6話 一番の変態
創作部の先輩たちは、疑うまでもなく変態だ。
ただし、断じて悪人ではない。
日頃の変態行為はハッキリ言ってしまえば迷惑に感じることもあるけど、それ以上に優しくしてもらっているし、なにかとお世話になっている。
あと、身も蓋もない話――彼女たちほどの美少女に囲まれるこの環境は、百合趣味な私にとって楽園としか言えない。
先輩たちの本性を知らない友人にハーレム呼ばわりされるのも、複雑な思いはあるけど実際のところまんざらでもない。
「次はなに描こうかな~。あっ、姫歌! ちょっとエッチな方の小説見せてよ!」
「いいわよぉ。それじゃあ、裸のシーンが多い物を……」
葵先輩と姫歌先輩が楽しそうに盛り上がっている。
小説とイラストというのは、やはり相性がいいようだ。
二人とも一癖あるものの腕前はプロ級だから、見せてもらう側としてもつい期待してしまう。
ここだけの話、二人の作品は毎晩のように使わせてもらっている。恥ずかしながら、エッチな広告をつい見てしまう程度には性欲があるので。
「なんか刺激が足りないわね。悠理、ちょっと踵落とししなさいよ。頭蓋骨を砕くつもりでズドンッと」
「いや、二重の意味でできませんよ」
踵落としできるほどの柔軟性やバランス感覚はないし、大前提として先輩に暴力なんて振るえない。
キッパリ断ったことで、真里亜先輩は不満そうにしながらも素直に諦めてくれた。
「ハァハァ、悠理のパンツ、きょ、今日も、いい匂い……ふふふ」
まるでそこが定位置であるかのように、アリス先輩はテーブルの下で私のパンツに顔を埋めている。
荒い鼻息が当たってムズムズするけど、日常茶飯事なので驚いて飛び跳ねたりはしない。
「アリス先輩って、以前からこんな感じだったんですか?」
ふと気になり、誰にともなく訊ねてみる。
「悠理と出会ってからじゃないかしらぁ❤」
「うんうん! コミュ障なのは変わらないけど、そういうフェチだってことは最近知ったよね!」
「親戚として恥ずかしい限りよ。悠理に強要されるなら、あたしも喜んで同じことをするけど」
間髪入れず、先輩たちが口々に答えてくれた。
当のアリス先輩は先ほど以上に顔を押し付け、信じられないほど力強く息を吸う。超人じみた肺活量、これほどまでの無駄遣いが他にあるだろうか。
「そ、そう、だよ、アリスは、悠理と出会って、め、目覚めた、から」
「あの、ちょっと訊ねづらいんですけど……私の臭いって、そんなにキツいんですか?」
アリス先輩が好んで嗅ぐのは、パンツか靴下。となると、いい匂いだけが目的だとは到底思えない。
清潔にしているつもりではあるけど、この先輩は体育とかトイレの後にも嬉々として飛びついてくる。
年頃の女子として、心配になって当然だ。
「あらあら、嫌な臭いなんて少しもしないわ❤ 食べたくなっちゃうぐらい、とってもいい匂いよ❤」
姫歌先輩は優しく微笑んでいるのに、眼光は獲物を狙う獣そのもの。
貞操の危機が否めないものの、ホッと安堵する。
「悠理って石鹸みたいな香りだよね! あーしは好きだよ!」
「あたしだって好きよ。悠理が使ってるボディーソープを無理やり飲まされてもいいわ。下の口からってのも有りね!」
葵先輩の感想は素直に嬉しい。真里亜先輩に関しては……洒落にならないから、絶対に要望を叶えるわけにはいかない。
「う、うん、く、臭くないよ。アリスは、臭いから、じゃなくて、ゆ、悠理が放つ香りが、好きだから、嗅いでるの」
「よかった、安心しました」
不安が拭われ、心が軽くなる。
「で、でも、臭いときも、好き。悠理の体から、た、漂うなら、いい匂いも、嫌な臭いも、ど、どっちも、大好き」
「アリス先輩……」
ともすればドン引き必至な発言ではあるけど、喜びの方が強い。
どんなことであれ、全面的に受け入れてもらえるというのは嬉しいものだ。
「だ、だから、悠理、今度、い、一週間ぐらい、同じパンツと靴下、着用して、あ、アリスに、嗅がせて」
「お断りします」
私は逡巡することなく即答した。
庇護欲を駆り立てられる弱々しい語調、甘やかしたくなる幼く愛らしい声音。
他のお願いだったら、間違いなく快諾しただろう。
「こうしてみると、アリスはわたしたちの中でも群を抜いて変態よねぇ❤」
「確かに! あーしもセクハラ魔だって自覚はあるけど、さすがに負ける!」
「あたしも同意見だわ。というか、アリス以上の変態なんてこの世にいないわよ」
これぞ異口同音。
ただし、三人ともアリス先輩を最たる変態として認識しているとはいえ、バカにしているわけではなく、一種の敬意すら感じられる。
「え、えへへ、そ、そうかな。ふ、複雑な気分だけど、い、一番になれるの、嬉しい」
アリス先輩も嬉しそうでなによりだ。
だけど先輩……喜ぶときぐらい、股間から離れてくださいよ。
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