第128話 ウェルシ城Ⅱ

リリース族というのはエイドラ山地の一番北側、つまりヴォルカニック皇国の側の森に棲んでいる連中である。これまでは皇国と日頃から旨くやってきたので、それなりの友好関係にあるし、ウェルシ城から皇国本国に200㎞も続いているヴォルカニック軍の軍用道路もその3分の2がこのリリース族の領土の中を走っている。

であるから、敵味方をはっきりとするために・・・いや、テルミス側につく事をはっきりと約束させるために、この交渉を詰めておかなくてはならないのだ。


ラル会戦が終わってから王都に戻っていたイエナー国王とモルツ侯爵の元に、ランディと大巫女エルメダそしてリリース族の族長エンヘルンの3人がやってきた。これからの軍事戦略上重要な交渉になるので、王国の総騎士団長であるラムズ元帥も同席している。


「我らリリース族は、これまで皇国と平和にやってきたのです。今回の戦争には当惑するばかり・・・しかし、イヤリル大社の御精霊のお告げに逆らう意志は毛頭ありませぬ。」と、族長エンヘルンはその辛い立場を訴える。


「エンヘルン閣下。この戦、我らの方から仕掛けたのではない。皇国が理由も無くいきなり攻撃してきたのです。この戦の罪は全て皇国に在ります。

あなた方リリース族が、この不義に加担すると言うのであれば、あなた方もその罪をわかつこととなる。我らテルミス王国としてはあなた方も敵とみなさざる得ない。」


モルツ侯爵は冷たい眼差しを向けながら切り捨てた・・・まあ、こういった交渉はこういった処から始まるのである。


「エンヘルン殿、御辺の御精霊への尊崇の念は疑う余地も無し。されど、いくさともなれば敵味方の旗幟は顕かにせねばならぬ。さもなくんば、リリース族に汚名とわざわいを招き寄せる元ともなろうほどに。」


と、大巫女エルメダも圧力をかける。

が、国王イエナー陛下は少しばかり違う。


「誇りあるリリース族の族長エンヘルンよ。貴殿の部族が皇国と仲良くやってきたこと、それは佳き事である。

朕は森の民と普人族の友誼を阻むつもりは毛頭ない。

王国とて国境爵を定めて森の民・山の民と信義篤き関係にある事、そなたとて聞いていよう。

朕の恐れているのは、この戦によりその友誼・・・王国・皇国はさておいて、普人族と森の民の間の友誼・・・此度、いくさとなって、それが破れさり互いに疑心を抱くような事態にならないか、それを恐れているのである。

ざっくばらんに腹を割って話し合い、互いの理解を深めようではないか。」

とは、イエナー陛下。


侯爵が冷淡に対応し、国王は物分かりよさげにやる。この辺の阿吽の呼吸は長年のコンビの為せる技なのだ。


「イエナー陛下、リリース族を含めて森の民が王国側にあるべきことは、イヤリルの大精霊が定められた事であり、我らのそれに忠実であろうとする意志は、ルバイヤルの満月が雲一つなく輝けるごとくであります。ただ、仰せの通り・・・我らは皇国と友誼を結んでおりまする。

故にその情に苦しんでおるのです。」


「はて、その情とは?」


「戦に於いて敵味方ともなれば、互いに血を流すこととなりましょう。昨日の友に向かって刃を振り落とせ・・・と言うのはさすがに辛い・・・と言う訳であります。」


「何も、殺し合いをせよとは申しておらぬ。」

イエナー殿下はいつもの様に、言葉を返す。


「それはあり難き御言葉。その一言をもって、今日参りました事が十分に報われました。」


族長のエンヘルンはにこやかに答えた。リリース族は戦場には出ないと暗に言ってみた、そして国王からその許可の言質を得たのだ。彼にしたら十分な交渉結果と言える。

それを聞いたランディは発言を求める。


「戦わぬというならば、前に立つ必要はない。正面の戦いはイヤリル戦士団とフィンメール・ギルメッツ義勇軍が致しましょう。リリース族は、背後・後方から妨害や利敵行為を為さぬようにしていただきたい。それだけです。」


エンヘルンの表情は濁る。リリース族は戦わなくていい、後ろから邪魔をするなと言われたからである。これは彼らの誇りをないがしろにする発言だ。


「利敵行為?如何なることを言われる。我らの誇りを踏みつけになさるおつもりか?」


「そのような意志は毛頭ありませんが、戦場では戦う・戦わぬをはっきりとさせねばなりますまい。それを確かめたまで。

そして、利敵行為をするなとは・・・具体的にはヴォルカニックの騎士・兵士を捕虜とした時、皇国に逃がさない事。その事をお約束いただきたい。」


「捕虜を・・・どうするつもりなのだ。ヴォルカニック軍を皆殺しにせよと・・・」


ここでまたイエナー陛下が口を出す。


「我らがそのような事をするはずがなかろう。我が名をもって、捕虜の名誉と安全を約束する。」


そしてランディが続ける。


「それから、ヴォルカニック軍騎士・兵士を森で見つけたら、捕らえて王国に引き渡していただきたい。」


「ランディ殿か。国王陛下は戦わなくてよいと言われた、なのに貴公は戦えと命ずるおつもりなのか。一体どのような立場でそう言われる。」


それを聞いた大巫女が答える。


「ランディは御精霊の定めたる我らの頭酋。その立場から、森の民の矜持を守るために申しておる。」


「・・・、・・・。」


エンヘルンは言葉を詰まらせた。その通り、ランディは頭酋・・・つまり、森の民・山の民の軍司令の立場なのだ。だから、戦に関する事ならば族長に対しても命ずることもできる。その様子を見てランディは畳み掛けた。


「殺せとは言わぬ。捕えて欲しいと言っている。もちろん、抵抗を受けることもあろう。相手は武勇のなるヴォルカニックの騎士だ、かなわぬこともあろう。無理をしてまで捕らえよとは言わない。しかし、少なくとも彼らを保護したり皇国へ道案内するのは禁止していただきたい。」


「・・・。

皆は納得するであろうか・・・皇国の騎士兵士と友の契りを結びたる者も大勢いる。それを無にせよと言われるのか、頭酋殿は。」


「確かにつらい立場は理解しています。ですから、保護するなというのは取り消しましょう。いや・・・保護いたしましょう。我々イヤリル戦士団・義勇軍が、リリース族と共に。保護するというならば、我々と共にそうしてもらいたい。そういう事ではいかが。」


「・・・そう、命ぜられるのか・・・」


それまで黙って聞いていたモルツ侯爵が、話始める。


「ご存知の通り、王国には山と森の民の代表者たる国境爵が大勢います。そして、イヤリル山地と王国との間を交易など互いに交わり合い、お互いおおいに繁栄しているわけです。

我々としては、リリース族にもその国境爵の席を用意しております。

まあ、その利益が実際になるのは、この戦役が落ち着いてからということになりますが・・・しかし、それで王国に対しての発言力は約束されましょう。

また、万が一リリース族が戦争に巻き込まれた場合、応分の保証をする用意があります。

そして戦争中の兵站や建設の賦役であります。現状はフィンメール・ギルメッツの避難民を日雇いしておりますが、旧領がかなり解放されましたしいつまでもそのままではいかない。場所も北に移ってくるので、その換わりの労役をお願いしたいのです。もちろん賃金を十分にお支払いいたしますので、決して損にはならないと思いますよ。」


「つまり地位と金を交換に従えと。」


ここでまたイエナー陛下が口を開ける。


「まあ、ありていに言えばそう言うことになるが・・・いくさとなるときれいごとだけでは済まんからな。

しかし話の本筋を言うと・・・

ウェルシの件でもヴォルカニック皇国が大元の種となっておる。そして、今回の戦争をおっぱじめたのも・・・皇国だ。

正義はどちらにある?

朕が貴部族に言うべきは、正義をまもり、正義に味方せよ。

それだけだ。」


「・・・、

・・・。

判りました。森に戻って皆を説得いたしましょう。

・・・ただ、我ら風と森の民エルフは自由の民であり、普人族やドワーフ族とは違って互いの束縛を嫌う習わしであります。

徹底せざるところは、ご寛恕いただきたい。」


「ハァ~ハッハッ~

なに、それはいずこでも同じことだ。

細かい事は気にするな。」


と言う事で、リリース族を王国側に取り込むという目的は一応約束された。


この会談が終わった後で、ランディと大巫女は帰途につくエンヘルンを王宮から見送るのだが、馬車を待つ待合室で、


「頭酋ランディ殿。あなたが最も厳しい事を言う。」


と、エンヘルンは恨み言を言った。

これを聞いてランディは少し考えて、


「エンヘルン殿、この戦・・・ヴォルカニック皇国が勝つことは無い。」


「勝つことは無い?持って回った言い方だが。」


「戦争の先々を予言する事はできない。しかし、ヴォルカニック皇国が勝てると予想できる材料は・・・無い。

皇国は少々の不義は承知の上で、無理に無理を重ねて戦を仕掛けている。

それに対して、十分な国力を持っている王国は正義を主張できる余裕があり、現に巻き返してきた。

もはや、皇国が勝つとは考えられない。

戦いがいつ終わるか、それはわからない。しかし皇国が勝つという未来は視えない。

その事は自信をもって言わせてもらう。

だから・・・。」


「だから?」


「後々の事を考えて・・・道を誤まってはいけない。

今はウェルシ城があるから、その北側に広がるリリース族の森は皇国側の勢力圏にある様に思える。しかし、森の中で皇国軍の騎士がまともに戦えるわけがなく、あそこを支配する勢力とは、ウェルシを駆逐した今となってはイヤリル戦士団と言っていい。

だから、既にウェルシ城は背後を抑えられて完全に取り囲まれているわけです。早晩落ちます。

そして、そうなるとリリース族は王国と皇国に板挟みとなってしまう。

態度を曖昧にしていると両方から“卑怯な敵”とみなされるだけです。

その結果、ヘタをするとフィンメール族のように散り散りになってしまう事すらあり得る。

王国が出した条件、あなたは『地位と金』と言い捨てたが、アレは王国がリリース族を責任もって庇護する用意がある・・・という事です。

リリース族にとっては、苦しいときがやって来ます。

その事を覚悟しておくように申し上げたい。」


「覚悟して・・・旗幟鮮明にせよと、

・・・フ~~。

なるほど・・・森に帰ったら皆にそのことを伝えましょう。」


エンヘルンが馬車に乗り込んだのを見送ったあと、ランディはまた国王の面談室にと戻る。これから先の事で詰めておかないといけないから。


「ご苦労様。エンヘルン殿は気持ちよくお帰り願えましたか?」


「一応、念を押しておきました。」


「それは、それは。

しかしランディさん、あなたはえらく強引なように思えましたが、

あそこまで強く言う必要がありましたか?」


「策があるから・・・そのために必要だから・・・です。」


「策?如何なる策?

まだ聞いていないぞ、その話。」


ラムズ元帥が少し気色ばんだ。


「黙っていたのはそれを実現するための用意・・・かなり大がかりな準備・・・が間に合うか自信がなかったからで、また機密を要するからです。

お許しいただきたい。」


「詫びなどはどうでもいい。その策とやらを述べてもらいたい。」


「ウェルシ城を燃やします。


貧相な城でありますが、あそこには2万を遥かに超えるヴォルカニック精鋭が籠っています。テルミス王国軍3万では攻城は難しい。できたとしても損害は夥しいものとなりましょう。

ですから、このままでは講和に持ち込むより他ない・・・ではないですか?


城を燃やす手段として、火焔筒を用意しています。

火薬と云うもので城内に向けて勢いよく飛ばす事の出来る、太い竹筒です。

私達は『龍星』と名付けました。

この『龍星』の中には【油生成】の魔法陣を積み込むので、これ一本で100リットルの油が撒くことができる。その火焔筒を1万本用意しました。

つまり、ウェルシ城内に1000トンの油を撒くことができる。

ウェルシ城内は木造の倉庫がびっしりと立ち並んでいると聞いていますが、これでそれらを延焼させることができるはず。


ヴォルカニック軍が愚かでノロマであればそのまま焼け死ぬだけでしょう。混乱してしまったら、逆上して自滅的な攻撃を仕掛けてくるやもしれません。

しかし、ちゃんと統制が取れていたら・・・皇国本国に撤収しようとするはずです。城の背後が空いていますから。

もちろんそんな事は許さない。200㎞のエイドラ山中で壊滅させる!

山の中を走る皇国の軍用街道は、大きな吊り橋が3ケ所あり、切通しが5ケ所あります。我々イヤリル戦士団は、火焔筒の攻撃が始まると同時にそれらを落とします。それによって撤退しようとする皇国軍の道をふさぎます。

かつ、森の中に展開して待ち伏せ攻撃を繰り返します。

ですから、王国軍も急いで追撃殲滅戦を展開していただきたい。それによって、ヴォルカニック皇国の戦力を大幅に削る事ができるはず。」


それを聞いたラムズ元帥は、


「ウェルシ城を焼きだして、山の中でヴォルカニック軍を殲滅させるだと・・・

・・・うぬぬ・・・それが実現すると・・・

皇国の戦力を大幅に削るどころか、ほとんど喪失させる事となる。

我々の試算では、現在ウェルシ城には皇国の持つ戦力を全て集中させている・・・そう見積もっている。

それが壊滅すると・・・当分、皇国はこれ以上戦えなくなる・・・はずだ。」


そこに居た者は、全員ごくりと生唾を飲んだ。

暫くの沈黙のあと、穴兄弟の長男が、


「流石だなランディ。

皇国を叩き潰すところまでを考えていたとは・・・恐ろしいヤツ。

・・・、

サムエル公国の時もそうであった。軍事的圧力をかけて押しつぶしてしまえと提案したのはお前だった。

お前は・・・全くもって『国殺しのランディ』だ。」


穴兄弟の長男は厭なあだ名をつけるのが大好きなのだ。


「いえ、とんでもない・・・国殺しなんて・・・。

私は国境に巨大な城を建てることにより、サムエル公国を威嚇して圧力をかけるように献策しました・・・それは強国が良くやる手ですから。

しかし、公国の貴族達に懐柔やら脅迫やらして、ついには大公暗殺にまでもっていくなど・・・そんな事は、私には想像もつかない話です。

のような真似は、私にはおよびもつきません」


『暗黒大魔王』、ランディは遠回しに言い返してみたくなったのだ。


「大公暗殺!

あれには儂は手を出しとらん。あれはあくまでもサムエル公国内部の連中がやったことだ。

そもそも、普通に裏工作した程度ではあそこまでにはならん。そこまで為るように圧力をかけたのは、お前の策、つまり国境のあの山城なのだ・・・だから・・・サムエル公国を掌にのせて転がし、挙句の果てに大公を暗殺させたのは

ランディ・・・お前だ!

お前こそがその黒幕の大悪党ということだ。

そういう事だ!」


「えっ・・・え~~!」


まなこをまんじりと広げて絶句しているランディに、モルツ侯爵はニヤニヤしながら、


「ホッホッホ、

ランディさん、我々のでは悪名こそが勲功のほまれなのですよ。」


のたまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る