第71話


 俺は万が一に備えてつけかえていたスキルをもとに戻した。

 一応、さっきの攻撃で倒しきれなかった場合は、俺が逃走する予定だったので、すべての装備品に敏捷強化を付与しておいたのだ。


 それは杞憂に終わって本当によかったな。

 それにしても、ミスリルか。


 ミスリル魔鉱石を手に入れたからか、ミスリルソードなどが新しく作れるようになった。

 ただ、まだレベルが足りないため、作れるのはミスリルを使用した場合のみだ。


 ミスリル魔鉱石を用いて装備品を作れる……とりあえずは武器だよな。

 防具は後回しで十分だろう。

 何を作ろうかな……そんなことを考えながら改めて森を見た。


 ――やりすぎた。

 ウェポンブレイクの剣を三十分も使用してしまった。

 もしかしたらもう少し被害は抑えられたかもしれない。


 ……けど、加減できるほどの余裕がなかったのもまた事実だ。

 装備品に大量にスキルを付与して能力向上を目指したが、付与されたスキルが20を超えたあたりから微々たる上昇しかなく、戦闘で優位に立てるほどではなかった。

 

 そもそも、その前からも体が軽くなる、みたいな露骨な強化はなかったので、思っていたよりもたくさんつければ強くなれる、というわけでもないのかもしれない。

 まあ、とにかく、倒せたのだからよしとしようか。


 ひとまず、ウォリアさんたちと合流しないとだな。

 しかし、視覚強化を使った範囲には見当たらない。


 まだ森の中だろうか。

 それとも、すでに避難を完了したのだろうか。

 ……避難してくれていればいいのだが。


 森を出たところで、俺の疑問は確信に変わる。

 いくつもの足跡がそこにあった。たぶん、人間のもので……数は八つ?


 ウォリアさんたちのもの以外にも足跡があったが、分析すればウォリアさんの足跡だとわかったので、それを追うように俺は街へと向かった。



 〇



 ギルド内は騒然としていた。


「ミスリルを、食べたラビットカンガルー、ですか……」


 受付が呟くようにそういっていた。

 ウォリアたちは全力疾走で街まで戻ってきたこともあり、すでにギルドに到着していた。

 彼らの報告を受けた受付、また受付を通してギルドの職員たちは全員がその状況を聞いていた。


「そんなわけあるかよ。そいつらが依頼失敗したのをごまかすために言っているんだろうぜ」


 近くの受付で納品をしていた冒険者がからかうようにそういった。

 ラシンとウォリアが表情を顰めたが、受付がきっぱりと言い放つ。


「……彼はすでに、ラビットカンガルーを必要数狩っています。わざわざ、そのような嘘をつく必要はありません」


 そう返された冒険者もまた、顔を顰めていた。


「……申し訳ありませんが、今すぐに冒険者を派遣させるわけにはいきません!」

「そんな! 仲間が、いるんです! もしかしたらまだ逃げ延びて――」

「……万が一、はありませんよ。ラビットカンガルーの脚力から逃げるなんて、不可能です」

「け、けど――!」

「落ち着いてください、ウォリアさん! ……いいですか。相手がミスリルラビットカンガルーともなれば、Aランクの冒険者を用意する必要があるんです! これは、この街だけの問題ではありません!」


 怒鳴るように受付が叫び、事の重大さを皆が理解した。

 そこらの下級の魔鉱石であれば、こんな話にはならない。

 だが、ミスリルともなれ話は別だ。


 ミスリルの力を得た魔物は、非常に強力なものになる。

 小さな村であればそれこそ壊滅するようなほどの力を得るものもいた。

 だからこそ、ギルド内は慌ただしかった。


 冒険者の中にはすでに街から避難するために馬車に乗り込んだ者もいた。

 時間が経過すれば、冒険者を通して街全体にこの情報が流れることになる。

 受付の一声を受け、ウォリアは唇を噛むことしかできなかった。


「クソ……ッ! たすけられて、お礼の一つも言えないのかよ……!」

「……」


 四人は皆、表情が暗かった。

 昇格依頼を達成したという喜びなど、彼らの仲にはなかった。

 ただただ、冒険者という職業の現実を突きつけられていた。


 受付も、普段であればそんな彼らのフォローをしていただろう。

 だが、ミスリルラビットカンガルーが出た以上、仕事が山のようにあった。

 四人はしばらくその場で立ち尽くしていた。


 そんな彼らの肩をとんと叩く人物がいた。


「あっ、よかったいましたね」


 レリウスがほっと息を吐いて彼らを見ていた。

 目を見開いていたウォリア。

 周りはレリウスをそもそも知らない人たちばかりなため、今もなおミスリルラビットカンガルーの恐怖に震えていた。

 

「皆さん、無事だったみたいでよかったです。心配しました」

「れ、れれれレリウスだよな!? 生きてるのか!?」

「……生きてたらまずかったですか?」

「いや、生きて――」

「レリウスざぁぁぁん!」


 言いかけたウォリアを吹き飛ばしながら、チユがレリウスに抱き着いた。

 突然の感触にレリウスは目を白黒させていた。


「良かったです! 生きていて! ほんどうに!」


 涙をこぼしながら、レリウスを押し倒すチユ。

 

「レリウスさんが助けてくれなかったら! 私たち、死んでいました! 本当に、本当にありがとうございました!」

「ああ……その。あのときだきしめてしまって、すみません。その……えーと、他意はないですからね?」

「そんなこと気にしてなんていませんよ!」

「そ、そうですか……よかったです」


 ほっとレリウスが息を吐いていると、戻ってきた受付が目を見開いた。


「れ、れレリウスさん!? ど、どうしてここに!?」

「……いや、まあその」

「ミスリルラビットカンガルーと戦ってたんですよね!? よ、良くご無事で!」

「まあ、その」

「それで、ミスリルラビットカンガルーはどうしたんですか!? まだ森にいますよね」

「一応、倒しました」

「はぁぁぁ!? ほ、本当ですか!?」

「はい。これ、素材になります」


 ミスリルを受付に渡すと、彼女はしばらくそれを眺めたあと、声をあげた。


「ほ、本物のミスリル、みたいですね……っ」


 受付がそういうと、全員が一斉にレリウスを見て声をあげるのだった。



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