第37話


「こうして先輩と一緒に出かけるのって初めてでしたよね」

「そうですね。というか、俺はあんまり他の仕事仲間と出かけたことないですし」

「え、そうなんですか? そういえばみんなで決起集会したときも、先輩来ませんでしたもんね」

「……え、そんなのあったんですか?」

「ありましたよ? そういえば、誘おうと思ったけど誘わなかったって話してましたね」


 いや誘ってよ。


「もしかして俺ハブられているんですか?」


 泣きそうだ。


「そんなことないと思いますけど。みんないい先輩だって話してましたし」


 本当だろうか。

 ただの慰めな気がしないでもなかったが、今は信じる他ない。

 しばらく並んで歩いていたが、どうにもリスティナさんは目的もなくぶらぶらと歩いているような気がした。


「そういえば、どこに用事があるんですか? 早く向かいませんか?」

「……ていうか、先輩。一ついいですか?」

「……なんですか」

「どうして、レリウス先輩はいつもみんなに敬語で話すんですか?」


 じーっとこちらを見てくるリスティナさん。


「もうこれが癖になっているので。身内以外には基本これですよ」


 むしろ、このほうが気楽だしな。

 だいたい丁寧語で話していれば、仕事とプライベートの切り替えに戸惑うことがない。

 例えば、仕事中に気楽に話している途中でお客さんが来たときとかに、自然に話ができる。


 というか、慣れないうちはそれで散々失敗したので、今ではこうやって話すようにした。

 

「なんていうか、距離を取られているように感じちゃうんですよね」

「バレましたか?」


 俺がそういうと、リスティナさんがじとーっと見てくる。


「あっ、やっぱり取ってたんですか?」

「冗談ですよ」


 別に距離を取っているつもりはない。

 まあ、けど。最近若い女性ばかりを雇っているのもあって、一定の線引きをしているのもまた事実だ。


 だから、こうして一緒に出かけること自体、珍しいことだった。


「もう。レリウス先輩はこんなに可愛い後輩がいるのに、手を出そうとか思わないんですか?」

「それ普通に問題じゃないですか。義父さんと義母さんにぶん殴られます」

「意気地なしですね」

「なんですかリスティナさん。手を出されたいんですか?」

「出してきたらすぐにご両親に報告させていだきますね」


 にこっと微笑むリスティナさん。

 もうこのやり取りにも慣れたものだ。

 

「それで、リスティナさん。どちらに用事があるんですか?」

「衣服を買おうと思っていたんです。あっちですね」

「……了解しました」


 リスティナさんが指差した方に歩きだすと、左腕がぎゅっと掴まれた。

 

「り、リスティナさん!?」


 なんで腕を組んでいるんだ!?


「一応、デートですよ? 付き合ってもらっているんですから、少しくらいいい思いをさせてあげますよ?」


 俺はその柔らかな感触に思わず鼻の下が伸びてしまいそうになるのを、必死にこらえる。

 そうしていると、リスティナさんがケラケラと笑い出した。


「もう、先輩反応が子どもすぎー!」

「あんまり、先輩をからかわないでくれますか!?」


 俺が声を荒らげると、リスティナさんはさらに楽しそうに笑った。

 ……まったく。

 俺がリスティナさんの腕を払おうとするが、リスティナさんは離れない。


「もういいでしょう?」

「い、いえ……その……もうちょっとお願いします」


 途端、リスティナさんの表情が少し険しくなった。

 ……なんだ? さっきまでのからかっていた和やかな空気などどこにもない。


「どうしたんですか?」

「……いえ、その。以前外で声をかけてきた冒険者がいたので……す、すみません」


 急に弱そうな顔を見せてくるリスティナさん。

 ……はぁ、そういう顔ずるいなぁ。

 俺は彼女を守るように、少しだけ距離を詰めた。


「離れないようにしてください。近くにいる限りは守りますからね」

「……レリウス先輩」

「行きましょうか」

「す、すみません。お願いします……」


 こくり、とリスティナさんが頷いて、俺の腕をぎゅっと握ってきた。


 

 ○



「レリウス先輩、ここです私が来たかった店は!」


 そういってリスティナさんと共に店へと入る。

 

「な!?」


 外から中が見えないような作りになっていた店だ。

 俺が今までに一度も足を運んだことのないここは――下着ショップだった。


 それも女性物専門店という中々に珍しいお店だろう。

 並んでいる女性物の下着を見て、顔が熱くなる。なんてところに連れてきたんだ、この後輩は!

 

 そう思って睨みつけると、リスティナさんはたいそう嬉しそうな表情を浮かべていた。


「レリウス先輩、付き合ってくださいね?」

「……わかりましたよ」


 ぶすっとした声で言って、リスティナさんとともに店内を歩く。

 それほど広くはない店だ。

 並んでいる下着を見て、リスティナが掴んでいく。


「これとかどうですか?」

「……いや、なんで俺に感想を求めるんですか」

「だって、彼氏に聞くのは当然じゃないですか?」


 ……仮の、だろうが。

 俺は羞恥で熱くなる頬を冷ますように息を吐いてから、彼女が手に持った二つの下着をじっと見る。

 作成可能とかどうでもいいから。今は発動しなくていいから。


 そう思っていたときだった。

 俺は視界の隅にうつった下着に思わず目を奪われる。


 め、めちゃくちゃエッチな下着だ……! じゃない!

 俺が注目したのは、その下着についているスキルだった。


 ウェポンブレイクSランク。

 黒色のまるで線のような下着に、そのスキルが付与されていた。


 盲点だった。

 だが、よく考えればおかしくはない。

 今俺が身につけている衣服にも、俺はスキルを付与してある。


 俺が着ているシャツは0/50しかないので、Sランクスキルは一つしかつけられない。

 だが、つけられる。


 下着だってそうだ。

 俺が着る服はすべて、Sランクスキルは無理でも何かしらの強化スキルが付与されている。


 ただ、今までスキルを探すとき、注目していたのはアクセサリーや武器くらいだった。


 本当に探すのだったら、私服だって候補に入っているんだ。

 ……これからは探さないとな。


 ここでスキルを発見できたのはリスティナさんのおかげだ。

 ウェポンブレイク……一体どのような効果なのだろうか。

 実際に、試してみたい所だ。


 だが、だが――。

 俺があの下着を購入するのは……まずいよな。

 ここが二度とこない街ならいいが、今後も過ごしていく街なんだ。


 ……後で変装してから来るか?

 それか、ここでリスティナさんに買わせるか……。


 リスティナさんに買わせて、隙を見てスキルだけ回収する。

 そのほうがまだ、いいんじゃないか?


「せ、先輩? なんでそんな真剣に下着見てるんですか? ちょっと引くんですけど……」

「体を守る大事な衣服ですよ? そんな適当に選ぶわけには行きませんから」


 それっぽいことを言ってごまかしておく。


「だからってそんな気迫で臨まなくても……」


 臨むに決まっているだろう。

 俺はリスティナさんにこのエッチな黒下着を買ってもらいたいのだ。


 いやこれだと大変語弊があるな。

 まあ、いい。

 どのようにして買ってもらうか。


 俺の話術の見せ所だ。

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