第127話 ウェルシ城Ⅰ

ウェルシ城はラル盆地の北辺に位置している。元々はウェルシ公国の首府で、その街全体がすっぽりと城壁の中に納まれていて、日本で云うならば惣構そうがまえの城だ。街一つがまるまま中にあるので、端から端まで3㎞弱もあって城塞としてはその規模はかなり大きい。が、所詮名ばかりの公国ウェルシ公国であるので、その城壁は少しばかりショボかった。ヴォルカニック皇国軍は2年をかけて改修してきたが、一から建て直したわけでもないので、やはり城塞としては見劣りするのは致し方がないと言うものである。ただ規模が大きいので大勢の騎士・兵士、2万5千の兵力がそこに籠り、兵糧の備蓄も十分以上に蓄えてある。そして、ヴォルカニック皇国との間の200Kmにもわたる山道は軍用道路として整備されていることは既に述べてきた通りである。

ついでに言うならば、そこに住んでいた万余のウェルシ住民は、邪魔になるからとすでに後方のヴォルカニック本国の送り込まれてしまったので、今この城に居るのはヴォルカニック軍2万5千以外にはウェルシ大公とその部下たち500名ほど、要するに戦闘員と政治指導者以外はもうここにはいない。


テルミス王国軍が先のラル盆地での会戦で勝利して後、皇国軍は大規模な野戦を避けていた。櫓ゴーレムと即築城に対抗できる戦法を見いだせていなかったからだ。そのために王国軍はラル盆地へ大きな抵抗無く侵入することができたし、また後方に兵站拠点の築城もできた。そのおかげで兵数もいまや3万近くに膨れ上がっている。

そしてじわじわと進軍してゆき、ウェルシ城が見えるところまでやってきて大規模な陣を築き始める。ここに3万を超える軍勢を集めて・・・いやもっと必要だ、土木や補給要員を含めると6万にも上るであろう・・・本格的な攻城を行うためである。


しかし、うまくいったのはここまでである。


ーーーーーーーーーーーーーーー


日がとっぷりと暮れて、地面が夜空よりも黒々としてきた頃、ヴォルカニック軍の騎士アーガスは30騎の部下を率いてウェルシ城の北門を後にする。

城の南側はテルミス王国軍がびっしりと詰めていたが、規模のおおきなウェルシ城を完全に取り巻くのは不可能で、この北側の門の辺りまでは兵を廻せない。だからその隙間をぬって夜間に騎兵の小隊を出撃させているのである。

ここから一旦、東方の山のなかをすすんでウェルシの村の中に入る。そこで昼間は潜んで休み、夜になるとテルミス軍を大きく迂回して背後に廻る。そしてその背後を荒らして、また城に戻る。そういう手はずになっている。



「居たぞ。」


夜の草原・林の中を駆け続け、ついに獲物を発見した。

向うの街道で、輜重部隊が野営している。

兵糧の麻袋を積み上げた荷車が5台並んでいて、その前に焚火が炊かれていて、まわりにテントが5つばかり。


「テントで寝ているヤツが20人、となると不寝番が5~6人で全部で30人強か・・・あとは荷車の方に居るか居ないか・・・強襲するか。」


馬の口にばいを噛ませ手綱を引いて近づいてゆく。

そしてあと4∼50mの距離の林のはずれまで出ると、

「騎乗」

と小さく声を掛け、

「総員突撃!」

と低く呟く。


呟く様なごく小さな掛け声であり、声が届いたかどうかはわからぬ。しかし、全員がアーガスの動きをよく見ていて為すべきこともよく理解している。総員一糸乱れぬ動きで馬を駆けさせる。

焚火にあたっていた不寝番が突然の馬の足音を不審に思ってそちらを振り向いた瞬間、暗闇の中から大きなやいばが飛んできた。

ガツンッと衝撃を受けて、すぐに意識がこと切れる。

次にテントに向けて何本もの槍が突きこまれ、これから辛うじてのがれてテントからふらふらと逃げようとする者にも、後ろから大剣が降ってくる。一時阿鼻叫喚に包まれるが、たちまちにして野営地は死体が転がり、再び静寂に包まれた。


「燃やせ。」


今度はこの一声で数人の兵が馬から降りて荷車の方に歩いてゆく。かれらは瓶に詰めた油を兵糧の麻袋にぶっかけてゆき、次に火縄を吹いて火をつける。

そして他の人数は、積み上げられた麦の袋に剣を叩きつけて燃えやすいように袋を破っていく。やがて荷車が火に包まれるのを確認すると、


「よ~し、引っ払うぞ。」


あとは騎乗で退却して夜通し走り抜き、日の出前に別の村に入った。そこで、戦利品に取ってきた10袋ばかりの小麦粉をくれてやり、昼間はそこで潜んで夜になると次の獲物を求めて出撃する。


この様にして1週間ばかりも荒らしたらウェルシ城に戻る。

そんな小隊が50近くもいる。全て手練れの騎士達であり、これはヴォルカニック皇国ならではの戦術なのである。


いくら櫓ゴーレムが手に負えないと言っても、指をくわえて見ているわけにもいかない。大規模な襲撃は無理としても、少数の騎兵部隊でもってする遊撃戦ならできる。

精鋭の騎兵を大勢有するヴォルカニック軍は、その持ち味を生かした戦術でもってテルミス王国軍の背後を引っ掻き回し、その兵站線をおおいに脅かした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まったく、どちらが攻められているのやら・・・。」


ランディは、作戦会議の中でボヤいてみせる。

彼は西部のエイドラ山地の奪還をほぼ終えたので、今はモルツ侯爵派遣の作戦顧問という肩書で王国軍の本営の幕僚の中に紛れ込んでいた。

攻城のために膨大な人員を集めた。当然、膨大な補給が必要となる。そしてその膨れ上がった補給線が、ヴォルカニック騎兵の小隊による遊撃によりおおいに脅かされるようになってしまったのだ。このままでは、この大軍はそのうちに干上がってしまうだろう。


「それを心配するのはこちらの仕事だ。」


王国騎士団の参謀達は不愉快な顔で応えた。

よそ者のランディに嫌な事を指摘されて、こんな面相になってしまったのだ。

しかしその様子は、彼らが問題と自分たちの責任をよく把握しているとの事でもある。

生前ランディは彼自身も自衛隊と言う軍事組織に居たのであり、その気持ちはよく理解できた。だから一々気にする様子もない。


「これだけ敵さんの騎兵が動き回れるのは、あちらこちらで補給所や基地が隠してあると考えるべきでしょうな。まさかウェルシ住民が自己犠牲的にヴォルカニック騎兵の協力をしているとは思えない。」


「そうとも言えまい、我らが勝ってウェルシを占領を完了したあかつきには、この地は全て山の民・森の民に返却される。連中にとっては、死活問題であるからな。必死になってヴォルカニック騎兵の協力をしていてもおかしくないぞ。」


"なるほど"とうなずいて、同席している一人の老女の方に目を向けた。

顔を白粉で真っ白に塗り占めて朱い隈取りという異様な化粧を施し、白い麻衣に身を包んでいるエルフの老女、イヤリル神社の大巫女エルメダもこの軍議に参加している。

メルラン神社との約定がしっかりと守られているかを確かめることと、イヤリル戦士団の軍監としての立場のためにである。


「我らの取り返すべき故地とは、清浄なる森と山なれば、ラル盆地などという澱みたる汚地なんぞに要望はさらに無し。後々も勝手に耕して住み着くが良かろう。」


「うへっ、さようで・・・」


ランディは軍人相手なら、それなりに慣れているが、大巫女となるとどのように対応していいのやら・・・わからないので畏れ入ってばかりなのだ。

しかし、それと策謀とはまた別の話。大巫女はラル盆地は澱んで汚れた地なので要らないと言っている。それなら、やり易い。


「となると・・・要は住民を味方につけて、情報を集めればいいわけであって・・・。

一つは、その『汚地』に住んでいる連中に後々までの耕作を安堵する事。

ウェルシの農奴からしたら、ヴォルカニックに義理立てする理由など何もないはず。だから、将来を約束されたなら簡単にこちらになびくでしょうな。

今一つは、東側の山の中、そこは山の民・森の民に返却してもらわなければならない。そこに住んでいる連中には、立ち退きを求めることになるが・・・代わりのものを用意する必要がありますな。王国内の開拓地の提供を約束する事ではどうせす?

もちろん情報の提供という貢献次第であるが。

まっ、西側の山地は我々がどうにかいたしますので。」


「はじめのは問題ないが、次の開拓地の提供・・・そんなことができるのかね?」


「そりゃ、問題ないと思いますよ。王国の各地に開拓村があるんだ。そのための奴隷が足らないというぐらいなんだから、ウェルシの痩せ細った農奴からしたら結構な話だと思いますよ。連中にとっても、山の中のちまちました畑よりもそっちで雇われているほうがずっといいに違いない。」


ランディはハームル牧場に行った時の経験で言っている。参謀達はほとんどが貴族出身だ、そんな世情にはとんと無頓着なのである。


「しかし、全部でどれほどの人数が居るかわからんのだぞ、開拓地が本当に足るのか?。下手な空手形は打てんぞ。」


世相には疎いが責任感は強い。だから自分の所轄範囲外の事に関しては臆病ですらある。軍人とはそう言うものである。


「じゃあ、早い者から与えるという事でいいんじゃないかい?なくなったら、それでおしまいということで。まあ、要は山の中にウェルシの村がなくなればいいのであって、開拓地云々はともかく王国内に連れていっていただいたら、こちらとしてはそれでいいということになる。」


「・・・なるほど・・・」


大したアイデアでもないが・・・他にこれと言った案もないので参謀達は納得してみることにした。


こうして、ウェルシ城攻略の前にラル盆地と東側の山中に住んでいる居住民対策を先に進めるということが決まる。

先ず本国に連絡を入れ、ウェルシ住民の開拓村受け入れについて審議される。この地域を抑えたら、ウェルシ住民の問題はいずれ被さってくる事案であり、このことは即決で許可された。

そして、テルミス王国軍からお触れを伝える使者が各村にむけて送られる。

一方、東側のエイドラ山中では王国軍とイヤリル戦士団が合同で行動し、森の中にある村を接収してゆく。住民たちは順に王国へ開拓民として送り出された。

ラル盆地東側の山と森は、補給路がないのでイヤリル戦士団も手つかずだったのだ。今度は王国軍の手助けで盆地からの補給を受けて、イヤリル戦士団はウェルシの残党の砦をしらみつぶしに潰してゆく。

おおよそ6ケ月かけてこの作業を終えると、ヴォルカニック騎兵の活動はかなり低下した。いや、完全に無くなったわけではない、その活動範囲が大幅に狭まってウェルシ城周辺に限られたものとなり、以前のような神出鬼没の活躍はできなくなったのだ。


こうして兵站の問題は片付いて、城の間近くまでせり出したテルミス王国軍は本格的な攻城戦の用意を始めることとなった・・・が、ランディ達からするとかたずけておくべき外交問題がある。


リリース族の件。






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