7話 誇り高きドМ

 姫歌先輩の小説を読み、葵先輩のイラストを見て、アリス先輩の収録をこっそり盗み聞く。

 今日の私、なにも活動してないな。

 ちょっとした自己嫌悪に陥りつつも、素敵な作品の数々を堪能できる喜びが暗い気分を晴らしてくれる。

 私は真里亜先輩が出してくれた手作りクッキーを口に運び、サクッと軽快な音を響かせた。


「ん~、今日も最高においしいですっ。真里亜先輩、お菓子作りのコツってあるんですか?」


「喜んでもらえて嬉しいわ。コツって言うのかは分からないけど、あたしは基本的に乳首を洗濯ばさみで挟みながら作ってるわね」


「へ?」


 あまりに想定の斜め上を行く返答に、新たに手に取ったクッキーを落としそうになる。


「挟んだ直後は普通に痛くて、だんだんと慣れていくのよ。でも時間が経つにつれてジンジンとした痛みが襲ってきて、あれは一度ハマると癖になるわ」


「そ、そうですか。私にはちょっと、というかかなり、レベルが高すぎて真似できそうにありません。というか、そんなことをして大丈夫なんですか? 傷付いたり、形が変わったりしそうですけど」


「問題ないわ。ほら」


 言うが早いか、真里亜先輩はブラウスのボタンを外し、手を突っ込んで下着をずらして右の乳房を露出させた。

 色白の肌はもちろん、先端を彩るピンク色の部分も芸術的なまでに瑞々しく美しい。懸念していた突起に関しても、思わず目を奪われてしまうほど整った形状をしている。

 姫歌先輩に次ぐ巨乳はやはり迫力があり、縫い付けられたように視線が外せない。


「た、確かに、先輩の言う通りですね」


「でしょ? まぁ、おすすめはしないわ。あたしは特別な訓練をした人間じゃないけど、特殊な性癖は持ってるから。普通の人は絶対に真似しちゃダメよ」


 真里亜先輩は服を正しながら、誰かに説明するように忠告する。


「そもそも真似しようと思う人なんていないと思います」


 想像しただけで痛い。

 ついでに真里亜先輩が裸で作業している姿も妄想してしまい、顔が熱くなる。いくらなんでも、実際は服ぐらい着ているだろう。

 でも、裸エプロンというのも捨てがたい。豊満な胸に押し上げられた生地とか、それによって生じた隙間からチラッと覗く素肌とか、後ろは完全に無防備なところとか……いやいや、尊敬する先輩をそんないやらしい目で見てはいけない。

 正直に言えば見たいけども。真里亜先輩に限らず、姫歌先輩の爆乳とか、葵先輩の引き締まった手足とか、アリス先輩の未成熟な体とか、先輩たちは魅力が強すぎて困る。


「じゃあ、せっかくだから悠理があたしの乳首をいじめてみる? どうせなら、引き千切るつもりで頼むわ!」


「いや、なにが『じゃあ』なんですか。話が飛躍するどころの問題じゃないですよ」


「ノリでやってくれるかなって思ったのよ。というか、先輩のちょっとしたお願いぐらい聞きなさいよ!」


「逆ギレしないでください。ちょっとのお願いならいいですけど、さっきのはちょっとで済ませていい内容じゃないです」


「だったら、お腹に膝蹴りなんてどうかしら? これなら問題ないわよね?」


「問題しかないですけど!?」


 腹パンを凌駕する暴力的な要望に、思わず声を荒げてしまう。


「なるほど、焦らしプレイってわけね。さすがあたしが運命を感じた相手だわ」


 焦らすというか、実行するつもりがそもそも皆無なんだけど。


「運命って、また大げさな……」


「大げさじゃないわよ。いままでは『この人だ!』って思ったことなんて一度もなかったのに、悠理は一目見た瞬間に確信したわ。悠理に見捨てられたら死ぬと言っても過言じゃないわね」


「そ、そう言われると、ちょっと嬉しいですね」


 複雑な気分ではあるけど、真里亜先輩ほどの美少女にここまで言われて喜ばないわけがない。


「以前試しにアリスに殴ってもらったことがあるんだけど、気持ちいいどころかムカついて殴り返しちゃったのよね」


「あ、あれは、り、理不尽、だった」


 真里亜先輩に話を振られ、アリス先輩が顔をしかめる。

 親戚同士のやり取りと考えても、その状況をイメージするとあまり微笑ましくはない。

 アリス先輩はそのままテーブルの下に潜り、例のごとく私の股間に顔を埋めて深呼吸を始めた。


「なるほど。一口にドМと言っても、誰でもいいってわけじゃないんですね」


「当たり前よ! 他はどうだか知らないけど、あたしは違うわ! 言うなれば、そう――誇り高きドМなのよ!」


「なんですかそれ」


 誇り高きドМ。とんでもないパワーワードが飛び出したものだ。

 意味不明だけど、ほんのちょっとだけ理解できなくもないかもしれない。

 思い返してみれば、真里亜先輩が私以外の誰かに暴力や罵倒を要求しているところを見たことがない。

 部室の外では当然として、部活中でもそういった発言をするのは私に対してだけだ。

 こだわりというかなんというか、強固な信念のようなものを感じる。


「強要はしないけど、気が向いたらいつでもあたしのことを痛め付けなさい」


「諦めてください。私はですから、望まれても暴力なんて振るいたくないです」


 率直な意見を述べると、直後に部内の空気が固まった。

 作業中だった姫歌先輩と葵先輩も、私のパンツに顔を擦り付けて深呼吸していたアリス先輩も、真里亜先輩と同じように動きを止める。


「ど、どうしたんですか? なにか変なこと言いました?」


「ゆ、悠理、あなたいま、先輩たち――私たちのこと、大好きって……」


 姫歌先輩が最初に反応を示す。いつになく動揺している様子だ。

 隣では葵先輩が首をブンブンと縦に振り、姫歌先輩に激しく同調する。


「はい、大好きですよ。かわいくてきれいで優しくて、心から尊敬できる素敵な方々ですから」


 私なんかが同じ空気を吸えているだけでも奇跡なのに、かわいがってくれるし、親身になっていろんなことを教えてくれる。

 四人とも個性が尖りすぎていて反応に困ることもあるけど、大好きだってことは胸を張って断言できる。


「あ、あらあら、嬉しいことを言ってくれるわねぇ❤」


「うんうんっ、ほっ、本当にいい後輩だよ!」


「ゆ、悠理、あ、あり、ありが、とう」


「ドМとしてはもっとこう、せ、責める感じで言ってほしいわ!」


 いつも通りのようでいて、明らかに様子がおかしい。

 私としては本音をそのまま口にしただけなんだけど……。

 先輩たちがそろって顔を赤くするものだから、つられてこっちまで照れてしまう。

 顔が急激にカーッと熱くなるのを感じつつ、私はごまかすように再びクッキーへと手を伸ばした。

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