第58話



「レリウス先輩。……なんか先輩に用事があるっていう人がいますよ」

「俺にですか? 誰ですか?」

「女です」

「……名前は?」

「女でした」


 リスティナさんのジトーっとした目を受ける。

 またこれはからかわれるんだろうな。


 ちょうど、仕事もそれほど忙しくない時間だ。義父さんに確認をしてから、俺は受付のほうに向かった。

 俺に用事がある人といえば、クルアさんかリニアルさんくらいだろう。

 受付に行くと、見慣れた修道服の女性――リニアルさんがいた。


 こちらに気づいた彼女はよっと、軽い調子で片手をあげた。


「久しぶり」

「お久しぶりです」

「司教が会える日が決まったから伝えに来た。四日後でいいんだよね?」


 事前にリニアルさんには、休みの日を確認されていた。

 

「はい。その日で大丈夫です」

「わかった。それじゃあ、そう伝えておく。その日は教会入り口で待ってるから。何時頃来る?」

「……そう、ですね。十時くらいで大丈夫ですか?」

「大丈夫。それじゃあ、またその日にね」

「はい。お願いします」


 リニアルさんはそれだけを言い残し、片手をあげて去っていった。

 司教と会える、か。

 これで、少しは鍛冶師についての謎も解けるのだろうか?


 そんなことを考えながら食堂に向かうと、リスティナさんが未だにこちらを見ていた。

 普段のからかうような調子ではない。


「なんですか? そんなに俺とリニアルさんが気になるんですか?」

「なっ!? い、いえそうじゃないです! なに変なこと言ってんですか!」


 少し気になった俺がリスティナさんに声をかけると、彼女は慌てた様子で首を振る。

 ……どういう反応だ。

 ただ普通に聞いただけなのに。

 

 俺がいぶかしんでいると、彼女は頬を僅かに染めながらこちらを見てきた。


「……さっきの人とどういう関係なんですか?」


 なぜか少し真剣な表情だった。

 からかうために聞いてきた、ってわけではないようだ。


「以前、地下水道の仕事をするといいましたよね?」

「あー、ネズミ狩りでしたっけ?」

「それです。その時に一緒に仕事をした人です」

「……仕事仲間ってことですか?」

「まあ、そうですね。リスティナさんと似たようなものですよ」

「そうですか……」


 リスティナさんが軽く息を吐いた。

 表情から少し力が抜け、口元が緩められた。


「それならよかったですっ。てっきり先輩に彼女がいたのかと思ったんですよ!」

「いませんよ、今は」

「そうですよね! いやー先輩に先を越されてしまったのかと焦りましたよー!」

「あー、それでそんな真面目な顔してたんですね」

「そうですよ!」


 その時、食堂で仕事をしていた義母さんがくすりと笑ってこちらを見てきた。


「もう二人とも相変わらず仲いいわね」

「な、仲良くないですよ……っ!」


 慌てた様子でリスティナさんが声をあげる。

 その時、ちょうど客が入り、席に座る。

 リスティナさんは少し頬を染めながら、そちらへと向かった。



 〇



 リニアルさんとの約束の日となった。

 俺はリニアルさんに剣を渡すために、今抱えて持ってきていた。

 待ち合わせ場所である教会入口に行くと、リニアルさんがすでにそこにいた。


「おはよう」

「おはようございます」

「裏から入るから、ついてきて」


 リニアルさんが歩き出し、その背中を追う。

 剣はいつ渡そうか。

 今渡しても荷物になってしまうだろうか。


 司教と話したあとのほうがいいだろうか。

 そんなことを考えながら、教会の裏口から入る。

 教会の裏側……普段それほど見るような場所ではない。


 いくつもの墓標がそこには並んでいる。ちょうど、シスターの一人がそれに手入れをしていた。


「あら、リニアル。……男連れ?」


 おっとりとした声とともにからかうように女性が言ってきた。


「違う。司教の命令で連れてきたの」

「あら、そうなのね。それと、司教じゃなくて司教様よ?」

「わかってる。司教の前に立った時はちゃんとするから」

「もう、気を付けてね?」

「りょーかーい」


 俺も軽くお辞儀をしてから、女性の前を歩き去る。

 教会が見えてきた。少し離れた場所には、小さな小屋のようなものがあった。

 「あれは、シスターや騎士が泊まる宿舎だから」、とリニアルさんが教えてくれた。


 俺がじっと見ていたからだろう。

 主に利用するのは、騎士だそうだ。あそこに泊まり、夜の番を務めるとか。


 庭を歩いていると、途中休憩するための場所か、いくつかのベンチもあったが、たまたまか誰も座っているということはなかった。

 壁に埋め込まれるように作られたドアから、中へと入る。

 

 ちらと左を見ると、祭壇が見えた。

 決して多くはないが、人の姿も見えた。


「今日用事があるのはこっちだから」


 連れていかれたのは右手側だ。

 細い通路があり、いくつかの部屋があった。

 その一番奥――そこに向かっていく。

 

 司教の部屋だろうか。他の扉よりも少しばかり豪華なものだった。

 リニアルさんが足を止めたあと、その扉をノックする。

 まもなく、返事があり扉が開いた。


 姿を見せたのはシスターだったが、ドアの隙間から初老の男性も見えた。

 扉から中に入り、シスターが入れ替わるように廊下へと出た。


「ようこそ、よく来てくれましたレリウスさん」

「……初めまして。すみません、俺のわがままを聞いてもらいまして」

「いえ、気にしないでください。今、シスターに飲み物を用意させますから少しお待ちください」

「そんな、大丈夫ですから」

「いえいえ。こちらも話しておきたいことがありましたので」


 にこっと柔らかく微笑む司教。

 温厚そうな人だなぁ、とか考えつつ、ソファに腰掛ける。


「レリウスさん。今日はここに、鍛冶師について、聞きに来たんですよね?」

「……ええ、そうですね。鍛冶師が不遇な扱いを受けていて、けどそれを司教様が止めてくれたと聞きました。何か、理由があるのかなと思いまして」

「……そうですね。私も決して多くのことを知っているわけではありませんが、可能な範囲でお伝えしましょう」


 扉が開き、シスターが飲み物を持ってきてくれた。

 俺はそれに口をつけながら、司教の言葉に耳を傾けた。


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