8話 部室の外では
いつも一緒に弁当を食べている友達が、風邪で欠席している。
一人で食べるのも寂しいから誰かに声をかけようかと考えたら、真っ先に先輩たちの顔が浮かんだ。
せっかくだからと連絡してみると、一秒と経たずに返信が来た。
どうやら四人そろって食堂にいるようで、事情を話して私も混ぜてもらうことに。
「悠理~、こっちこっち!」
食堂に足を踏み入れると、葵先輩のよく通る大きな声が響き渡る。
周りの視線を浴びつつ、声がした方へ早足で向かう。
姫歌先輩の隣に座り、弁当箱をテーブルに置く。
「待っていたわよ❤ 悠理と一緒に食べられるなんて、今日はついてるわぁ❤」
「どちらかと言えば、私のセリフですよ」
実際、ここに移動する間も「羨ましい」とか「いいなぁ」なんて言葉があちこちから発せられた。
「悠理ってお弁当だったんだ~。あーしにもちょっと分けてよ!」
「いいですよ。その代わり、先輩のカレーも少しくださいね」
葵先輩の前に置かれたカレーライス。学校において弁当持参の身には無縁だからか、特別おいしそうに見える。
「ゆ、悠理、あ、アリスのも、た、食べ、る?」
「えっ、いいんですか? ぜひお願いします」
アリス先輩が食べているのは、大葉と大根おろしが乗った和風ハンバーグ。鉄板の上でジュージューと音を立てていて、とても学食のメニューとは思えない本格的な一品だ。
ちなみに、姫歌先輩は大盛りのかつ丼。この細い体のどこに入るのか甚だ疑問だけど、栄養のほとんどが胸に吸収されているんだと考えたらあっさり納得できてしまった。
そう言えば真里亜先輩の姿がないと思って辺りを見回すと、目の前にペットボトルのお茶が勢いよく置かれる。
「あたしの奢りよ。飲みなさい」
「あ、ありがとうございます」
もしかすると、私が合流することになったから買いに行ってくれたのだろうか。
後輩として申し訳ない気持ちになりつつ、先輩の厚意に胸が熱くなる。
アリス先輩の隣に着席した真里亜先輩は、私と同じく弁当組だ。まず間違いなく、中身は先輩の手作りだろう。
あくまで食事中だから、それほど会話は多くない。
部活中も基本的には各々の作業があり常に言葉を交わしているわけじゃないから、口数はいつもと大差ないように思える。
「うふふ❤ 悠理が加わると、いつもより楽しく感じるわねぇ❤」
「確かに! 今度さ、放課後にみんなでご飯とか行こうよ!」
「う、うん、いい、ね。あ、アリスも、行き、たい」
「へぇ、それなりに使える意見ね。葵にしては珍しいじゃない」
ただ、部活中と明確に違うことが一つ。
先輩たちが、まともすぎる。
四人とも最低限のマナーをわきまえているというかメリハリがあるというか、部室の外で変態要素を見せないのは分かってる。
だけど、いつもの様子に慣れていると、常識的な振る舞いに違和感すら覚えてしまう。
「私もすっかり、創作部に染まっちゃったなぁ」
誰にともなく、ポツリと漏らす。
私の言葉を受けて先輩たちは嬉しそうに笑ってくれたけど、ちょっとだけ複雑な気分だ。
以前なら無害な先輩たちに感動すら覚えていただろうに、いまは物足りなさを感じるようになってしまったのだから。
変態行為に慣れたと思ったら、心のどこかで変態行為を求める体になっていた。
あくまで、ありのままの先輩と接したいという意味だけどね。
決してストーキングやセクハラ、パンツを嗅がれたり罵倒を求められたりしたいわけではない……と思う。
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