第125話 激闘 南ラル会戦;母の股と父の腰

夜明け前に木柵の後ろに2万8千の兵がズラリと並んで日が昇るのを待っている。

そして朝日が山の尾根から顔を出した時、馬に乗った士官が前に出て


「総員並べぇ~

・・・

前に、すすめぇ~!」


と掛け声を挙げ、それに合わせてこの大兵団が一斉に木柵を押し倒してゆっくりと前進を始めた。

向うからテルミス陣営を監視していたヴォルカニックの偵察兵は、テルミス軍のこの様子を見つけて自陣に合図を送り、こちらも大わらわであらかじめ決められた隊列を組み、戦列兵の槍衾をズラリと並べて待ち受ける。


テルミス軍の兵団は2万8千の大軍を横にずらりと並べてゆっくりとゆっくりと前進してきて、ヴォルカニック軍まであと500mとなった時、その足を止めた。

そこで陣形がいったん崩れて、今度は横並びの9つの兵団に別れる。

ヴォルカニック軍はその意図がつかめず戸惑いが走ったが、すぐにそのに変わることとなる。

後ろから砦が動きだしたのである。

いや・・・砦ではない・・・櫓だ。

8つの櫓が前に向けて!。


その歩く櫓が9つの兵団の隙間を前に出てきたとき、王国軍の兵は8つの歩く櫓のそれぞれにまとまって、今度はその足元を固めて後ろに続く。

そして8つの櫓が一塊となり・・・まさしく動く城だ・・・それが攻めてきたのである。


櫓が近づいてくると、櫓の上からは図太い声の勇壮な掛け声が聞こえてくる・・・


テンテケテーン♪~

おか~ちゃんのま~たがパ~クパ~ク

そぅ~れ

おか~ちゃんのま~たがパ~クパ~ク

トントコト~ン♪~

おと~ちゃんのこ~しがヒ~コヒ~コ

そぅ~れ

おと~ちゃんのこ~しがヒ~コヒ~コ


櫓の中ではぎゅうぎゅう詰めになったドワーフ達が音頭を合わせ、巨大で不細工な足を動かす櫂をこいで、櫓ゴーレムはヨッコラヨッコラと不器用な歩みながらも前進してきた。

そして、そのままただひたすらに前進を続ける。細かい運転はできないのだ。

やぐらの上に立って高所から周囲を見回すエルフが、大まかな向きや速度の可否を伝えるだけだ。


「ちょっと右に寄り過ぎてるぞ~、右足もう少し早くだ!」


それを聞いて、ドワーフの指揮者が、

”おが~~ちゃんのば~~たが、バ∼クバ~ク、

そぅ~れ

オカーチャンのマータが、パークパーク、”

と声の大小を変えて漕ぎ手に音頭を入れる。声の大きさに合わせて左右の歩幅の大小を決めているのだ。


こうして、8台の櫓ゴーレムは時に右寄りに次には左寄りに、少しばかり左右にふらふらしているが、だいたいではまっすぐに、ヴォルカニック皇国軍の陣営に向かって突っ込んでくる。

足下では、テルミスの重装歩兵(戦列兵)やら弓兵やらがその周りをざわざわとついてくる。


砦に築かれた櫓(やぐら)と思い込んでいたのが、突然その太い柱を足の様に動かして、突っ込んできたのである。ヴォルカニック軍の騎士も兵も状況が理解できず、つまりはどうしていいのかわからなくなって、たちまちにして恐慌に陥ってしまった。

指揮官は、


「落ち着け∼、落ち着くんだ~、あんなもの何の役に立つんだ~、大した脅威ではない。このまま押して行け~」


と、とにかく兵たちが動揺して隊列が崩れない様に、そう怒鳴るより他ない。

そして、ヴォルカニック側も前進を命じようとした時、櫓ゴーレムの上に居たエルフ達が一斉に矢を放ち、空中にパラパラと弧を描いて矢が飛んできた。

それをみた指揮官は少しホッとした、


「これしきの矢、盾を掲げて耐えろ!」


ヴォルカニックの歩兵たちは頭上に盾を掲げる。心配はない、大した矢数ではないのだ。

すると、その矢の落ちた地面で、


ドドーン、ドドーン、


突然、大きな爆発があちこちで炸裂して歩兵たちは吹き飛んでいく。


「なにっ、魔法!!」


鏃の小さな水晶玉に込められた【爆発】は、通常のファイアーボールよりもはるかに強力である。かつ、射程距離も遠い。

ここで歩兵たちの頭のなかに、


”もはやすべがない!”、


そんな考えが念頭に浮かんだ時、彼らは立ち止まってしまい、盾を立ててその後ろに身を屈めてしまう。

戦列兵の指揮官ももはやどう命じていいのかわからなくなってしまう。


「くそったれ!」


後陣からこの様子を見ていた騎兵隊司令官ハインツは、とにかくこの場を抑えるためにどうしたらいいのか、必死に考える。いや考えている暇などない。ゴーレムを迂回して後方からついてくる歩兵に攻撃をかけて、少しでも時間を稼がないと。


「ついてこい!」


そう叫んで、騎兵の大部隊を率いて右翼へと馬を走らせた。


ドドドドドッ


騎兵大兵団が、地響きを上げて後ろを追いかける。

テルミス軍の右方を迂回して回り込んで背後を突くつもりなのだ。そうしたとして、果たしてどうなるのか・・・正直、予想も想像もつかない。

しかし、迷っている間が合ったら突撃する!

それが誇り高きヴォルカニック騎兵と言うものである。

それが一番だと信じて、騎兵大兵団が突っ込んでゆく。


平野を駆ける騎兵大兵団を見つけたエルフは、櫓にぶら下げてある銅鑼を叩いて、“ジャンジャンジャン”と警報をならし、櫓ゴーレムはこの音で立ち止まった。

そして、下をついてきたテルミス歩兵団は、櫓の足元を取り巻いて分厚い円陣で囲み、周囲に向けて槍衾を並べた。


「騎馬隊が来た~、左だ、左後ろ側から突っ込んでくるぞ~」


櫓上のエルフが叫ぶ。この声を聴いて、下の歩兵は左側に密に陣を固めてゆく。

左側斜め後ろ横から大騎馬隊が土煙を盛大に上げながら突っ込んできた。


「【爆発】矢を用意!」


櫓上からでエルフの隊長が指示を出して、まず【爆発】矢を打ち込んだ。

突撃してくる騎馬兵団の中に10発ばかりの爆発が起こり、何十騎かの騎馬が吹き飛ぶ。しかし、その程度で怯むようなヴォルカニック騎兵隊ではない。そのまま、勢いを弱めることなく突っ込んでくる。


「次、【土槍】矢!」


次の斉射は、騎兵隊の前方であった。矢が地面に刺さると、そこから幅2mばかりの土の柱が生えてくる。今度は、鏃に【土槍】のオドを込めたのだ。

最前列の騎兵がその土柱を避け損ねて衝突して馬から転げ落ち、後ろの騎兵はそれを避けるために速度を落とし、馬を横に向ける。

それを狙って、足元の円陣の中からテルミス軍の弓兵が矢が次々と放つ。そして、その矢が刺さって馬は逆立ちとなり騎兵が振り落とされてゆく。

その間にも、櫓上から【爆発】矢・【土槍】矢を間断なく打ち込み、大騎馬軍団の勢いを削いでゆく。

ついにヴォルカニック騎馬隊の前衛は阿鼻叫喚の状況に陥り、馬の足が止まってしまい、そこを狙ってテルミスの弓兵が矢を雨のごとく降り注いだ。

もはや突撃は不可能となってしまった。

騎兵隊司令は、


「え~い、糞ったれめぇ。引っひっぱらえ~。」


こうして騎馬隊は引き上げて行った。

それを見届けた櫓上のエルフは、大声で、


「逃げて行ったぞ~、逃げて行ったぞ~」


下の王国兵にそうつたえ、取り巻く歩兵はまた隊列を整える。

こうして、櫓ゴーレムは再び前に進みだした。


もはや、ヴォルカニック皇国軍は全面的な潰走をするより他なく、戦場から潮が引くようにウェルシ城へと退却を始めた。



山の中腹の本営では、イエナー陛下と腹心のモルツ侯爵、王国騎士団総司令のラムズ元帥と参謀達、そしてランディらも交えて、この勝ちっぷりを見物・・・いや観戦・・・いや指揮していた。

それに加えて3魔術師達も混じっている。櫓ゴーレムの事を一番よく知っているのはこの3人なのだから・・・。


逃げるヴォルカニック軍を追ってドンドンと進んでゆくテルミス軍を見たランディは、


「深追いは止めた方がいい!

あの櫓ゴーレムはいつも左右にふらふらしながら前進している。器用に使える様な代物じゃあないでしょう。

このままやみくもに前進して、孤立してしまったら騎兵隊に各個撃破されて・・・それでおしまいになってしまう。

追撃掃討戦は無理だ。」


それを聞いたラムズ元帥は、


「そんな事は分かっとる!」


本当はなにも分かっていない。櫓ゴーレムなんて始めて使う戦術の用兵なんて念頭にあるはずも無い。ランディの様に戦象や戦車なんかの予備知識なんてないのだから。


「じゃあ、早く魔道通話で連絡を。」


ランディは、手遅れの無いように魔道通話で命令を下すように促した。正直言うとラムズ元帥の頭の中では魔道通話という手段すら忘れてしまっていたのだ、総指揮に使うのは今回が初めてなのだから。


「今、そうしようと思ってたところだ。」


“忘れてました”とは言えないので、憮然としてそう答えた。

その声を聞いて、参謀の一人が2階の魔道通話連絡室へとあわてて降りていった。

それを見送ったあと、3魔術師のデブが、


「しかしですね、あの櫓ゴーレムの進撃をどのようにして止めれるというのでありましょうか。」


自信たっぷりの新兵器なのだ。不器用と言われてムッとしても仕方がない。

で、ランディは答える。


「穴を掘ればいいのです。」


単純すぎる答えに、流石のデブも一瞬我を忘れてしまう。


「へっ・・・?」


「穴を掘って、あの丸太の足を落としてしまえば、足を取られてもう進めんでしょう?

それで、櫓ゴーレムは隊列を乱します。

そうなったら、バラバラになった櫓ゴーレムに対しては周りから個別に囲んでドッと攻め込めばいい。

【爆発】矢を放てるエルフの弓兵は強力ですが、所詮十人ほどしか乗っていない。孤立してしまったら火力としては大したものではない。騎兵の突撃が届くと思います。」


「じゃあ・・・もう役に立たないと・・・」


3魔術師たちは、苦労して開発した櫓ゴーレムがもう役に立たないのかと心配になってきた。


「いえ、まだ敵はその事に気が付いていないでしょう。いずれ分かるとしても、これを実際に活用するにはそれなりの戦術、そして訓練だって要ります。それまでは、まだまだ時間がかかりますよ。

それに、こちらだってその弱点を補うように対策を練ればいい。

要は用兵上の問題でしかありません。

で、しょう・・・ラムズ元帥。」


3魔術師達はホッとしたが、元帥は話を振られてちょっと不安になった。が、


「わざわざ言わんでも、そんな事はわかり切った事だ。」


と、とりあえず強気な返事をするのが軍人と言うヤツである。


「弱点を補う・・・とは?」


今度は3魔術師のノッポがたずねる。


「今日やった通り、大勢の歩兵で足元を固める。そして、障害があればそれを取り除いてゆく。地面に穴が開いているのを見つけたら埋めて板を敷いてやる。

そして、それぞれが孤立しない様に注意深くゆっくりと進んでゆく。そう、まさしく動く城として。

今日見た処、敵は精鋭の騎兵を5000ほど動かすことができる。これは脅威です。

どこかで隙を見せたらこの5000の騎兵がそこを突いて来るでしょう。

だから、着実に砦や城を築きながら進んでゆくより他ないとおもいますよ。

ええ、城を築くのには『ゴミ箱の蓋』が欲しい処でしょう。ギルメッツ・フィンメールの山と森の義勇軍から工兵として1000ほど提供します。ここから先は、敵味方入り乱れて、これまでの様に避難民を工事に使うのは難しいでしょうから。」


ランディが勝手に作戦の議論を進めたので、残りの一同はラムズ元帥の方を注視した。本来ならば、元帥の話すべき内容だから。

ここでランディはハッと気が付き、少し後悔した。

“少し言い過ぎた・・・出過ぎたマネをしてしまった”と。

“元帥は反感を抱くだろう”と。


ラムズ元帥はむっつりと閉じていた口を少し緩め、


「そう言う事だ!」


と、だけ言った。










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