第34話


 戦闘が終わった俺たちは、脱出玉を使用して迷宮から出た。

 歩いて戻ることもできただろうが、戦いが終わった高揚感もあった。

 思いがけないミスをする可能性もあったため、俺たちは魔道具を使って脱出した。


「レリウス。まさか、毒耐性ポーションがあれほど優れているとは思わなかったぞ!」

「……そういえば、毒霧に飲まれてましたよね? まさか、ポーションの効果で大丈夫だったんですか?」

「ああ!」


 なるほどな。

 恐らくだが、ランクが関係しているのではないだろうか。

 市販されていた毒耐性ポーションでは、ポイズンスネークの毒を防ぐほどの効果はなかったのだろう。


 より高ランクのポーションだったから、毒を防ぐことができた。そんなところだろう。


「あのとき、脱出玉を使用することも頭をよぎったのだが、レリウスのおかげでこうして討伐できたよ」

「俺は毒を防いだだけですよ。討伐できたのは、あくまで攻撃していたメアさんのおかげです」

「いや、毒もあっただろう? まさか、それほどに強力な毒を使っていたとはな……」


 それも恐らく、毒攻撃がSランクだったから破ることができたのではないだろうか。

 相手の持つ毒耐性が、こちらの攻撃以下だったから、というわけだ。


「まあ、すべてうまく行ってよかったです」


 俺の言葉に、メアさんは口元を緩めた。

 それから、彼女は軽く伸びをした。


「私も吹っ切れてよかったよ。以前、この迷宮の攻略には失敗していてな」

「……ああ、それで妙に気合が入っていたんですね」


 こくりとうなずくメアさん。


「……私としては、装備を新調しての最初の挑戦だったんだ。あのときは……死にかけた」


 ……あの装備のまま迷宮に挑んだメアさんを想像して、ぞっとした。

 下手すれば、俺はメアさんとこうして出会えなかったかもしれないのだ。


「まあ、今日はレリウスという強力な仲間がいたから、完全に攻略できた、とまでは言えないが……それでも、自信はついたよ。ありがとう、レリウス」

「……俺はあくまで補助ですよ」


 今日の俺の動きは、それこそパーティーでの一役割しか担っていない。

 ポイズンスネークを主に削ったのは、他でもないメアさんだ。


 だから十分に誇ってもいいのに、メアさんは謙虚だった。


「ありがとうレリウス」

「……いえ。これから、頑張ってくださいね」

「……ああ」


 メアさんは拳を固め、微笑む。

 ……彼女とこうして一緒に過ごす時間は残り少ないだろう。


 寂しさはあったが、冒険者というのは本来そういうもの。

 またいつか、出会える日が来るまでに、俺ももっと成長していないとな。

 

 未来のメアさんに笑われてしまわれないように。



 〇



 それから二週間ほどが経ち、新しいバイトも落ち着いたところで、メアさんはバイトをやめることになった。

 

 両親は寂しそうにしていたが、それでもメアさんの夢を応援したいという気持ちは当然抱いているため、最後の日はいつも以上に笑顔だった。

 最後の日には、店を少し早めに閉め、簡素ながらも旅立ちを祝うようなパーティーを開いた。


 メアさんが現在一緒に組んでいるというパーティーの人も誘っての祝い。

 俺はメアさんの仲間に、「メアさんは目利きができないから気を付けて」と何度も何度も伝えておいた。

 浴びるように酒を飲んだ。

 おかげで、全員が食堂で眠りについてしまったので、仕方なく掃除や片づけを行っていく。


 ……まったく。

 明日も通常通りの業務があるというのに、大丈夫なんだろうか。


 良い大人なんだから、もう少し気をつけてほしいものだ。

 俺が部屋の掃除をしていると、赤い顔で戻ってきたリスティナさんと目があった。

 彼女は顔こそ赤いが、まだ意識はしっかりとしているようだ。


「あれ、レリウス先輩。酔いつぶれてないんですか?」

「はい……リスティナさんも大丈夫なら、後片付け手伝ってくれませんか?」

「えー、めんどくさいですよー。先輩がどうしても、っていうならやってあげないこともないですよ?」


 小動物のような可愛らしさがあるリスティナさんは、その大きな瞳をくりくりと動かした。

 ……まったく。

 メアさんの後に入ったうちのバイトだ。


 肩口で切りそろえられたふわふわの栗色の髪が俺の鼻先をくすぐる。

 仕事はできるが、少々生意気なところがある後輩だ。


「どうしても、お願いします」

「えー、仕方ないですねー。それじゃあ、先輩はこの人たちを運んでくれませんか?」


 俺が持っていた箒をとったリスティナさんがちらと酔いつぶれた人たちを見ていた。

 ……珍しく義母さんも飲みまくってたな。

 普段は暴走する義父さんを止める係なんだが。


 そういえば、リンが出発したときもこんな感じだったな。

 それだけ、メアさんを大事に思っていたのだろう。


 俺はふっと口元を緩めながら、一人ずつ運んでいく。

 明日の朝、全員叩き起こして体を洗わせないとだな。


 皆、一日仕事した後で、酒を飲んだのだ。臭くないわけがないだろう。

 いびきのうるさい義父さんを運び終えたところで、食堂に戻った。

 テキパキと掃除をしていたリスティナさんがあくびを片手で隠していた。


 俺ももってきた掃除道具を使って、彼女を手伝う。


「……二人きりですね、先輩」


 ドキリ、とすることを言ってくる。

 ただ、彼女はからかいたいだけなのをわかっている。

 それでもドキドキとしてしまうのだから、悲しいな俺の心……。


「それで何かあるんですか?」

「こうして、先輩と二人きりになったのって初めてだなって」


 てへ、と彼女は照れたように微笑む。

 ……俺が思わずその笑顔に見とれると、リスティナさんがうるうると瞳を揺らしながら近づいてきた。


「先輩、私今ちょっと酔っぱらっちゃって、体が熱いんです」

「あ、熱いのですか?」

「はい……だから、ちょっと冷ましてくれませんか?」


 そういって胸元をはだけさせるようにして、近づいてくる。

 ……メアさんやクルアさんのような大きさはないが、それでもしっかりと女性と意識させられるだけのものはあった。


 俺が思わず生唾を飲み込んだ瞬間、リスティナさんは目元を細めて笑った。


「あははっ、冗談ですよ先輩。真に受けないでください」


 ……別に真に受けてないし。

 この後輩は、本当生意気だ。


 おまけに聞いたところ、俺以外には真面目な態度をとっているらしい。

 どうやら、俺だけ舐められているようだ。


 まったく。まあ、別に俺一人の犠牲で彼女がここで楽しく仕事をしてくれるなら別に構わない。

 俺だって、別に、生意気な奴、と笑顔で流せるくらいだ。


 多少生意気でも、この程度の絡みは悪くない。

 相手が美少女だからというのはあるかもしれないが。

 

 ……メアさんがいなくなった以上、これからはリスティナさんも先輩として振舞う場面も出てくるだろう。

 もう少しだけ、自覚してもらえれば俺としては嬉しい限りだ。

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