第38話
さて……。
俺はリスティナさんが持っていた下着をちらと見た後、別の下着に視線を向ける。
まずは、別の下着に興味を移してもらうところからだろう。
「その二つが、気に入ったんですか?」
「それなりには。なんですか先輩? 何かお気に入りのものでも見つかったんですか?」
「そう、ですね」
そのまま伝えたら、普通にセクハラになるのではないだろうか?
いや、でも……ここであの下着を手に入れておきたいという気持ちもあった。
「教えてください先輩。もしかしたら、履いてあげるかもしれませんよ?」
「……気に入ったのはそちらの下着ですね」
俺がちらと視線を向ける。棚に並んでいたその細い線のような黒色の下着を見たリスティナさんが、目を見開いてこちらを見てきた。
顔がぼんっと赤くなる。
「な、何を勧めているんですか!?」
「いえ、気に入ったもの、と言われたので」
「き、気に入ったからってですね……っ! こんなものを勧める人がいますか!」
俺だって恥ずかしかったが、ここはスキルのために我慢する。
「今、リスティナさんって付き合っている人っているんですか?」
「え!? い、いな――……い、いますよ!? いますけど、なんですか!?」
なんでそんな全力で肯定するのだろうか。
まるでいないかのような反応だったが、リスティナさんはモテそうだしそんなことはないだろう。
いるのなら、その人とデートすればいいんじゃないか? とも思ったが、何かと事情があるのかもしれない。
例えば相手が騎士だったら、遠征で街から離れているとかも考えられる。
冒険者とかでも、長旅で一週間から一か月程度、街を空けることもあるものだ。
「ほら、この下着を履けば、その人の心を射止めることができると思いますよ?」
「べ、別にそんな道具に頼らなくても私の魅力で十分です!」
顔を真っ赤に、彼女が叫ぶ。
リスティナさんをこれほど追い詰めたのは珍しい。
普段は俺が追い詰められる側だからな……。
……案外人をからかうのは得意でも、やられるのは苦手なのかもしれない。
俺も似たようなところがある。今がまさにその状況だ。
「ですが、やはり形から入るという言葉もありますよね?」
「……まあ、それは分からないでもないですが」
「これから誘惑します、という格好の方がやはり効果も上がると思いませんか? 雰囲気って大事ですよ?」
「別に大丈夫です!」
リスティナさんはぷいっと顔をそっぽに向ける。
耳まで真っ赤になっているが、怒ってしまっただろうか。
「……買いませんか?」
「買いませんよ! レリウス先輩のエッチ!」
リスティナさんが舌をべーっと出して、最初に自分で選んでいた下着を掴んで店員のほうに向かった。
値段の交渉をしている彼女の後姿を眺めながら、俺はちらと黒下着を見る。
……仕方ない。
あとで買いに来るしかないか。
〇
下着ショップを出たところで、リスティナさんがぶすっとした顔でこちらを見てきた。
「先輩のくせに……私を散々からかって……」
ぶつぶつと文句をいっている。
……いや、別にそういうつもりはなかった。
俺はわりと本気であの下着を勧めていたんだからな?
もしも買ってくれたら、ウェポンブレイクの代わりに身体強化Sランクのおまけもつけようと思っていたんだからな?
「いやぁ、よかったです。誰かとじゃないと、こういう店に入るのも不安でしたから」
「……まあ、そうですよね。ストーカーがどこにいるかわかったものじゃないですもんね」
「……はい」
しゅんと、それまでの明るい調子を潜め、口を閉ざしてしまうリスティナさん。
しまったな。
もう少し、デリカシーのある言い方をするべきだった。
「リスティナさん、他による場所はありますか?」
「……とりあえず、大丈夫です。レリウス先輩も、用事があったんですよね?」
「気にしないでください。俺の用事はいつでもできますから。けど、リスティナさんはいつも自由に動けるわけじゃないんですから」
「……ありがとうございます。けど、大丈夫ですっ」
にこっとリスティナさんが微笑んだ。
それならいいんだが。
「それじゃあ、宿に戻りましょうか?」
俺がいうと、リスティナが大きく頷いた。
「そうですね!」
それから俺たちは宿に帰るために道を歩いていく。
そんな俺たちの前を、一人の男が塞いだ。
「り、リスティナさん! な、なんでそんな男と親しそうに歩いているんだ!」
声を荒げ、こちらを指さし睨みつけてきた男。
冒険者だろうか? 年齢は俺たちよりもずいぶんと上だ。
小太りの男は、唾をまき散らすように声をあげ、俺たちへと近づいてくる。
リスティナさんの表情が青ざめていくのを見て、ストーカー、あるいはそれに近い男なんだと思った。
だから、俺が彼とリスティナさんの間に割って入った。
「なんですか、あなたは?」
「お、おまえこそなんだ!」
鼻息を荒くする男。
「俺は……」
リスティナさんの仕事仲間、というのでは少しインパクトが弱い気がした。
さっき、彼氏がいると言っていたので……その人に迷惑をかけてしまうかもしれないが、あとできちんと事情を説明すれば問題ないだろう。
「リスティナさんとお付き合いしているレリウスと言います。あなたは?」
……このくらい言っておけば、相手も諦めるのではないだろうか?
驚いたようなリスティナさんの目と一瞬合うが、すぐに意図を理解してくれたようだった。
「ぼ、僕は彼女と、彼女と付き合っているガガイールだ!」
「……そうなんですか、リスティナさん?」
リスティナさんの口から直接言わせるために、俺が彼女に確認をとる。
「ち、違いますよ! 付き合ってなんていません!」
リスティナさんは心底気持ち悪そうな顔をガガイールに向ける。
ガガイールはぶんぶんと首を振る。
「ぼ、僕は付き合っている! キミが丁寧にあいさつしてくれたじゃないか! それに、僕はキミの……キミに毎日会いに行っているんだぞ!」
「仕事だから、ですよ! あなただけじゃなくて、他の人にも同じ対応をしていますよ!」
「う、浮気だ……っ! ゆ、許さない……許さないぞ!」
ガガイールが声をあらげ、腰に下げていた剣を取り出す。
神器、アイゾウブレイド、か。
攻撃系のスキルはないが、身体強化、体力強化とよく知るスキルがSランクでついていた。
当たり、というほどではないが十分な神器なのではないだろうか。
剣を取り出した彼に、リスティナさんがいよいよ顔を青ざめ、後退する。
ガガイールは、優越感からか口元を緩め、そして俺のほうに剣を向けてきた。
「ひ、ひひっ! その男に騙されているんだね、リスティナさんは! なら、僕が助けてあげるよ!」
ガガイールが武器を取り出したところで、周囲がざわめきだした。
ガガイールが剣を振りぬいてくる。
ただ……見切れる速度だ。
俺がかわすと、ガガイールはいらだった様子でさらに振ってくる。
「リスティナさん! 騎士を呼んできてください!」
「で、でも……先輩……っ!」
「俺は大丈夫ですから、早く!」
こういう状況では、『誰か』に頼るのではなく、指名したほうがいい。
まあ今回でいえば、俺はリスティナさんを逃がすという意味もあった。
リスティナさんは泣きそうな顔で走り出す。
そちらを見たガガイールだが、追いかけることはなかった。
「ひひひ、おまえ、よく見たら……あの宿で仕事をしている男だな?」
「そうですが、それが何ですか?」
「その立場を利用して、無理やりリスティナさんを従わせているんだな!?」
「健全なお付き合いをしていますが……」
脳裏にエッチな下着を勧めたのが浮かんだ。
「まずは、リスティナさんと僕の間を邪魔したお前を殺す……っ!」
「できるんですか?」
「ぼ、僕はCランク冒険者だ! おまえのような奴、ひねりつぶせるんだよ!!」
ガガイールが剣を振りぬいてきたので、かわす。
俺は時間稼ぎをすればいい。その間に、リスティナさんが騎士を呼んできてくれるだろう。
かわしてガガイールの背後をとった俺は、その背中をとんと叩く。
よろめいたガガイールが顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる。
そして再び動き出した彼は――
「あ、あれ!?」
動きが遅くなっていた。
当たり前だ。俺が、彼の服に筋力減少のスキルを付与したんだからな。
彼はまるで予想もしていなかったのだろう。
子どものようなデタラメな剣だった。……脳と体の感覚が大きくズレたからだろう。
まだガガイールはスキルが付与されたことには気づいていないようだ。
そうすぐに気づけるようなものではないだろう。
「どうしたんですか? 攻撃が随分と雑ですね」
ガガイールが驚いたようにこちらを見てきた。
その顔面に蹴りを放った。
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