第53話
「バア、あの装備はいいの?」
リニアルさんもさすがに目利きできない様子だった。
バアが埃を払いながら、こくりと頷いた。
「かなりのもんだよ。少なくとも、この街の職人共には作れないだろう防具だね」
リニアルさんの視線がこちらに向いた。
その両目は見開かれていた。
「……凄い、レリウス」
俺が凄いというよりは、この職業のおかげという部分がかなりを占めていたが、それについては秘密にしておいたほうがいい。
スキルについて知る術がないのがこの世界の常識だ。
それを覆すような能力は持っているだけで危険だろう。
「それ、着てみるかい?」
「……はい」
バアから手渡された防具を俺は身に着ける。
中に仕込むタイプの服だ。
初め、少しきついのではないかと思っていたが、身に着けてみるとぴしっと体に張り付くように着ることができた。
何より、体を動かしても窮屈さがない。
本来、防具というものは多少なりとも動きを阻害してしまうものだ。
それをまったく感じさせないこの防具に、俺は驚くしかなかった。
「凄い動きやすいですね」
「そりゃあそうだ。ゴムドラゴンと呼ばれる竜の皮を使っていてね。よく伸縮するだろう?」
「……はい」
「驚くのはそれだけじゃあないよ。ゴムドラゴンという魔物の性質は知っているかい?」
「いえ、知りません」
「奴らの皮膚は攻撃を受け流す力を持っているんだ。そいつを使って攻撃を軽減するんだよ。特に強いのは斬撃系の攻撃だね。だから、おまえさんのその服も生半可な爪や刃は通さないはずだよ」
それはいいな。
魔物によっては武器を持っているのもいる。
特に人型のゴブリンなどは、得物を見つけて身に着ける習性があるからな。
「それに、スライムの液体も少し混ぜているんだ。物理攻撃への耐性は完璧だよ。おまえさん、ナイフ持っているんだろう? 試してみるといい」
バアは俺の腰に刺さっていたナイフをちらと見てきた。
こくりと頷き、ナイフを手に持つ。
俺は腹の部分をめくり、服を伸ばす。
それから、ナイフを押し当てた。
ナイフを押し込むことはできたが、斬ることはできない。
これがゴムドラゴンの素材の力か。
今の俺が持つ武器では、これに傷をつけるのは難しいようだ。
もっと切れ味をあげる必要がある。少し悔しい思いもあった。
「どうだい?」
「とても頑丈ですね」
もちろん、ナイフが当たった、という痛みはあるが、斬られたというものではない。
状況にもよるだろうが、ナイフが突き刺さるよりもずっといいと思われた。
「お金は用意できているのかい?」
「はい。それと、他にも装備品がいくつか気になるので見てもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
俺はそれから、店内を見ていく。
スキルは結構ついていたが、似たようなものが多い。
これは、作成者が同じだからだろうか?
店にあるスキルでまだ俺が所持していないのは、ダメージ増加、ダメージ軽減、ポーション範囲拡大、敏捷強化、ヒールアタックだ。
この店の装備品が優秀なのは、身体強化、体力強化、敏捷強化のスキルがついた装備品が数多くあるからだろう。
それぞれ、Sランクになっている装備品を購入しておいた。
「そんなに持ってたって意味ないんじゃないかい?」
「ええ、まあ。そうですけど……俺も『職人』のようになれればと思いまして」
「まあ、良い出来のものを参考にするってのは大事だね」
バアがそういうと、リニアルさんが口元を緩める。
「それ自分でいうんだ?」
「当たりまえだよ。自分の価値、実力を正しく理解できないってのは馬鹿なんだよ」
……ちょっと心に刺さる言葉だな。
俺ももっと色々知らないとダメだな。
バアの目がこちらを向く。
「『職人』を目指すなら、素材を集めて自分で組み合わせて色々と作ってみるのがいいんだ。もちろん、失敗も何度もするだろうけどね」
「……わかりました」
「それじゃあ、こんなところだね」
バアには色々とお世話になった。
俺が一礼をしたところで、リニアルさんもひらひらと手を振った。
「それじゃあ、また今度ね」
「リニアルには期待していないけど、今回で見直したよ。またいい客つれてきな!」
バアがからかうようにそういうと、リニアルさんはべーと舌を出した。
店を出て、元の道に戻る。
「リニアルさんとバアは仲良いですね」
「まあ、それなりにはね。それより、レリウスが入口の防具に興味持たなくてよかった」
「入口の防具?」
確か、青色の頑丈そうな鎧だったはずだ。
あれは見た目は一番かっこよかったが、ついていたスキルはどれもマイナスのものばかりだった。
「そう。あの鎧は馬鹿な客を騙すためって置いてあるものだから。一番目立ってたでしょ?」
「……なるほど。そういう意味があったんですね」
「うん。レリウスは一度家に戻る? その荷物置いてきたいでしょ?」
「そうですね……でも、大丈夫ですか? 一応今は仕事中ですが」
「大丈夫大丈夫。本当はまだまだかかる予定の仕事だけど、レリウスのおかげで明日までには終わりそうだから」
それならいいのだが。
「それじゃあ、一度戻ります」
「うん。私も管理局の部屋で休んでるから、そこで合流ってことで」
「わかりました」
リニアルさんと別れた後、俺は宿に一度戻る。
部屋ですべての装備品を解体してから、もう一度管理局に戻る。
「リニアルさん、お待たせしました」
「……ん」
リニアルさんは眠っていた。
俺が声をかけると、彼女は軽く伸びをしてから立ち上がった。
「新しい罠も用意してあります」
「準備が良い。それじゃあ、地下水道に向かおうか」
「はい。お願いします」
リニアルさんとともに地下水道へと入る。
武器と違って防具は戦闘で試してみる、ということはまずない。
防具を試すとしたら、実戦ではない。せめて訓練などだ。
それでもちょっとくらい、攻撃をわざと食らってみたい気持ちもあるが、そもそもブラッドマウスはすべて毒で死んでいる。
試すのはまた今度だな。
新しく手に入ったスキルたちも使ってみたいしな。
装備品を整えれば、もしかしたらDランク迷宮にくらい挑戦できるかもしれない。
やりたいことを考えていると、ついついと口元が緩んでしまうな。
気を引き締めなおさないと。
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