第132話 軍議

焼け跡になったウェルシ城の後始末を急ぎながらも、その横に本営の大きなテントを建てて、国王陛下以下お歴々が集まって喧々諤々の議論をしている。

ヴォルカニック軍の壊滅という望外の大勝利が転がり込んできた、さすがにこんな状況は考えていなかった。もちろんランディは事前にそう話していたものの、それを真に受けるのはさすがに都合よすぎるわけで、まあ半信半疑というのが良識というものである。だからこの後のことまでは深く考えていなかった・・・それほどの時間もなかったし。


「これでヴォルカニック皇国は戦力をほぼ壊滅した、そう考えてもよろしい!」


ラムズ元帥は断言する。


・・・えっ?


ランディはそんな楽観はしていない。軍事の責任者ならば予備兵力というものを考えていないといけないだろう。


「一年も開けるとそれなりに兵力の回復もあるかもしれません・・・いえ・・・ここ何年かはまともな軍事行動はとれないと思いますよ。」


なんと・・・モルツ侯爵までそんなことを言い出した。

さすがにそれはないだろう、“そんなにのんびりしていると負けてしまうぞ、あんたらしくもない”とランディの常識が叫んでいる。それで、


「テルミス王国が予備兵力を動員したように、ヴォルカニック皇国も当然そうするでしょう。

それを考えておかないと・・・危ういと思うのですが。」


そう、王国は常備軍以外に3万ほどの予備軍を動員していた。その内で最前線に出て敵と直接殺りあった者は多くないが、後方での兵站輸送やら土木工事には大活躍していたし、城を固める守備兵としても重要な役割を果たしている。そして、常備軍がやられたら彼らから補充してゆく事になっている。

当然ながらヴォルカニック皇国も同じはずだろう。

すると侯爵が、


「あの動員はテルミスだからできるのです。皇国にはあんな真似などはできませんよ。」


と・・・。

武力とは権力の根源である。だから武力を提供する者はそれ相応の権利を要求するようになる。テルミスでは、侯爵配下の商業ネットワークの隠密商人や神社に潜んでいる神人たちのように王室から利権・特権をもらって生計を営み、そのみかえりに特別な奉仕をしている人々が多くいる。ヌカイ河水運業者、土木組合、開拓村、国境爵、各種職能別ギルドなどなど。こういった人々から予備兵員を動員していたのである。

これは、様々な産業が発展している・・・つまり、そこには利権・特権が渦巻いているわけなので・・・テルミス王国であって初めてできることでもある。

この世界では国民国家などというものはまだまだ出てきていない。だから赤紙一枚で徴兵に応じるような奇特な国民などというものは居ない、ちゃんと見返りがあっての召集なのである。

一方、ヴォルカニック皇国ではどうなのか。

皇国は極めてシンプルな社会構造を人々に強要していた。支配する貴族・騎士階級と支配される農奴、この2つにはっきりと分かれていて、その間というかその他というものを徹底的に排除してきた・・・これこそ清廉潔白な封建主義というものである。まさか今更、農奴に剣をわたして「勇ましく戦ってみない?」とか説得できないし・・・そしてもし、一旦武装してしまったら・・・もうそいつは元の従順な農奴には戻らない。まさしく“王国楽土”が崩れ去る。だから、これ以上動員できる相手がない。


このことをモルツ侯爵は丁寧に説明したのだが、それでもランディは納得できない。今度は皇国本国での戦闘となるのである。なんとしてでも戦力を捻り出してくる、そう考えるのが妥当であろう。まあ・・・そう考えるのはランディの考えている国家像が近代国家であり国民国家であるからで、筆者としては前近代は必ずしもそうではないと思うのだが。


しかし、エリーセはこの話を聞いていて別の事を思っていた。フィオレンツィ師の最後である。


師はこの戦が宗教戦争にならないようにと、あえて刑死を受ける道を選択した。

信仰がこの戦の中に入ってしまうとどうなるか。

磨きあげられた武技や鍛えられた肉体によって精鋭の戦士が生まれる。しかし、その2つは戦士に必須とは言えない。何としても戦いぬく、それこそが戦士の絶対条件なのであり、まさしく信仰はそれをもたらす。そこには強弱や老若男女の区別などはない。

歴史上では宗教戦争、例えばフス戦争がまさしくそうで、そこでは信仰がその戦意を支えていた。

そして・・・それらは凄惨な結末を生み出している。


彼女の念頭にはそういう知識があったから説得されてしまった・・・刑死の受諾を覆すことができなかったのだ。

逆に言えば、ヴォルカニック皇国においてそれをしようとしていた者がいる。この戦争に信仰を持ち込み、凄惨な状況をもたらそうとした者がいる。


「邪悪な!」


思わずそう口に出してしまう。

よほど強い口調だったのだろう、そこに居た全員から視線を浴びてしまった。だから、そのまま黙るわけにもいかず、


「皇国はフィオレンツィ師を謀略にかけて殺しました。信仰を持ち込んで大勢の善良な人々を悲惨な戦争に巻き込むためです。

なんと、邪悪な!

そのような彼らを許すわけにはいきません!」


こう叫んだのである・・・軍議の場としてはいささか斜め上の事を、話の順序も何もかも飛躍して。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい、エリーセさん。

邪悪なのは皇国であって、ヴォルカニックの皇帝でも貴族でも騎士でもないのです。

いえ・・・皇国だけが邪悪なのではなく、国家というものはどこでも多かれ少なかれ邪悪なものです。」


モルツ侯爵はエリーセの予想外の発言に慌ててしまって、声が裏返ってしまった。その返答が、いつものように理性的でも論理的でないのは、いささか動揺していたから。


「わっ、わしは善良な王じゃ!

わしは正義の味方じゃからな!」


穴兄弟の長男もそう叫んだ。2人とも日頃からよからぬことをたくらんでばかりいるので、正邪がどうのこうのと言われるとこうなってしまう。もちろん場違いな事を言っているのはエリーセの方なのだが・・・いきなり虚を突かれたので、慌ててしまったのだ。

エリーセには、この2人がなぜこんなに慌てているのかよくわからなかったが、ツートップにこう言われると放ってはおけない。もっと突っ込んでやらなければ!


「ヴォルカニックを放ってはおけません。私はこの戦争に全面的に介入いたします!」


と、そう叫んだのである。

ランディとしては、ほぼ勝敗の決した今となっては『イマサラ、ナニスルツモリナン?』以外のなにものでもないだろう・・・と思ったが同時に・・・最後の一押しで戦争の結末が決ってしまうことは往々にしてあることだ。その一押しにエリーセは何をやらかすつもりだ・・・まさか、怒りに任せてあの強烈な魔法、破壊力を爆発させるつもりじゃぁないだろうな!それは、いかん!そんなことをしてしまうと後始末をどうつけるつもりだ。転生者である俺たちの立場がどうなってまうのか考えているのか!

そんな思いで、これまた慌ててしまった。


「で、一体どうするつもりなん?」


と、思わず聞いてしまったのもむべなるかなと云うものである。

・・・で、エリーセは


「どうするって・・・どうしたらいいのよ。

・・・、・・・。」


と、エリーセとしても困ってしまった。勢いだけでここまで言ってみただけなのだから。

かくして、みんな困ってしまったのであるが、そうでない人物もいる。


“なんか知らんが、エリーセは逆切れしてやがる・・・いや、神の使徒がこの世界の邪悪に憤っているのである。ならば、われら神聖騎士がその剣となり盾となって、正義を執行せねばならないのであ~る・・・ということになるのは当然だわナッ。”


ウフフと、ほくそ笑んでいたのはエリーセの後ろで軍議に混じっていた神聖騎士バルマンであった。第1次戦役ではそれなりに活躍できて戦争を堪能した。でも第2次戦役では、これまでまったく出番がなかったので“ツマンナイヤ”と肚の中でぼやいていた今日この頃なのである。だから、少しワクワクしながらこう発言する。


「今の局面で、もっとも重要となるのは時間でありましょう。時間がたてばたつほど、ヴォルカニック軍の回復を許すことになるでしょうから。

これから、ヴォルカニック本国領に王国軍の戦力を展開せねばなりません。そのためには200kmの山中を行軍し・・・そして、その大軍のための大量の兵站物資を運ばねばならない。それをいかに早くなしうるか、使徒エリーセの力でもってその時間をいかに稼ぐことができるか・・・ということになりましょう。」


バルマンはエリーセの魔法の力をすべて知っていたわけではない。しかし、その治癒魔法・聖魔法の威力と魔力の大きさについては思い知るほどに知っている。だから・・・行軍・運送する大量の人馬に対してその疲労を回復させることができるであろうとは考えていた。それだけで、それなりの時間短縮につながるはずである・・・と。

するとエリーセは、


「わかったわ、全部運んであげる。

荷物は私が全部運ぶわ。

だから、その手はずをつけて頂戴。」


と、想像外のことを言い出したのである。そして『手はず』と言われても・・・一体どうしろというのだ・・・と、彼も困ってしまった。

かくして、みんなが困ってしまったので軍議はここでお開きとなった。


でも、誰も気がついていない。エリーセの斜め上の発言によって、皇国を徹底的に叩き潰すという方針に決まってしまったと云う事を・・・いつの間にか。


バルマンはエリーセの後について本営のテントから出て、


「エリーセ、一体どうするつもりなんだい?」


と、当然尋ねることとなる。エリーセはそれに返事もせずに、テルミス王国軍の物資集積所まで急ぎ足でやってきて、


「見ててちょうだい。」


一言そういうと、傲慢の光翅を一杯に張り、それら物資を亜空間に収納し始める。彼女のアイテムボックスは自分で空間魔法を駆使して為している。だからランディ達のように容量の限界というものはない。彼女の魔力の限界が容量の限界なのだ・・・つまり、膨大なものとなる。どのくらい膨大かというと、今までにため込んだ物を・・・もう全部でどれだけ貯めこんだのか、もうなんだかわからない!というくらい膨大なのだ。たちまちにして目の前に置かれてあった物資が荷馬車ごと消えてしまった。馬車につないであった馬たちはいきなり軛が離されたので、びっくりしてきょろきょろしている。

そしてエリーセは、宙に浮きあがった・・・そのまま空に向けて飛んでいかんばかりに。その背後には光翅の輝きが揺らめいている。


「私は飛べるの、空から運んであげる。」


「なっ・・・なんと・・・」


バルマンは目の前の情景がすぐには信じられなくて・・・いや、確かに見た!これは事実だ、なにか想像外のとんでもないことが起こっている・・・しかし、これを作戦に立てなければならない、それが自分の責任だ!


「使徒エリーセ!

私はいかがすればよいのです!」


思わずそんな殊勝な言葉が、頭上のエリーセに向けて口から出てしまう。


「何をどこに持ってゆけばいいのか、それがよくわかるようにして頂戴。そしたらそこに全部持って行ってあげるから。」


「わかりました、直ちにそのようにいたします。直ちにそのように手配いたします。」


神聖騎士バルマンは教会に所属しているので当然のことながら王国軍においてそんな権限などはない。しかしバルマンにとって権限がどうのなんてことは、もう念頭にはない。このを目にしてしまったのだから、このがテルミス王国軍を導くのであるから。

振り向くと周りにいた兵たちもみんな跪いて両手を合わせている。彼らの目にもこれはだったから。だから、バルマンの発言を誰も咎めない。

こうしてバルマンを中心に“輸送大作戦”がたてられる。


軍の参謀たちも、兵たちの話を聞いて「もうどうしようもないな、やらせておくより他ないワッ」という態度だ・・・軍議におけるエリーセのキレっぷりとツートップの狼狽ぶりを見ていたので、誰もとやかく言う気になれなかったから。

ランディにしても“エリーセの奴、やらかしやがった”と、思ったが・・・いまさらという気もしないではない、これまでもさんざんやらかして来たのだから。ただ、例の極大破壊大魔法の大大爆発ではないので、まあホッと安心もしている。


ヴォルカニック軍が通した200㎞の軍用道路には20~30㎞ごとに駅が作られていた。もう無人なので駅とも言えないが、そこには重要な施設が2つ残されている。倉庫と井戸。

その駅にまず食料と炊飯道具そして野営のためのテントや携帯食を運び込むために、まず神聖騎士団員と教会の聖職者達が先行した。エリーセの目印になるように旗をたてて、同時に物資の量を監督するためにである。次に給食部隊が駅に走る。給食部隊は行軍中の兵士の食餌と携帯食や野営装備を配るために。

そしてそのあとに、仮設工事のための部隊が進み・・・ランディのイヤリル戦士団が橋と切り通しを落としてしまったので・・・最後に3万の部隊が続いた。小隊ごとに駄馬が付き、武具などの荷物をその背に乗せている。野営の時は、初めの日は持参したテントを使うが、次の日の出発の際にはそのままに放っておく。後続の部隊が使うであろうから。そして、駅で新たなテントを受け取るわけである。

一日の行程が30㎞を超えるという強行軍であるが、駅で給食を受け携帯食の補給も受けれるし、病人が出ても駅にいる坊さんが引き受けてくれるので、まあ安心だ。


バルマンと補給部隊は、上記の事を計算して物資を分けておき、エリーセはこの軍用道路の上を何往復も飛んで、それぞれの地点へそれらの荷物を運んでゆく。

というわけでエリーセは、蟻の列の様に延々と並んで行軍している様子を下に眺めながらその上を飛んでいるわけであるが・・・時々道端に寝転がっている連中もいる。さぼっているのか疲労で倒れているのかはわからないが、そういうのを見つけたら、空の上から聖魔法【祝福】と治癒魔法【ヒール】と精神魔法【鼓舞】の3点セットを邪眼ビームではなっておく。すると大体は飛び上がってまたシャカシャカと歩き出す。


こんな感じで、3万の将兵が山を越えてヴォルカニックの大平原に到達するまで2週間とかからなかった。

急なことなので、築城はできていない。“ゴミ箱の蓋”部隊はまだ来ていないので、陣地の周りに杭を打って陣営を作っているだけだ。そして、穴兄弟の長男以下お歴々たちもやってきて本営のテントを張っていた。陣の設営がまだ十分ではないので、その本営にてみんなでゴロゴロと寝起きしている状況である。


いささか無防備であったが、油断していると考えるものはいない。なぜなら、ヴォルカニック軍は既に壊滅しているのだから。

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