちょうだい!」


 ブレない先輩だと感心すら覚える。

 私にはアリス先輩ほどの演技力はない。上手くできる自信はないけど、努力はしよう。


「め、雌豚、雌豚、雌ぶ――」


「ストップ! 悠理、いくらなんでも生温すぎるわ。もっと侮蔑の念を込めなさい。視界に映るだけで吐き気を催す汚物が近くにあって、それが自分を目がけて飛んでくるのを想像するのよ」


「は、はい、やってみます」


 役に立つかどうかはともかく、せっかくのアドバイスを無下にするわけにもいかない。

 二回は言い終わったから、残るは八回。


「雌豚! 雌豚! 雌豚! 雌豚! 雌豚! 雌豚! 雌豚! 雌豚!」


 なるほど、これは確かに罰ゲームだ。

 楽観視していたけど、実際にやってみると意外にキツい。


「あっ、はぁ……っ。さ、最高だったわ。興奮しすぎてびちゃびちゃよ」


 満足していただけたようでなによりだ。

 どこがびちゃびちゃなのかは、聞かないでおこう。

 罰ゲームが終了したことで、カードを回収してシャッフルし、五回戦が始まる。

 掛け声と共にカードをめくると、今回はかなりハイレベルな戦いだった。

 勝者はキングを引き当てた姫歌先輩。葵先輩と真里亜先輩が共にクイーン、アリス先輩がジャックで、私は10。

 完全な運勝負とはいえ、二回連続で負けるとさすがに悔しい。

 次は勝つぞと胸中で意気込みながら、姫歌先輩からの命令を待つ。


「悠理には、これで鼻をかんでもらいたいわ❤」


 四辺に細かな刺繍の入った、純白のハンカチを手渡される。


「へ? でもこれ、先輩のハンカチですよね?」


「ええ、そうよ❤ 鼻水まみれにするつもりで、思いっきりかんでね❤」


 どうしよう、目が本気だ。

 わざわざゴミ箱からティッシュを拾うぐらいだから、驚くことではないのかもしれないけど……。

 人のハンカチで鼻をかむのって、罪悪感がすごい。


「あらあら、どうしたの? も、もしかして……わたしのハンカチなんて、汚らしくて使えな――」


「違います! ああもう、分かりましたよ。遠慮せず使わせてもらいます。ベトベトになっても知りませんからねっ」


 いまにも泣きそうになる姫歌先輩の様子を見ていたたまれなくなり、食い気味に言葉を挟む。

 滑らかな手触りのハンカチを広げ、半ばヤケクソで鼻をかんだ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら返却すると、ニコニコと満面の笑みで「ありがとうっ❤」と言われてしまい、なんとも複雑な心境になる。


「さぁ、次こそ私が勝ちますよ!」


 気合いが天に通じたのか、続く六回戦は私が勝利を手にする。

 罰ゲームの対象者は姫歌先輩。

 奇しくも、先ほどの勝者と敗者が入れ替わる結果となった。

 せっかくの機会だから、たまには先輩にも恥ずかしい目に遭ってもらおうかな。


「恥ずかしい秘密を一つ、教えてください」


 我ながら安直なことしか浮かばなかったけど、罰ゲームとして打倒な内容じゃないだろうか。

 姫歌先輩は少し考えた後、おずおずと口を開く。


「じ、実は……毎日のように悠理のオナニーを盗撮して、それをオカズに日々自分を慰めているわ❤」


「それ私にとっても死ぬほど恥ずかしいですからっ!」


 この日この瞬間、私は生まれて初めて、空気を震わせるほどの大声を発した。


「へ~っ、悠理ってけっこうな頻度でしてるんだね!」


「そ、そのときの、ぱ、パンツ、ぜひ、欲しい」


「おとなしい顔して、なかなか性欲旺盛じゃない。あたしがご主人様と見初めただけはあるわ」


 あれ? 私が罰ゲームを受けたんだっけ?

 穴があったら埋まりたい。なくても掘って潜りたい。

 存在ごと消滅したくなるような羞恥心から逃げるように、「次やりますよ! 次!」と自らカードを集めて力強くシャッフルする。

 ――激しく動揺するあまり思考がおざなりになっていた私は、後になって『盗撮』という言葉に戦慄することとなる。


「あ、アリスが、勝った。やったぁ」


「さっきのハプニングを乗り越えた私に、怖い物はありませんよ。さぁ、なんでも命令してください」


 負けて、勝って、また負けて。最初の方と違い、極端な結果が続く。これもまた運勝負の面白さと言える。

 ほぼ毎日一人でしていることがバレてしまったいま、並大抵の罰ゲームでは驚きもしない。

 未だに顔が熱いけど、余裕綽々といった態度を見せ付ける。


「ぶ、部活が終わるまで、パンツ、か、貸して」


「んんん? すみません、よく聞き取れませんでした。アリス先輩、もう一度言ってもらえますか?」


「ぱ、パンツ、いますぐ脱いで、あ、アリスに、渡して」


 悲しいことに、聞き間違いではなかった。

 危険は伴わず、時間もかからない。ルールはきちんと守られている。


「わ、分かりました。部活が終わったら、ちゃんと返してくださいね」


 渋々ながらも承諾し、脱いだ下着をアリス先輩に預ける。

 すると恐ろしいことに、アリス先輩はいまのいままで私の陰部が面していた場所に顔を密着させた。


「ふはぁぁあぁっ、悠理のパンツ最高だよぅ。アリス、この匂い大好きっ。まだ温かくて、豊かな香りとわずかな湿り気がたまらないっ。えへへ、悠理ありがとうっ」


「「「「えっっっっ!?」」」」


 私、姫歌先輩、葵先輩、真里亜先輩が一様に驚愕する。

 演技をしているわけでもなく、視線がないわけでもない。

 にもかかわらず、アリス先輩がコミュ障を発揮せず流暢に話している。

 親戚である真里亜先輩にとってはひときわ衝撃的だったようで、アリス先輩のご両親に連絡しようと筆箱を取り出した。ベタすぎるほどのテンパり具合だ。


「あ、アリス先輩、この一瞬でコミュ障を克服できたんですか?」


 だとすれば、ぜひともその方法を世界中に公開するべきだろう。


「すぅぅぅぅ、はぁ~。ぺろぺろ。悠理のパンツが素敵すぎて、恥ずかしさとか気まずさとか、全部吹き飛んじゃった。多分、これがなくなったら普段通りに戻っちゃうよ。いつもは外側からだけど今回は内側を堪能できてるから、濃厚な刺激がアリスの精神に強い影響を及ぼしたんだと思う」


「なんですか、そのとんでもない理論……」


 前言撤回。世界に公開なんてされたら、それこそ社会的に死ぬ。


「あっ。ついうっかり、スマホをテーブルの下に落としてしまったわぁ❤」


「おっと、あーしも落としちゃったな~!」


「奇遇ね、あたしもよ」


 三人そろって?

 だいたい、スマホが落ちたような物音なんてしなかったけど。

 先輩たちが我先にとテーブルの下に潜り、アリス先輩だけは着席したまま私のパンツを味わっている。

 なんというか、いつもとは逆――ん?

 いつもと、逆。

 アリス先輩がいつもテーブルの下に潜っているのは、私のスカートに顔を突っ込むため。

 ……嫌な予感しかしない。

 まさかと思って下を覗くと、三人の先輩がこぞって私の下腹部に視線を向けていた。

 下着がなくてスースーする、その場所に。


「見ないでください!」


 すでに手遅れかもしれないけど、急いで脚を閉じる。




 結局、今日は部活の時間を丸ごとゲームに費やした。

 アリス先輩から返してもらったパンツは少し濡れていたけど、気にせず穿く。あぁ、この安心感。パンツのありがたみが身に染みる。

 あれから葵先輩に十秒間お股を触られるという罰ゲームを受けたものの、神様が同情してくれたのか、以降は私が敗者となることはなかった。

 発狂しそうなほどの羞恥心は味わったけど、先輩たちとさらに親睦を深められた気がする。

 終わってみると楽しい思い出だから、次の機会が楽しみだ。

 ただ、次回は罰ゲームに関して『卑猥・変態な内容は禁止』という制限を設けさせてもらう。

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