第129話 龍星

そんなこんなでようやくウェルシ城攻略の用意が整った。

すでにウェルシ城の東西と南側にテルミス軍の塹壕がびっしりと掘られている。

まさしく、城の周りを広大な陣地を築いたのだ。

まあ、ウェルシ城の規模は大きいので全周を取り巻くことはできず、北側は空いている。それでも、その山の中にはイヤリル戦士団と義勇軍が警戒している。

穴兄弟の長男もやってきて本営を建て、王国の総力を挙げた攻城戦が始まろうとしている・・・ような風景が広がっている。


さて、その塹壕には板塀で囲った小さな基地も造られ始めた。塹壕を少し掘り広げ、板囲いをして後ろには屋根の付いた倉庫も造り付けている。

始めは一つ、そして少し離れた所にもう一つ。こんなのがウェルシ城の南側に建ち並びだし、しばらくすると東西にもぽつぽつと出現した。


そして、そこには大量の竹筒(?)が運び込まれる。

竹筒・・・ではない、周りを麻縄で巻き絞めた・・・そう、ランディの秘密兵器、竹筒ロケット;龍星なのだ。


「いよいよだな」


エリーセはこの基地の見える場所へとランディに呼び出されて、いきなりこんな話を聞かされた。


「エリーセ、あんたに作ってもらった1万個の水晶玉、ここで使わせてもらう。」


ランディは、あの『大鳴り洞』の城塞で大勢を窒息死させて以来、心の中にわだかまりをもっていた。流星でもって、もっと盛大に大量虐殺しようってんだから。

このきもはエリーセが作ってくれた一万個の水晶玉だ。だとしたら・・・エリーセも共犯者・・・と言えなくもない。だから、率直に話して彼女のこたえを聞きたかったのだ。


しかし作戦の事なんかわかりたくもないエリーセは、キョトンとしてランディの方を見ていただけで、そのうちになんだか散々こき使われていたことを思い出して、ムカムカとしてくる。


「なんに使う訳。

私を散々こき使っておいて・・・」


「フフフ、あの城を焼き尽くす。」


えっ・・・そのための水晶玉一万個・・・魔法で油を作ったらとんでもない量になる。それでもって、焼き尽くすなんて・・・とんでもない火災を引き起こすことになる。


「ヒッ・・・焼き殺すわけ・・・大量殺戮魔になるわけ?」


「・・・あのな、俺たち戦争してんだ。

そら人死にも出るわな。

そうしないと、こっちがヤラレちまう。分かってんのか・・・。」


「でも、あの中に何万人もいるのよ。それをみんな焼き殺そうとしてんでしょ・・・これ大量殺人よ!」


「いや、皆殺しなんてやりゃぁしないよ。

まあ・・・結構大勢ケガもするし、その中からは死ぬ奴も多いと思うが・・・戦争だし仕方ないわな。」


「ナニッ、その後始末(:治療もしくは葬式のことを言っている)は誰がすると思ってんの。こっちに廻って来るのよ!」


エリーセがキレてまくし立てる・・・話が斜め上に行ってしまって、ランディは頭を掻きながら「こりゃぁ、あかんわ」とボヤいて、とにかくその場から立ち去った。


しばらくして、ランディの向かった先から、


シュルシュル~~


モクモクと煙をあげて竹筒ロケットが天上に向けてまっすぐに飛んで行く。夜ならば花火かとも思うが真昼間からそれは無い、これは狼煙のろしだ。


このロケットに続いて、西側の山並みの方からもロケットが飛び、また一筋の狼煙が上る。

そしてそのもっと向こうにまた狼煙が上る。

エイドラ山の奥に向けてこのロケットが次々と上がっていく。山の中で潜みながら待ち構えているイヤリル戦士団に作戦の開始を伝えるために。


そして、こんどは城の南側からロケットが次々と打ち上げられ始めた。今度は斜め向きでウェルシ城の方に飛んで行き、城内に落下してゆく。このロケットは次々と飛んでゆくが、軌道が安定していない。城内のあちらこちらへと飛んで行く。

いや、城の東西からもロケットが飛び出した。

もう3方向から次々と城内めがけてロケットが飛び、その煙で辺りがモクモクと煙ってしまう有様だ。


エリーセは暫くこの光景を眺めていたが、やがてこんどはウェルシ城内からモクモクと煙が上がり出し、その場所が煙に隠れてしまう。

そして、それは一ケ所にとどまらず何ケ所にも増え、あちらこちらで、もうもうと煙だらけになってしまう。

ついには城壁の向うに炎が上がってそれが左右に広がり、そしてウェルシ城全体が燃えだした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どっ、どいうことだ!

なぜ、燃え出した・・・こんな急に!」


城内ではヴォルカニック軍司令が、呆然として呟いている。


「消火が間に合いません!

あちらこちらの倉庫が、次々と・・・」


ウェルシ城内は、元々あった石造りの住宅や店を取り壊し、急ごしらえの木造倉庫がびっしりと並んでいる。そして、その倉庫の中には兵士の食料や軍馬の糧秣が山積みとなっている、その全てが景気よく燃えていた。

それらが軒並み火を噴いて燃え出したのだ。


城外から煙を吐きながら何かが次々と飛んできたのは分かっている。

しかし、あの程度で大した火事になるはずも無い。

兵を回して適当に消火しておけばいいのである。


そう考えていたが・・・、

最初は南側から火が出始めた。

そして、東西中央からも点々と火が点き、それがものすごい勢いで火勢が広がり、たちまちにして城内一面が火に包まれたのである。


油の匂いが鼻を刺激する。あの飛んできた物の中に油が入っていたのであろう。

城内はもう煙が立ち込め、多くの将兵があの炎と煙の中に巻き込まれている。


“しかし、あの程度で、こんなひどい事になるとは・・・そんなはずがない”


司令の頭の中では、まったく理解できなかった。なぜこういうことになったのか。

油生成の魔法陣、そんなものはヴォルカニック将兵には想像のつかないものだったから。


しかし、現実を冷徹に直視せねばならない。

もはや・・・ウェルシ城は壊滅的な状況に陥ったという事を。


司令が、そこまで思い付いた時、彼の背中に冷汗がにじみ出てきた。戦の残酷さには耐えきって見せる。そうではなく、この状況が皇国にどういう結果をもたらすのか・・・その事に考えが及んだから。


“ここには皇国の兵力のほとんどを集めている。これが壊滅すると、皇国はもう他に戦力がない。戦えなくなってしまう。”


その時、側に居た副官が上ずった声をあげた。


「司令!

このままでは・・・城内の兵が全て・・・

いっそのこと、突撃させてください、このままむざむざとやられるわけにはいかんでしょう!」


「ばっ、バカな!

ここには皇国の兵力が集中しているのだぞ。

その兵力を失った後は・・・皇国はどうなる、敗北、滅亡してしまう・・・」


参謀達の間からゲェ~との悲鳴が上がった。


「とにかく、退却だ。

幸いにして北側は空いている。

そこから全力で本国に戻る。」


ウェルシ城から200㎞の山中を突っ走ることになる。とにかく馬に水と食い物を積んで・・・できることなら人も乗っけて、突っ走ったら何とか3~4日程で帰り着くのではないか。いや、リリース族の所まで辿り着いたら・・・何とか助けてもくれるはずだ。

むろん全員が帰りつくことは無かろう、しかし半分でも辿り着いてくれたら・・・その後は何とかなる、最悪の状況は避けられる。


まず重装歩兵の1000名ほどが北門から飛び出した。


城の北側はテルミス軍の配置は手薄のままだ。

どうやら、テルミスとしては我々を城の中に押し込めておく気はないのか・・・それなら決死の覚悟で突撃すれば何とかなる。


飛び出した兵達には陣形もくそもない、そのまま左右に分かれて後続のための退却路を確保するのが目的だ。


そしてそれに続いて、重い鎧を棄ててリュックを背負い、あるいは馬を引く兵たちが続々と城門から出てゆく。これから200㎞の街道を走り抜かなくてはならない、具足を纏ってなどいられない。


これらが一時間以上も続いて、ようやく城内が空っぽになると、初めに飛び出した重武装の兵達が殿しんがりとなって後ろについて行った。


この時、何千ものテルミス兵が東西から攻め寄せ、この殿しんがり部隊に襲い掛かった。


「通すな、

時間を稼げ。

最後の華を咲かせるぞ!」


ヴォルカニック軍司令は自らが殿の陣頭指揮を執って、最後尾の兵を叱咤激励する。

しかし多勢に無勢、1時間もするとテルニス軍に呑み込まれて崩れ去った。


そしてテルミス軍は追撃戦を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一体、なんてことをしたのだろう!


ランディはウェルシ城を大火事にして焼き落とした。


占領してすぐに城内に入ると、前にここを見た時とは一変してしまっていた。城内はまさしく焼け跡で、焦げた臭いと刺激臭・・・これはガソリンの匂いだ・・・が立ち込めている。

まだ燃え続けている廃屋もたくさんあり、兵士たちはそれらを打ち壊して消火するのに忙しい。

その足元にはまっくろに焼け焦げた焼死体があちらこちらに転がっている。そして、生き延びた者もひどいやけどで煙に巻かれて気道熱傷で息も絶え絶えになっている、そんな人たちがいたるところに倒れていた。


神聖騎士と王国兵で負傷者を大急ぎで集めて、その治療を始める。早くしないとバタバタとあの世に逝ってしまうのに違いないから。


「てっ、手が付けられません・・・」


ロドリゲスさんが悲鳴をあげている。


「ホーリーヒールをかけても、息ができないのです。」


煙をたくさん吸い込んでいるのだ。気道内は煤だらけのはず、やけどが治っただけでは呼吸困難は回復しないだろう。


「浄化をかけてあげて。吸い込んだ煤を、肺の中に吸い込んだ煤を綺麗にしてあげないと。」


そう助言する。この人はもともと治癒師だったのに・・・よほどあわてているにちがいない。


「はい・・・でも、こんなにも大勢の負傷者・・・私の魔力ではとても・・・」


まったく・・・狼狽して完全に自分を見失ってしまっている。


「じゃあ、とにかく【浄化】をかけて行って。私がまとめてホーリーヒールをかけていくから。」


ほかの治癒魔法を使える人たちにももっぱら【浄化】をかけてもらい、私が【ホーリーヒール】をかける役になって、とにかく数をこなさないと。


この日は日が暮れるまで、そう、みんなへとへとになるまで治療に専念することとなった。

そして夜になり、助かる人は助かったんだけど、逝く人は逝ってしまい・・・死者は多分、何千にも及んでいるに違いない。


明日は朝からそのお葬式、こんどは【聖天】魔法のぶっ続けになる・・・。


大きな天幕を宿泊にあてがってもらい、晩御飯に塩豚と豆と芋のスープをすすりながら硬いパンを齧ってすきっ腹を満たし、あとは着の身着のままぶっ倒れて寝てしまった。


夢の中では、亡くなった人達の悲鳴が悪夢にあらわれてうなされた。


炎に巻かれて体中の皮膚が焼き爛れながら、呼吸もできなくてもがき苦しんで死んでゆく。焼死した人達の残留思念が『色欲の蜘蛛』を通じて流れ込んでくるのだ。


まったく、なんてことをするんだランディは!

今度会った時には、この残留思念を蜘蛛の糸を通じてあいつの心の奥底に叩き込んでやる。


「あんたが殺した人たちの呪いよ!」


そう、言って。


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