第124話 風雲 ラル盆地
エイドラ山地の東端の方にあるラル盆地というのは、東西の幅が7~8㎞で南北に40㎞ほどもある細長い盆地で、山中にも関わらず標高は大したことは無い。エルフやドワーフからすると空気と水がマナで澱んでいるらしく、彼らからは『汚地』として捨てられてきた。そこにヴォルカニック皇国から流れ着いた『はぐれ者』達が耕作を始め、ウェルシ公国なるものが出現してギルメッツ・フィンメールの両部族の受難が始まったのである。
ラル盆地の北の端にはウェルシ公国の首府のウェルシ城が建っているが、今はヴォルカニック軍に占領されてその拠点となってしまった。
一方、盆地の南端にはテルミス軍が進軍してきた。
兵站線として50Kmにもわたる山の中を軍用道路を建設しつつの侵攻なのでここに来るまでに半年もかかってしまった。
とは言っても、ヴォルカニック軍がただ指をくわえて見ているはずもなく、ラル盆地の南端には防衛のための砦をいくつも築いて大軍で待ち構えているのは言うまでもない。
ただ、ラル盆地の南側に広がっている山の中は避けている。それはイヤリル戦士団がウェルシを圧倒して彼らの勢力圏としているせいであり、その山と森はテルミス・イヤリル連合軍のものなのである。
だから王国軍はまず山沿いに砦をポツポツと築いてゆく。やがて、それらが山の斜面を埋め尽すばかりになると、今度は横に繋いで大きな陣営に広げてゆく。そしてそこに3万の軍勢を集めた。
山の斜面を下りきったところのその最前線には木の柵が広がると共に、ちょっと変わった櫓が8つばかり立ち並んでいた・・・櫓ゴーレムであるのは言うまでもない・・・そして、それが何であるのかという事をヴォルカニック軍は夢にも知らない。
その櫓のてっぺんに3魔術師は登って、得意満面の顔つきで語り合っている。
「ついにここまできましたね。長い間の努力がようやく実りました。」
「いやいや、実際にどう活躍してくれるか・・・それは、まだなんとも言えないさ。その場になってみないとねっ」
「ケケッ、今になって俺たちがグダグダ心配しても仕方ないゼ。あとはドワーフとエルフの連中しだいなんだから。」
櫓の上から見渡すとはるか向こうの方にも柵が並んでいて、ヴォルカニックの軍勢がひしめいている。が、両軍とも戦線築城で固めているので容易に攻撃できない戦況となっている。だから両軍のにらみ合うこの状況で3魔術師が櫓に昇ってこんな吞気な事をしゃべくっていられるわけなのである。
ヌカイ河河口部の秘密地帯で櫓ゴーレム部隊を訓練し編制した。あれから、この櫓ゴーレムをばらして船に乗せ、今度は大きな荷車何十台にも分けて山の中をオッチラオッチラと登ってきて、この盆地で組み立て、こうしておったてた。
櫓ゴーレムに乗り組むドワーフやエルフ達も、すぐ下に詰めている。
後は彼らに任すばかりだ・・・そんな感慨にふけっていたわけなのだ。
「おや、愛しいダーリン。そんな所に昇っていては風が強くてお風邪を召しますわ。」
デイジーはいつものように口からは甘い言葉をうかべながらも、厳しい視線を突きつける。
「さっさと降りて来な。テメェなんかがいても邪魔になるだけだろっ」
ノエルは露骨な罵声を浴びせる。
「・・・チッ」
ティナが舌打ちをする。
そろそろ潮時のようだ。無視すると後が怖い。
3魔術師達は梯子で櫓から降りてゆくと、そのまま陣営の後方へと恐妻たちに引っ張られて退場していった。
今回の戦場はすぐ後ろまで山が迫ってきていて兵を並べることのできる平地はごく狭い。地の利はヴォルカニック側にある。
敵が攻めてきて、万が一味方の陣が崩れてしまうと兵たちが逃げようとしても、山に阻まれて大混乱をきたしてしまうだろう。だから3魔術師のようなひ弱い連中は初めから後ろの山の中腹に立ち並んでいる砦の中に居るのがいいのだ。そこからでも戦場の状況はよく眺められる。
王国軍の本営もそこにあり、既に国王イエナー陛下もそこに詰めていて毎日屋上から姿を現して、味方の兵士を励ましている。
この本営の砦は石造りの3階建で、最前線の基地としては少し立派過ぎる造りとなっているが、これは“ゴミ箱の蓋”のおかげであるに違いない。
一階は近衛兵たちの駐屯場所となっている。2階には大部屋があり、そこでは机がたくさん置かれていて魔道通話の魔法陣がズラリと並んでいる。この魔道通話は各部隊の司令官・隊長の所に繋がっていて、各々の部隊と直接連絡を取れるようになっているのだ。3階には国王と軍総司令官・参謀達のお歴々のための作戦会議室であり、ここからは広いベランダに出ることができ、戦場となるラル盆地の南側一帯が一望できる。
この本営のすぐ後ろにはランディらイヤリル戦士団の小さな砦が点々と建っている。ランディと軍監の大巫女エルメダもそこに居て、王国軍の作戦会議に参加することとなっている。
イヤリル戦士団はこの一帯の山の中を偵察・哨戒して背後からの奇襲に備えている。
万が一にも王国軍が敗けて退却する際には、街道を挟む山の上から援護するというのも彼らの役割で、いわゆる後詰というやつだ。
そして、エリーセと神聖騎士団の拠点となる砦もこの山に建っている。もちろん、ドワーフ達が建てた塔の砦だ。
神聖騎士団はあれから急速に膨れ上がった。おもに旧サムエル公国の騎士達が参入してきたのである。それで出兵してきた人数も30人と前回の3倍もの数となった。
一つの塔をまるまま占有して、そこに神聖騎士団の大きな旗をたなびかしている。
まあ、増えたと言っても30人なので戦力としてはどうということは無いのだが、治癒魔法の使い手の人数が増えるし、何しろ見栄えがするので王国軍の士気を大いに高揚させると歓迎されている。
こうして戦いの機は満ちていったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます