第33話



 俺たちはまったく問題なく、階層を下っていった。

 そうして、到達したのは第十階層だ。

 九階層と十階層をつなぐ階段を下りながら、メアさんが取り出した紙を読み上げていく。


「この迷宮のボスは、ポイズンスネークという魔物だ」

「ポイズンスネーク、ですか」

「わかりやすく言えば、巨大な蛇だな」


 蛇、か。


「ということは毒攻撃とかも仕掛けてきますかね?」

「……だろうな。それに毒にも耐性を持っているらしい」


 となれば、今までのように毒にさせてからじわじわと削る、という攻撃は通用しない、か。 まあ、とりあえず試してみてもいいだろう。


「相手の毒に対しては、この毒耐性ポーションを事前に飲んでから挑むから問題ない」

「毒耐性ポーション……そんなものもあるんですか?」

「ああ。私が十本用意してある。これ一つで、おおよそ五分程度は効果がある。二人で二十五分は戦える計算だ」

「……」


 俺はじっと毒耐性ポーションに視線を向ける。

 ……作製可能、Fランクだそうだ。

 彼女がもってきたのはすべてFランクだ。


「どうしたんだレリウス?」

「……少し疑問に思ったのですが、ポーションごとに効果時間が違う場合ってあるんですか?」

「ああ、もちろん。ただ、すべておおよそ五分程度、ではあるな。安心しろ、私の目利きで選んだポーションだ。すべて良い効果のはずだっ」


 ……メアさん。

 そういえば彼女は、全身マイナス効果のついた装備に身を包んでいたんだ。

 

 彼女は目利きはダメなんだろう。いや、俺だって鍛冶師がなければメアさんと同等レベルだっただろう。

 将来、彼女が冒険者として有名になるためには、まず目利きができる人と組めるかどうかも関わってくるだろう。


「メアさん。このポーション、すべてFランクです」

「な……っ!? そんなまさか! ……そ、そういえばレリウスはランクも見えるんだったか?」

「はい……。たぶんですけど、メアさん。あんまり目利きは得意じゃないと思います」


 彼女の将来を思って、俺は心を鬼にして伝える。

 しょぼーんとメアさんは耳と尻尾をだらりと下げた。


「今後、自分で買うときは、悪いと思ったものを買うのがいいかもしれませんね」

「……そ、そんなぁ」

「それか、目利きができる仲間を見つけてください」

「……わかったぁ」


 元気なくメアさんが言った。

 とりあえず俺はメアさんからポーションを受け取り、ハンマーで破壊する。

 それから、魔力を消費してポーションを作り出す。


 まずはAランクだ。だいたい、BからSランク相当のものが出来上がっていく。


「そういえばレリウスはポーションも作れるんだったか! 作り直してくれたのか!?」

「はい。これなら、すべて五分は最低でも持つと思いますね。すべてランクはBランク以上ですから」

「本当か! さすがだなレリウス! ……す、すまないな私の尻拭いをさせてしまって」

「全然気にしていませんよ。俺も新しいポーションが作製できるようになりましたから。あと、万が一を考えて状態異常回復ポーションも渡しておきますね」


 俺がすっとポーションをいくつかメアさんに渡す。

 するとメアさんは目を見開いた。


「なぜ……と思ったがレリウスは作れるんだったな」

「……はい。なにかあったんですか?」

「ここ最近、状態異常回復ポーションが中々市場に出回っていなくてな。高値で取引されているんだ」

「……へぇ、そうだったんですね」


 最近はスキル付き装備しか見ていないので、そういった事情に疎かった。

 あとで、クルアさんに確認してみようか。


「準備は、こんなところでしょうかね?」

「ああ。もしものときは、脱出玉を使うぞ。判断はそれぞれで決めよう」

「わかりました」


 といっても、その判断を下すのは恐らくメアさんになるだろう。

 俺は基本中距離での戦闘を繰り返すだけだからな。

 メアさんが使った後に、俺も使って脱出すればいいというわけだ。


「それと、だ。通常のポイズンスネークが弱った時に使う、毒の霧だけは気を付けるんだ」

「毒の霧ですか」

「ああ。その毒だけは、通常よりも強い毒が放たれるらしい。だから、毒耐性ポーションでも防ぎきれないんだ」

「なるほど、分かりました。ですが、ほとんど俺は中距離からの援護ですから、むしろメアさんこそ気をつけてくださいね?」

「分かっているさ」


 ふっとメアさんが微笑む。

 それを合図に俺たちは、第十階層に下りた。



 〇



 巨大な蛇がこちらを見下ろしていた。

 ……蛇が大地を滑るように動く。巻き込まれた木々がメキメキと根本から折れた。

 全長は十三メートルほどだろうか。


 ポイズンスネークは俺たちを見つけ、嬉しそうに目を細める。

 それは、餌を見つけたかのような反応だった。


「さて、やるとするか!」


 メアさんが声をあげると同時、神器を取り出す。

 フランベルジュが火を噴き上げる。まるで、メアさんのやる気が移ったかのようだ。

 一気に距離を詰めるメアさんに、ポイズンスネークが毒液を吐きかけた。

 

 メアさんはそれを剣で受けた。振りぬかれた剣から噴き出した火が、毒液を一瞬で焼いた。

 相変わらず、凄い熱量だ。

 

 それを振るうメアさんは所有者だからか、まったく熱そうにはしていない。

 ……まあ、熱くて神器が触れません、なんて恥ずかしいもんな。


 メアさんが近接すると、ポイズンスネークがその尻尾を振り下ろす。

 俺もいつまでも見ていてはだめだ。

 ポイズンスネークの視界に映るように移動し、ナイフを投げる。


 毒攻撃をもったナイフだ。

 耐性があると言っていたし、恐らくは効かないだろう。


 それでも注意を引きつける、足止めのつもりで何度か投げていたときだった。

 五本目のナイフがポイズンスネークに刺さった瞬間、明らかにポイズンスネークの顔色が悪くなった。


 いや別にポイズンスネークの顔色に詳しいわけではないので、ただの気のせいという可能性もあるが。

 ポイズンスネークをじっくりと観察していると、動くたびに苦しそうな様子を見せていた。

 ……やはり、毒が効いたのだろうか。


 ポイズンスネークを斬りつけ、跳躍して俺の隣に並んだメアさんがこちらを見てくる。

 驚いたような表情をしている。俺も、メアさんの人離れした動きに目を見開いている。


「毒が効いているじゃないか! レリウスの毒がそれだけ優秀というわけだな!」

「やっぱり効きましたかね?」

「ああ、絶対に効いている……っ。これなら、多少回避に専念しても問題なさそうだな!」


 メアさんがにやりと笑い、ポイズンスネークへと向かう。

 その宣言通り、彼女の攻撃の手は緩んでいた。

 確実に毒が、ポイズンスネークを蝕んでいく。


 たまらず、といった様子でポイズンスネークが口を大きく開いた。

 まさか、毒霧か!?

 近くにいたメアさんがしまったという顔をする。


 これほど早く、ポイズンスネークが弱るとは考えていなかったのだろう。

 吐き出された毒霧がメアさんを襲った。


「メアさん!」

「……いや、大丈夫だ!」


 メアさんが声を張り上げ、霧を払うように剣を振り抜いた。

 その一撃が、ポイズンスネークの喉を切り裂いた。

 ……攻撃の後で油断していたのだろう。ポイズンスネークは大きくのけぞる。メアさんが大地を蹴りつけ、追撃する。

 俺もボーンショットを放ち、援護する。


 メアさんの一撃を受け、俺のボーンショットを食らったポイズンスネークはその大きな体をわなわなと震わせたあと、倒れた。

 ずしんと大地を揺らす。

 後には、素材だけが転がっていた。

 メアさんが、息を乱しながらそちらを見ていた。


「……やりましたね、メアさん」

「……あ、ああ!」


 メアさんは嬉しそうに犬耳をぴんとたて、それから俺の手を掴んできた。


「レリウス! ここまで協力してくれてありがとう! キミのおかげで倒すことができた!」


 メアさんが嬉しそうに俺の手を握り、その場でぴょんぴょんと跳ねていた。

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