第35話
メアさんが出発してから一週間が経った。
初めこそ、皆寂しそうにしていたが、日々の忙しさに、それも薄れていく。
いずれメアさんが抜けることはわかっていたため、シフトが減らされていたこともあって、仕事に大きな問題はなかった。
休日。
俺はいくつかの店を見て回っていた。
いつものようにスキルを探していたのもあったが、それとは別に現在の市場について調べていた。
何が品薄で、何が過多になっているか。
まあ、どうせこの後、クルアさんに相談するつもりではあったが。
今日はクルアさんと会う約束もしていた。
契約したときは、ここまで頻繁に会う予定はなかったが、今では週一程度は会っていた。
市場をあらかた見終えた俺は、クルアさんと会う予定の店へと向かった。
店の出入り口付近に、クルアさんがいた。
前髪を気にするように弄っていて、こちらには気づいていないようだった。
近づいていくと、彼女と目が合う。
クルアさんはすっと背筋を伸ばし、微笑んだ。
「レリウスさん、わざわざありがとうございます」
「そんなかしこまらないでくださいよ」
「そういうわけにはいきません。店の予約はしてありますので、どうぞ」
クルアさんとの会話はだいたいいつもこれから始まる。
彼女とともに店に入る。
この店は以前クルアさんが盛大に酔っぱらった店だ。
だからか、少し表情がひきつっているようにも見えた。
「今日は、お酒は飲みますか?」
「え、えーと……の、飲みませんよ」
クルアさんが頬を僅かに膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
……可愛い表情だ。
思わずからかいたくなってしまうな。
もしかしたら、リスティナさんもそんな気持ちなんだろうか?
生意気な後輩が脳内に浮かぶ。
いや、あいつはただただ俺をからかって遊びたいだけだろう。
「どうされたんですか?」
「ああ、いえ。宿に新しく入ったバイトの話なんですが、どうにも生意気な奴なんですよ」
「そうなんですか?」
「はい。いつもいつも人をからかってくるんです。それでいて、仕事はきちっとしているもんだから何も言えないんですよ」
「そうですか。あっ、でもレリウスさんをからかってみたい気持ちはわからないでもないですね」
「……え。クルアさんもそういう性格あるんですか?」
……クルアさんにからかわれるくらいなら、いいかもしれない。
だって、彼女が優しい子というのは知っているからな。
リスティナさんは優しくない。
「まあ、半分は冗談ですかね」
つまり残り半分は冗談ではない、というわけだ。
クルアさんなら、別に構わない。むしろからかってくれてもいいぞ、という気持ちもあったが、それは押しとどめておいた。
「それで、今日はどのような用事があったんですか?」
「え? ……えーと、そうですねぇ」
ぽりぽりとクルアさんが頬をかいていた。
俺はクルアさんの商人知識に負けないよう、これまでの時間で情報を集めてきた。
職人とはいえ、俺だって売り手に近いのだ。
市場の状況を確認し、新たに納品するべき商品があると思えば、こちらから声をかけていく必要もあるだろう。
「今、この街では状態異常回復ポーションが少ないようですね? その納品でしょうか?」
「うえ!? あ、あぁ……確かにそうですね。今現在、中々供給ができず、Dランク迷宮の攻略が滞ってしまっていますね」
「……な、なるほど、そうだったんですね」
迷宮攻略が難航している、という話もあったが、そういった部分で繋がってくるのか。
これはまだ近い繋がりであり、想像しようと思えばできるだろう。
だが、一見まったく関係ないと思える理由で、物が減っていることもあるだろう。
やはり、商人というのは難しいな。
俺が深く考えていたときだった。クルアさんがすっと頭を下げてきた。
「す、すみませんでした……っ」
「どうしたんですか?」
「そ、そのですね――」
クルアさんは顔を真っ赤にして、うつむいていた。
どうしたのだろう?
「……以前、レリウスさん言ってくれたじゃないですか。友達と一緒に食事に行くような気分で、と」
「はい」
「……私も、レリウスさんにもう少し歩み寄りたいなぁ、と思いまして。も、申し訳ありませんでした! 特に商売の話をするために来たんじゃないんです!」
……そ、そうだったのか。
クルアさんは真面目な人だから、てっきりそうなのだと思っていた。
申し訳なさそうに体をぷるぷる震えさせている彼女に、俺は首を振った。
「そういってもらえて助かりました」
「……え? そ、そうなんですか?」
「はい。自分もクルアさんに合わせて勉強しないと! と思って、付け焼刃の知識しか持っていなかったので。あれ以上突っ込まれたら大変でしたから」
ちょうど、グラスが運ばれてきた。
クルアさんのほうにはジュースが、俺のほうにアルコールが入ったグラスだ。
お互いに掴んだところで、グラスを近づける。
「そ、それじゃあ、今日は気兼ねなく話しましょうか」
「……はい!」
クルアさんがそういってグラスに口をつける。
俺もまた、グラスをあおるように飲んだ。
今日の俺はアルコールだ。なんとなく、気分で飲みたかったのだ。
ちらと、クルアさんを見ると、彼女はひくっと体が揺れる。
……あれ?
俺はクルアさんをちらと見ると、彼女はすでに顔が真っ赤だった。
「あ、あれ。それ、お酒……ですか?」
「レぇリウスさぁん……っ」
クルアさんは妙に間延びした声とともに、立ち上がる。
そうして、俺の隣に座った。
ち、近い。彼女の胸が左腕に当たり、ぎゅっと抱きしめられる。
なんという柔らかさだ。
俺まで頭の中が溶けそうになる。しかし、ここは俺がしっかりと理性を保たなければならない。
そうでないと、宿まで彼女を運べないだろう。
俺は思わずクルアさんの胸に伸びそうになる手に、必死に命令を送り、彼女の手をそっと外すように握る。
「ど、どうしたんですかクルアさん?」
「聞いてください! この前、店の手伝いをしていたときなんですけど……っ!」
それから、クルアさんは愚痴を爆発させた。
「もう少しで尻触られるところでしたぁ! なんなんですかあの変態男は!」
いまいち、話の繋がりはない。
たった一口でここまで出来上がるとは思わなかった。
予想するに、接客していたときにセクハラされそうになったといったところか?
「……なるほど。まあ、クルアさん魅力ありますし仕方ないですよ」
「魅力ありますかレリウスさん!?」
「は、はい……」
「どこにですか!?」
えぇ……。
「綺麗で、可愛らしいところですか?」
このくらいなら別に口にできる。
頼む、終わってくれ!
「へぇ、それだけですかぁ?」
彼女は真っ赤な顔で、からかうようにこちらに体を寄せてくる。
それだけじゃないです。一番魅力的なのは、胸やお尻だと思います。
少し幼さの残る顔で、体はわがままボディだ。
そんな彼女に魅力を感じないわけがなかった。
「他にも、あるんじゃないですかぁ?」
「えーとまあ……」
「どこですかどこですか!?」
さらに体を寄せてくる。
ふよんふよんと左腕を柔らかな感触が包む。
くっ、もってくれよ俺の理性……っ。
クルアさんは酔っぱらっているだけ。
クルアさんは商人として大事なパートナー。
何もしてはいけない。してはいけないぞ俺。
俺はクルアさんの肩を掴み、それから微笑んだ。
「仕事に前向きなところ、ですかね? 見ていると、元気がでますよ」
「そ、そうですかぁ?」
クルアさんの顔色がさらに赤くなり、俺からすっと離れた。
……良かった。これで納得してくれて。
俺はほっと一息をついたところで、クルアさんをじっと見る。
クルアさんはぼーっとした顔をしていた。
今にも眠ってしまいそうであった。
「クルアさん、今日はゆっくりしてください。宿は用意しておきますから」
「……は、はい。ありがとうございます」
クルアさんはこくんと子どものように頷いた。
なぜだろうか。
クルアさんは少しだけ申し訳なさそうな顔をして、さらにアルコールを飲んでいった。
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