第126話 快進撃 ラル盆地
南ラル会戦にて大勝したテルミス軍は、盆地の北端にあるウェルシ城に向かって進撃してゆく。櫓ゴーレムを押し立てて進む風景は、まるで城がそのまま移動しているようだ。
事実8つの櫓ゴーレムはランディの言った通りに動く城として機能していた。
櫓ゴーレムがやや
櫓ゴーレムがばらけてしまわないように、少し進むと立ち止まってその位置を調整している。だから行軍速度は普通に歩くよりもずっと遅い。一日に進めるのはせいぜい7~8㎞で、10㎞も進んだことはない。
こうして行軍してきたテルミスの軍団が開けた草原に来ると、櫓の上から周りを見晴らしている司令官が「ここらあたりでいいか」と行軍停止の命令を下した。
先ず8つのやぐらゴーレムが8角形の外周上に均等になる様に並び、その間を運んできた来た木柵で繋いで、囲い込んだ敷地が駐屯地となる。
これで、仮設の砦が出来上がった。今晩は、とりあえずその中にテントを張って野営することになる。
ヴォルカニックの騎兵が走り回るラル盆地の中では、下手な野営はできない。少し離れた場所からボルカニック騎兵の斥候がいつも監視していて、隙あらば襲撃する機会を探している。常々、それに備えていないといけないのだ。
そして次の日からは、まず、駐屯地の周りに壕を掘り土塁を築く。
暫くすると、山と森の義勇軍の連中がやってきて例の『ゴミ箱の蓋』を使って土塁を城壁に変えてゆく。それだけではない石造りの塔も立ち始め、4~5日もすると仮設の砦が立派な城塞と生れ変る。
そして、ここを足掛かりとして、櫓ゴーレムとテルミス軍はまた先へ先へと進軍を始める。
全部で1週間ほどの間のでき事である。
この様にしてじわじわと進軍するテルミス軍には、背後にはこのようにして作り上げたいくつもの城を構えていて最前線には櫓ゴーレムが頑張っている。
こんな具合なので、いかに精鋭のヴォルカニックの騎兵軍団でもってしても隙が無く、この進撃をとどめようとしても如何ともしがたい状況なのである。
とはいっても、先頭を進むのは所詮櫓ゴーレムであり、太い丸太をおっ立てただけの足では障害物やぬかるみを乗り越えて進むのはなかなかに大変だ。その進軍速度は決して速いものではない。
さてランディとイヤリル戦士団である。ラル盆地の西側の山中でも連中なりに戦を再開しようとしている。
「じゃあ、こちらもおっ始めるか。」
「ウェルシ共は浮足立っておる。早くせんと逃げてしまうわい。」
「逃げてからでいいじゃないか。」
「なにを言うとる。そんなのんびりしとったら、武功なんぞ挙げられんぞ。」
ランディとしては“武功”なんぞは知った事ではないが、追撃掃討戦が最も戦果を挙げやすい。先々を考えるとここで思い切ってウェルシ達を叩いておくのが上策と言うものである。
一気に北上することにした。
ただ、ここで一つ問題があった。
これまでとは違って、彼らが活動できるのはラル盆地の西側の山と森だけとなっている。
盆地の西側はゴムラに繋がる山道が網の目の様に張り巡らされて兵站線が張り巡らされている。しかし、東側にはそれはない。そもそもそっち側には山の中の補給路を作っていないのだから。
ラル盆地は南北に細長く伸びてエイドラ山地を東西に分けている、山と森の軍勢からするとこの盆地が大きな障壁となって東西の行き来を阻まれてしまうのだ。
盆地のなかではいたるところで、テルミス軍とヴォルカニック軍の小部隊が入り乱れて小競り合いの戦闘を続けており、ヴォルカニック軍の騎兵兵団が駆け回っていた。そのためにこの盆地の行き来はかなり障害があり、安定した補給路には到底なりえない。
だから東側の山と森には手を付けるのは止めておいた。
もっと有利な情勢になってからで遅くない、それがランディの判断だ。
ランディは軍監の大巫女エルメダと話し合っている。
「まっ、東側はまた後でという事で・・・まず、西側を片づければいい。」
「左様か。御辺がそう考えるのであるのならば、そうすべきであろう。
で、何処まで行くつもりかえ?」
「北に向かって行けるとこまで行けばいいんじゃないか。西側に限ってだが。」
「なれば・・・リリース族のところまで行くことになるが、そのつもりかえ?」
リリース族とは、エイドラ山地東領域で一番北側に住んでいる連中の事だ。
ラル盆地を北に超えて進むとリリース族の領域にあたるという。
彼らの領域はヴォルカニック皇国と接していて、そこで治安の維持や交易やらで皇国と上手くやってきた連中である。
先に話したが、エリーセがヴォルカニック皇国に入る際に世話になったのは、このリリース族なのだ。皇国とはそれなりに友好関係にあり、はぐれ者や山賊を一緒になって取り締まってきた。そのおかげで、フィンメール族のようにウェルシからの攻撃の被害を被る事も無かった。
つまり・・・今回の皇国と戦争しているという状況では、少し微妙な立場にあるとも言える。
「なれば・・・あらかじめリリース族の族長と談合しておいた方が無難じゃろう。」
これまでは軍略の事で口を挟むことはなかったエルメダであるが、こんなことを言い出した。
「妾にはイヤリルの総代としての立場がある。
此度のテルミス王国との盟約を守るためにリリース族の
これは政治的な配慮というわけなのか・・・ならば、無碍にはできまいとランディは納得するが・・・さて、何をどう談合すればいいのやら・・・。
「その辺は俺に言われても、どうしたらいいのやら・・・。」
「もちろん、それは妾のお役目じゃ。
されどこの話は・・・この
その辺りいかがなのじゃ。その辺りの話は御辺にしてもらわねばなるまい。」
「そのリリース族の族長、信用していいのか?」
「信ぜずしていかがする。裏切るような者ではない。」
「いや・・・そう言う事を言ってるのではないさ。話した情報がヴォルカニック側に漏れないか、その点だよ。」
「・・・さて・・・いかがであろう・・・リリース族なりに皇国に対する友誼があるからのう。」
「じゃあ、戦略・戦術についてあまり込み入った話はできんよ。」
「・・・仕方ないのぅ・・・しかし、そういう話をしても
「そもそも、今の時点で皇国をどう料理するか、そんな事はなにも決まってない・・・というよりもわからんだろ、そんな先のことまで。」
「ならば、“分からぬ”と言うより他あるまい・・・か。」
「確かなのは皇国は我々の敵だという事だけだ。それ以上のあれやこれやの可能性の話は、軍事機密となる。」
「ふぅ~、そうなるかのぅ・・・あの者にとっては辛い話になろうのう。」
「辛い?・・・やっぱり、裏切るとでも?」
「よもやそれはあるまい。万が一にも裏切ったりもすれば、もはやリリース族はエイドラ山地には居れなくなろう。その事はあの者とて重々承知のはず。
ただ・・・帰ってのち、かの部族の面々にいかが説得できるか、それが
「・・・。
じゃあ・・・利益と言うことになるか。
なにか旨い話を持ち帰らせて、部族を説得させる。」
「利を喰らわせる・・・きれいごとではすまされぬか。
されど、それもやむなし。」
「ああ、本営に掛け合ってその利を頼んでくるよ。それまでは、その談合待ってくれないか。
まあ・・・そのリリース族は、対ヴォルカニック皇国戦略で後々重要になってくる。王国もつれない返事はするまいさ。」
リリース族の問題は、王都に戻っているモルツ侯爵に手紙を書いておくこととした。
それはさておいて、ランディ達イヤリル戦士団もエイドラ山中の北上を再開する。
さっそくエルフの偵察部隊より、情報がもたらされた。
「ウェルシ達の大規模な拠点が見つかった。」と
その場所は、ちょうどラル盆地から西に10㎞ほど山の中に入ったところで、
「そいつは、ただの砦ではない。規模と出来からいうと城というべきものだった。洞窟の出口に塔と城門・城壁を作っているんだ。」
洞窟を後ろに控えているという事は、砦は見た眼よりも規模が大きくて大勢の敵兵が守っているということになる。しかも背後から攻めようにも、その背後は洞窟に被さる山そのものになっているので、なかなか手ごわそうだ。
フィンメール族義勇兵のエルフによると、
「ああ、あの洞窟か。あれは風穴になっていて、嵐になると風が吹き込んで、ヴォ~ォ~ン、って鳴るんだぜ。
ウェルシに盗られる前は“大鳴り洞”って、俺たちは呼んでいたんだ。」
「風穴って・・・あの、洞窟と同じなのかい?」
クルスの谷を攻撃する足掛かりの拠点とした洞窟のことを言っている。
「その通りだ。あの“スープの砦”と同じ。だけど、こっちのほうが10倍も大きい。」
あの洞窟だけでも100人が楽に起居できた。その10倍も大きいとなると千人ぐらい籠る事もできるという事だが・・・。
「その大鳴り洞と言う事は、スープの砦と同じ様に風の抜け穴もあるということかな。」
「ああ、あるよ、山の中腹に割れ目が裂けた様な穴がね。その穴を通り抜ける風が『ヴォ~ォ~ン』と鳴るわけさ。
大きさは・・・そうだねぇ~、」
と、両腕を広げて幅はこれくらいだと、高さは背丈で2人分ほどもあると。
「はて、その抜け穴なんだが、その辺りはどうなんだろう。」
つまり山の麓の洞窟の出口の周りには砦となっているらしいのだが、抜け穴の辺はどうなのか。どれぐらいのウェルシの兵が守っているのか?
その穴を利用してこの砦を攻略できはしないのか・・・
「その辺りを含めて、もっと詳しい情報が欲しいな。」
「頭酋よ、
我らはバイフェンの森の風の吹き抜けるがごとくに、すべからくその地を視て確かめて来よう。」
イヤリル戦士団のエルフの戦士長が請け負ってくれた。
一週間の後、その報告が返ってきた。彼は手書きの地図を指さしながら、
「山の南東斜面に砦が造られている。表に出ている砦の部分は小さいながらも城の門の様に多数の石の
その前は山の谷間になっており、狭く大軍は配置しづらい。
そして、東に向かう一本の道が通っている。向きから考えてウェルシ城に繋がっているのだろう。
頭酋よ、我の思うに・・・この城は攻め難い。
正面から攻めようにも、その前には大勢の兵を配置できる広さがない。しかも、広い洞窟の中には敵兵が大勢控えていよう。無理に攻めても味方の損害が増えるだけであろう。
それだけではない。ウェルシ城への道も繋がっておれば、時間をかけているとヴォルカニックの援軍も来るやもしれん。」
表に出ている砦自体は硬い守りながらも、さほど大きな規模ではない。しかし、後ろに洞窟が控えているので、そこを守備するウェルシの兵は大勢いる。そして、攻め立てる立地となる場所は狭く、大勢の人数で攻めかけることもできない。
しかも手間取って時間をかけてしまうとヴォルカニック軍の援軍がやって来る。
確かに攻めにくい城塞だ。
「で・・・たしか、裏に抜け穴が通じていると言ってなかったかい?」
裏側の抜け穴から攻撃するという手は?
「もちろん、そちらも見てきた。
ちょうど山の裏側の少し登ったところにその抜け穴はある。
抜け穴と言うよりも地面の裂け目、風の抜け口と言うべきで、大岩に挟まれた隙間が地面に開いて中から生暖かい風が抜けていた、そんな処だ。中は人が入り込むには狭くて無理だ、そこから侵入することはできまい。」
「地魔法の【土消失】を使って掘り広げられないのかい?」
「どこまで掘ったら広くなるのか・・・それは、やってみねば判るまい。
さいわい、辺りに敵兵の監視は薄く、やってやれないことは無い。しかし、警戒していないということは、警戒する必要すら感じてもいないという事でもあろう・・・。」
敵のウェルシも抜け穴の事はよく知っているだろう。そのうえで、警戒もしていないというのは、やはり人の通る通路としては使えないと考えているのだろう。
しかし正面からは難しい、搦め手からの攻撃を使いたい。
ランディは少し考えて、
「なるほど・・・ならば・・・アレをやってみるか。」
『アレとは一体何だろうか』、エルフの戦士長は聞きたくもあったが、ランディは一人でブツブツとつぶやきながら考え込み始めたので、話しかけるのは憚られてそのまま聞きそびれてしまった。
数日後、3千もの兵を集めて山の中を進軍してゆく。イヤリル戦士団と山と森の義勇軍で動かせれる者を全てかき集めて揃えた軍勢だ。
現地に到着してすぐに、洞窟開口部の砦の周囲をびっしりと取り囲み、その様子を観て
「確かに、この城を正面から落とすのは難しそうだ。」
「頭酋よ、いかがする。」
「まずは例の抜け穴を見に行くか。」
そして山の裏に廻り、その穴と言うか地面の裂け目と言うか、そんな開口部を見るがやっぱりそこを人が通るのは難しそうだ。
だた、その穴からは生暖かい空気が流れ出てくる。
「大勢が洞窟の中に居るんだろうな・・・その臭いがしてきそうな風だ。
・・・なるほど・・・
ならば、その穴から
「燻る・・・煙と言うものは下から上に昇るものだ。果たして地面の底に煙を吸い込ませる事ができるのか?」
「何を言ってるんだ。エルフは風の魔法が得意なんだろう?
地中の中に向けて、逆に風を流し込むなんてお手の物だろうが。」
「頭酋よ・・・その通りだ・・・。
風使いを連れてくればいいだろう。
その程度の事ならば、イヤリル戦士団に山ほど居る魔術師がたやすくやって見せよう。」
まずは風穴を掘り広げて、地面に4mほどの幅、深さで8mほどの深い縦穴を作る。そこに生木や松の葉やヤニのついた樹皮やそれ以外にもの様々の草を詰め込み、火をつける。直ちにもくもくと煙が立ち始め、その煙の勢いが盛んになってきたころ、
「よし、じゃあ風使いにこの穴の奥に風を逆流させてくれ。」
穴の淵に立っている4人のエルフが風魔法で穴の奥へと空気を押し込んでゆく。それまでは上に上っていた煙が途絶えて地面の奥へと逆流していった。
あとは煙の燃料を足していってやればいい。
風使いは半時間ごとに交代するとして、一昼夜ぶっ続けにやれば洞窟内はこの煙が充満して、これで中の連中も参ってしまうだろう。
もう、ここはこれでいい。
あとは砦の正面側に戻って、ウェルシの動きに備えよう。
こうして3時間ほど過ぎて、砦の正面側の本部隊で待っていると。
「頭酋、砦のウェルシ達が大騒ぎとなっている。降伏してくる連中が後を絶たない。」
急いで様子を見に行くと、
城塞から煙があふれ出ていて、そこから避難してくるウェルシの兵がボロボロとこぼれてくる。
そしてそれを誰も止めようとしない。砦の中の指揮は崩壊してしまったのに違いない。
・・・いや・・・今度は大挙して集団で逃げてきた。
「助けてくれ!」
こう叫びながら。
ドワーフの盾に囲まれて砦に近づいてゆくも、だれも反撃してこない。それどころか城門が開きっぱなしで、とりあえずその門を確保してから中に進んでゆく。
そして洞窟の入り口から中をのぞくと・・・煙が立ち込めていてよくわからない。煙は上ではなく床に這うように漂い、その床には大勢が折り重なるようにウェルシ達が倒れていた。
死んでいるのか・・・ある者は、ゼイゼイと喘鳴しながらうつ伏せとなっている者もいた。
「煙を止める様に伝えるんだ。そして、入り口から風をおくってくれ。」
心の中の動揺を隠すために、声を落ち着かせて指示を入れる。
洞窟の中はとんでもない惨状であった・・・戦どころではない、直ちに救助に働かねば。
煙がウェルシ達を苦しめただけではない、一酸化炭素をはじめとする有毒ガスが洞窟内に充満して中にいた大勢の者を窒息させていたのだ。奥の方には戦闘員以外の女子供すらいて彼らまで倒れていた。
何百人も殺してしまった、生き残って救助された者もそのほとんどが日を経ずしてなくなってしまったから。
「これは・・・なんと!
情け容赦もない・・・
頭酋よ、この勝利に名誉はない。」
「ああ、まったく・・・その通りだ。」
“まったくもって、おっしゃるその通りだ。しかし俺はもっとエゲツナイことをしようとしている。もっと大勢を虐殺しようとしている。この程度で、メゲているわけにはいかないんだ。”
ランディは肚の中でそう呟いて表情を殺していた。
なにはともあれ、ラル盆地の西側のエイドラ山地は完全にランディ達のものとなった。
そして戦士団はもっと北上して、ウェルシ城から北に向かって走っているヴォルカニックの軍用街道の走っている山と森もほぼ勢力圏に含めてしまう。
しかし戦士団は森の中に潜んでいるだけであった。ヴォルカニックの輜重部隊や伝令たちが何も気づかずに街道を行き来している様子を樹々の後ろからじっと見張っていただけなのである。
ランディの頭の中にはもっと大きな
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