第131話 これも正義

ウェルシ城のヴォルカニック軍は壊滅した。

龍星による火災で大勢の戦死者・戦傷者を出し、残りも捕虜として捕らえられた。

ヴォルカニック軍はウェルシ城に集中していたので、皇国の戦力は事実上壊滅してしまった・・・と言っていい。

ランディの策謀は完全に成功した。


ところで、ヴォルカニック軍の置き土産がウェルシ城に残されている。

かつての支配者であるウェルシ大公とその宰相及び後継ぎの公太子の3人である。

そのうわさが流れるとギルメッツ・フィンメールのドワーフやエルフたちからランディの元に、

「自分たちの手で正義を果たしたい」とか「ついに復讐できる時が来た。頭酋、ついにやってきたのですね!」とか言いに来る・・・。


要するに、その3人の処刑をかしに来ているのである。

ランディは少しばかり背筋せすじがぞっとして、大巫女エルメダに相談する。エルメダならば酷い事は言わないだろうと期待して・・・。


「・・・今回の不義の大元はウェルシにある。故にその不義を清算せねばならぬ。

それが正義というものであろうが。

盟約では定められてはいないが・・・我らとて我らの正義を主張する権利はあろう。王国とてそれを無碍にはできないはず・・・。

それに頭酋ランディよ、御辺は約定したはずじゃ。ギルメッツ・フィンメールの者たちに・・・その思い一切合切を引き受けるとな。」


と、処刑せよと真っ向からは言わなかったが・・・背中を押されてしまった。


こうして、ランディと大巫女エルメダの2人で連れ立って、イエナー陛下のいる本営へとやってきた。「ウェルシ大公をこちらで処刑したいので、その身柄を引き渡してほしい」と、要請するために。


「いったいなぜ?

あなたがそんな事をする必要があるのですか。

そんなことをする意味がどこにあるのです。」


モルツ侯爵は非難の眼差しを向けながら、ランディに問いただす。


「山と森の民達の憎悪・復讐の念を和らげる効果がありましょう。」


そう答えたランディの表情はこわばっていた。

モルツ侯爵は何か言い返そうとしたが、横に居たイエナー陛下がよこから手を出して黙らせ、


「そうか・・・

それは、大層価値があるな。

・・・

では、そうするがいい。

お前はそれでいいのだな、

ごうを背負うことになるが・・・」


「・・・」


こうして、3人の身柄引き渡しが国王イエナーによって了承された。


ウェルシ大公・宰相・公太子の三人が後ろ手に繋がれて山と森の民に引き渡されたのは、それからしばらく経った日の昼過ぎのことであった。


蒼白になった顔の上からボロの麻袋を被せ、首の周りをこれまた麻縄で括る。こうしてこの3人は顔も人格も失った・・・『・・・となる。


頸に括った麻縄を高い木の枝に引っ掛けて、その縄の一方を大勢のドワーフやエルフ達が握りしめる。

そして次の一瞬の間、緊張の静寂があたりを支配してランディに視線が刺さる。


ランディは右手を高々と挙げ

・・・そして降ろした。


すると、「そーれ、そーれ」とお祭りの山車の引綱を曳くように、みんなは陽気な歓声をあげて首つりの縄を引っぱり始めた。

頸に掛けた縄が食い込んで足元が宙に浮かぶと、は芋虫の様に激しく悶えたが、群衆の頭の上まで吊り上がった時には、もうピクリとも動かなくなり重力に引っ張られるままに伸びて吊り下がっているだけだ。

そして頂上まで高々と引き挙げられた時、下ではドワーフやエルフたちの狂乱の喚声が沸き上がる。

やがて、誰かがその吊り下げられた遺体に石が投げつけ、そして矢を射ち始めて、次々と数えきらない程の矢が刺さり、ついにはまさしく蓑虫としか例えようのないになってしまった。


狂乱状態となった山と森の連中は、叫び始める。


「正義が、正義が、ついに!」


「悪魔を・・・悪魔を吊るした。

終に我らの正義が!」


「頭酋、万歳!

我らの頭酋、万歳!」


この有様を見つめていたランディは、少しこわばった表情で


「悪は滅びた、これで悪は滅びた。

刃を収めよう。これで刃を収めよう。

これからは平和が始まる。」


と大声で叫び返す。


「頭酋、万歳!」


「頭酋、万歳!」


「頭酋、万歳!」


繰り返し繰り返し、群衆らは死体の吊り下がる下で狂奔して叫び続ける・・・。


神聖騎士団の面々も、少し離れた場所からこの様子を見物していたが、


「確かに、正義には違いないが・・・何とも醜悪な」

とは、エミリーの率直な発言である。 


「怒りを満足させているだけです。所詮、偽善でしかない・・・人の正義というものは。

神の正義には程遠い有様であります。」

これは、ロドリゲスさんのご高説。


「平和と言う秩序をつくるためには『正義』と言う礎が必要なのさ。たとえ偽善であってもね。

だから、こいつも尊い正義さまさまなんだよ。」

バルマンは、少しひねくれたことを言う。


「なんと言うか・・・これが罰というわけね、ランディ。」

エリーセは、ただただため息をついていただけだった。


で・・・その時、気が付いた。

あの時・・・『龍星』による火焔攻撃をかける直前、ランディは自分に会いにやってきた。あの時点ではああなることが予見できなかった、『未来予知』があるのに。

なぜ?・・・決心がついていなかったから。あの時ランディの心の中ではまだ迷っていたのだ。

でも、自分はちゃんと応えてやれなかった。そしてランディはアレを実行した。そしてランディはもう別の道を歩んでいる、あっちのほうに行ってしまったんだ・・・。

その結果が今日のこの処刑なのだ。彼はどんどんと遠くに行ってしまう。それが幸か不幸かは別にして・・・。

そう思うとまたため息がでてくる。


処刑を終えて、ランディは国王イエナーのもとに報告と礼のために戻る。


「終わりました。山と森の民達も満足しております。

これからの平和のために大事な一歩を踏み出した、と思っております・・・」


側で報告を聞いていたモルツ侯爵はむっつりと口を閉じて何も言おうとしない。そしてイエナー陛下が、


「ご苦労。

・・・

フンッ、苦かろう。

それが王道の味だ。

偽善でもって、真実の裁きごとくふるまう・・・

何も知らん世間の愚か者ども憤怒を満足させるために、だ。」


「王道?」


「なんだ、気が付いとらんのか。

あの連中が、なぜおまえに王殺しを求めたのか

・・・お前に王道を見たからなのだ。

まあいい、いずれ思い知ることになる。

良きにつれ、悪しきにつれ・・・な。」


そう言うと、棚から新しいブランデーの瓶を取り出して封を切り、机の上のグラスに注ぐ。そして、


「乾杯してやろう。

お前さんの王道の始まりに・・・。

ブランデーの薫りで苦い口の中を洗い流して、全てを腹の中に納めるがいい。」


・・・と。




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