閑話 勇者の日常


 リンが入学したのは、国内有数の職業、神器持ちたちが通う国立ユーバルサ学園だ。

 ユーバルサというのは、かつて魔界より押し寄せた大群の魔物たちを一人で払いのけたといわれる伝説の勇者の名前からとったものだった。


 王都からやや北東にあるそこは、ユーバルサ学園を中心に街が作られていった。

 街で暮らす人々も、学園の卒業生が多い。また、王都までの距離がほど近く、なおかつ王都に比べ物価が安いため、下級騎士の多くはこの街に家を持っていることが多い。

 

 そのため、王都に次いで国内で二番目に発達した街であった。

 治安の良さでいえば、王都以上ではと言われるほどの場所として有名だった。

 それは、ユーバルサ学園に通う子どもたちを守るという意味もあってのものだった。

 

 そんな学園に半ば無理やり気味に連れこられたリンはというと――。


「ほら、起きなさいよリン」


 ルームメイトに体を揺さぶられていた。

 リンを揺さぶる女性はベニーだ。ふわふわとした金髪を揺らすベニーは、リンに比べ幾分体は小柄だ。


 全体的に小さな見た目をしているが、リンと同い年であり勇者であった。


「いやー、起きたくないー」

「また、そんなこと言って。じゃあ、さっき届いたこの手紙は捨ててくるわね」


 荷物と一緒に届いた手紙を見せるようにベニーが揺らす。

 リンがばっと体を起こし、ベニーが手に持つ手紙へと飛びついた。

 勇者として鍛えた身体能力もあり、その動きは速い。

 

 ベニーも素早くそれをかわし、二人の鬼ごっこが始まった。

 やがて、リンがベニーから手紙を奪い返し、手にとる。

 手紙には『渡り鳥の宿屋』と書かれている。


「いいわね、そういう手紙くれる人がいるって」


 ベニーがじっとリンの手元に視線を送る。

 ベニーはもともと、スラム出身だったこともあり、知り合いはいなかった。

 たまたま神託の儀で勇者の職業を与えられたからこそ、ここにいることができた。


 もしも、結果が酷ければ今でもスラム暮らしは続いていただろう。

 ベニーの体が全体的に小さめなのは、そういった事情もあった。

 リンもそれを彼女から聞いていたから、曖昧な笑顔を返した。


「ベニーにはこれからたくさんできるよ。私だってもうそういう仲なんだしね」

「べ、別にそういうのが羨ましいからーとかじゃないからね」


 ベニーは慌てた様子で首を振った。

 リンはベニーから手紙に視線を移した。


 手紙はたくさんあり、中には赤い魔石のネックレスが入っていた。


「綺麗ね。プレゼント?」

「たぶん、そうかな?」


 リンは一つずつ目を通していく。

 目的の手紙以外はあとでゆっくり読もうと考えていたリンは手紙をめくっていく。

 その手紙を見つけたリンが口元を緩めた。


「なになに? 彼氏からの手紙?」

「だから、そんなんじゃないって! ただの幼馴染だよ!」

「ってことは片想いの相手ね?」

「違う!」


 リンは必死に否定していたが、ベニーはリンの顔を見てニヤニヤと口元を緩めていた。

 リンはベニーから逃げるように離れ、手紙に目を通していく。

 最近変わったことや、鍛冶師として生活できていることなどが書かれていた。


「……これ、レリウスが作ったんだ」

「え、誰が作ったって?」


 呟くようにいったリンの言葉に、ベニーが反応する。

 リンは慌てて口を閉じて、首を振った。


「なに、彼氏からのプレゼントだったの?」

「彼氏じゃないって! ていうか、聞いてたんなら意地悪な質問しないでよ!」

「名前までは聞き取れてないわよ。本当、楽しそうね」


 ベニーは口元を緩めた後、学園の制服へと着替える。

 赤魔石のネックレスをリンは首元に下げる。それから部屋にあった鏡を見て、心中で礼を伝えた。

 

 着替えを始めたベニーに倣うように、リンも制服に袖を通す。

 学園の制服は一流の『職人』が作ったものだ。


 そのため、どの制服も高性能なスキルが付与されていると考えられていた。

 どんなスキルが付与されているか、それを判定できる人間はこの世にはいないため、詳細な効果までは分からない。

 だが、一流と呼ばれる『職人』が作ったものには、良いスキルが付与されているものだ。


 自分にあったスキルが付与された制服を選べるのも、また才能ともいわれている。

 リンが制服に袖を通し、ネックレスを確認する。

 胸元で揺れるそのネックレスから、不思議と力が感じ取れた。

 

「あんた、あんまりだらしない表情するんじゃないわよ」

「し、してる?」

「ええ、かなりね。あたしたち、勇者でみんなの見本にならなくちゃなんだからね?」

「勇者はともかく、みんなの見本にまではなりたくないなー」


 戦いに多少慣れてきたリンだったが、『勇者』として一目置かれるのにはまだ慣れていなかった。


「けどね。大チャンスなのよ? あたしたちは勇者として振舞っているだけで特別支給はもらえるし、貴族の舞踏会には呼ばれるし! 玉の輿だって狙えるのよ! お金ガッポガポよ!」

「私はもっと普通でいいかなぁ……貴族とか、そういうのじゃなくてね」

「リンはもう彼氏がいるからいいけど、あたしは違うんだから!」

「い、いないよ!」

「とにかく、あたしは有名な貴族と結婚して、成り上がってみせるわ! あたしを捨てた両親に後悔させてやるんだから!」


 目に闘志を燃やすベニー。

 拳を固め、夢を語るベニーにほほえましさを感じたリンも口元を緩めていた。


「今日は迷宮の調査だよね」

「ええ、そうよ。まあ、あたしたちなら問題ないでしょ?」

「うん、そうだね。たまには、遠征の依頼とか受けたいよね」

「何、故郷が恋しくなっちゃったの?」

「うーん、ちょっとね」

「遠征、かぁ。確か、リンの故郷ってここから往復で一週間くらいかかるのよね? さすがに、そんなに離れた場所に依頼で行くってなかなかないと思うわよ?」

「だよね」


 依頼は基本的に近場で出される。

 遠くから人を呼ぶときは、よっぽど強力な魔物が出現しその付近の者では対応不可能と判断された場合に限る。


 そのような魔物が出た場合は、騎士団の出動になる。

 今期の『勇者』たちの成長は確かにずば抜けていたが、それでもまださすがに騎士団のほうが実力は上だからだ。


「とにかく、色々自由にできるようになるまではレベルを上げるわよ! それで、強くなれば貴族もアリのように寄ってたかってくるわ!」

「もう、ベニー。言い方が悪いよ……けど……レベル上げ、か。ベニーは今レベル10だっけ?」

「そうよ。確かリンは12だっけ? すぐに追いついてあげるわ」


 びしっと指を突き付けてベニーが微笑む。


「私も、負けないよ?」

「ええ。勝負ね。今日はどっちが多く魔物を狩れるか!」


 にこっと微笑んだベニーに、リンも笑顔を返す。

 リンは腰に差したエクスカリバーの柄を握りしめる。

 部屋の扉をあけ、勇者としての一日が始まった。


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