第121話 恐妻3強
さて、ここで時間を少しさかのぼって、デブ・ノッポ・チビの3魔術師の話をしたい。
彼らはバルディ修道院での年季から解放されて王都に戻ってみると、3人でシェアしていた屋敷:世間一般からは魔窟と呼ばれていた『魔道研究所』は、王立魔道研究所に建て替えられていた。
そればかりではない。
各々に、恐妻が強制的にあてがわれて終身刑となっていたのはすでにお読みいただいたとおりである。
さては、もうこの運命に観念せざる得ないか・・・と絶対絶命を覚悟した彼らであるが・・・。
幸運の女神は彼らに微笑みかける。
・・・ヴォルカニック皇国が戦争を吹っ掛けてきた。
これにより王国は挙国一致の戦時態勢に入ってしまい、平和な家庭生活などと言う終身刑は有耶無耶になってしまった・・・と、そう思われた・・・3魔術師達には。
デブ「王国が戦争に入りました。私たちもランディ達に協力して魔道具の開発をいくつかいたしましたが、その程度の功績に満足して、安穏と過ごしているわけにはいかない。そう考えるわけでありますが、いかがでしょうか。」
ノッポ「ふむ、全くそのとおりだね。
戦争では敵の想像力を越えた戦術こそが最も強力な手段になる。
”想像力を超える”、これは脳筋の騎士達ではなかなかできることではないよ。我ら魔術師の責務ということになるね。」
チビ「オレ達の様に才能のある者の義務!、当然だね!。」
デ「では、何かネタはありますでしょうか?。私にはバルディで調べた、あのゴーレム。アレが一番手っ取り早いと思われるのですが。」
ノ「しかし、アレは難物だよ。物になるかい。制御の魔法陣は結局のところ解析不能のママなんだが。」
チ「そんな事あるもんかい!制御できなくても、使い方を考えたらいいだけだろ。」
デ「で、ありますね。制御部分については今後の研究課題としまして、とにかく動力の部分だけでも利用価値は十分にあるのではないですか?」
ノ「ふ~む・・・制御なしでうまく動くかな?」
チ「ケッ、アタマ固いな~。制御は人力ですればいいじゃないか。」
と言う事で、とりあえず門衛をしている騎士を呼んで、意見を聞いてみた。
「そうですね、今回の戦いではヴォルカニック皇国の騎兵にかなり手こずったようですから・・・皇国の騎兵が精強なのは有名ですからね。」
デ「ほ~う、騎兵というものの強みは何なのでありましょうか。」
「騎兵の強みですか?。機動力と・・・突貫したときの衝撃力だな。」
ノ「では、それなりの機動力をそなえて、衝撃力に耐えるような、巨大なゴーレム・・・。」
「なんだい、動く城のような物かい?」
チ「うん、そうだ!
ゴーレムの動力を使って動く
このアイデアは騎士の想像力を越えていたようだ。話を聞いても口をあんぐりと開けたまま呆然としている。
この反応を見て魔術師達はこう思ったのである。
”これで、概ねの方針は決まった。後は実行あるのみ。”と。
デ「ここに居てはこの研究開発は捗りません。ゴーレムの実物はバルディにあるのですから。」
ノ「材料(ミスリル・アダマンタイトなど魔法金属)だって、バルディにあるね。」
チ「では、さっそくバルディに出発だ。嫁に見つかるとうるさいから、このまま行っちまおうぜ。ケケッ。」
こうして、3魔術師は家にも帰らず、そのまま即刻バルディへと旅立ったわけである。
戦雲、急を告げていたからであり、決して恐妻から逃げ出したわけではない、
決して・・・決して・・・ケッシテ・・・。
とは言っても、このような身勝手な屁理屈の通る恐妻3強たちでもないのである。
魔術師達の言動を門衛の騎士から聞き出して、ビゲンコフ準男爵夫人のティナはぼそりとこうつぶやいていた・・・
「チッ、トンズラこきやがった・・・」
3魔術師の3恐妻はいずれも元は精強の女騎士である。この程度の事件;旦那がトンズラこく・・・如きでは動揺なんぞしない。
逃げたら、追いかけて、捕縛する!
それだけの事である、何も考える必要などない。
・・・そして、一週間が過ぎた。
城郭都市バルディの中はせせこましいのだが、それでも表通りと言うべきものはある。とはいえ、荷車が辛うじてすれ違う事の出来る程度の広さで、そこをひしめくようにして人通りが行きかっている。
そんな混み合った通りであるはずなのに、その一画が空いてしまっている。
それは、行きかう人々がそこを避けているから・・・。
危険の気配を敏感に察知して直ちに避ける。それが冒険者たちの習性であり、この街の
「なんとも汚ねえ街だな、ココ」
赤く派手な皮鎧を身に着けた女騎士、ポートレイス準男爵夫人ノエルが周囲を威嚇して言う。身に纏っている皮鎧は優雅であったが口から出る言葉は粗暴である。
「まあ、そんな事いうものじゃあありませんのよ。愛しの君がおられる所なのですから。ホホホッ」
青くセンスのいいデザインの皮鎧を着た、やや背の高い女騎士、ブランケット男爵夫人デイジーがたしなめている。口から出る言葉は優しいが、視線は厳しく周囲を威圧している。
「・・・・・・ったく・・・。」
黒く使いこなされた皮鎧を着た、3人の中では一番小柄な女騎士、ビゲンコフ準男爵夫人ティナは、うつむきながら何か独り言をつぶやいている。
この3人の女騎士から湧き立つオーラは明らかに強暴で危険だ!
冒険者達の第6感がそう叫んでいて、できるだけこの3人を避けようとする。だからこの3人の前は人混みが自然と開いてしまっているのだ。
そんな危険地帯に、全く鈍感な3人組が向こうからやってきた。すぐ隣にオーガが現れてもまったく気が付かない、そんな風に何やら一生懸命に考え込みながら歩いて来る。
「念力の魔法陣・・・はあ~~。ここんとこが今ひとつ・・・」
「あれはこれまで見たことのない古代魔法でありまして・・・」
「関節の結合部の周囲にだね、魔法陣をアダマントでね・・・」
よりによって、デブ、ノッポ、チビ、例の3魔術師である・・・。
彼らは新兵器;櫓ゴーレムを開発すべく、バルディにとんぼ返りで戻ってきて、エリーセの舘;潰れた酒場兼宿屋を改装した建物に居座って日々開発に取り組んでいたのだが、気晴らしでこうして街中を散歩するのを習慣としているのだ。
読者諸氏は覚えているであろうか、城塞都市の傍の遺跡にあったゴーレムの事を。こいつを使って、ヴォルカニック皇国に一撃を与えるべく、戦時緊急の開発を日々励んでいたのである。決して恐ろしい新妻、恐妻3強から逃げてきたわけではない・・・決して。
しかし、その3魔術師を目ざとく見つけた女騎士3人組の眼差しは、まさしく獲物のウサギを見つけた豹のごとく、爛々と輝き始める。
スッと音もなく近づいて、いきなりノッポの鳩尾に拳を打ち込んだのは、赤のノエルであった。
「あ~ら、愛しの我が君、こちらにおられましたのね。お探ししましたよ~」と甘い声とは裏腹に激しい怒気を込めた視線でデブを威圧したのは、青のデイジーであった。
「おら~~」と一声吼えてチビに駆け寄り、その両頬をつまんで、左右に頬袋のごとく引き延ばしたのは、黒のティナである。
ノッポはそのままうずくまり、デブは左ほおを痙攣させてこわばり、チビは両頬が伸びたまま固まった。
周囲にいた者は見てはならない
たちまちにして、辺りの人混みはスッと消えてしまい、通りは3人の女騎士と3人の魔術師だけになってしまう。
文字通り絶体絶命の光景といえる。
・・・否、
たった一人、天使のごとき救世主がいたのである。
女騎士エミリー。
彼女は3魔術師に付き合い、護衛もかねて同行していたのだ。
「おい、お前ら、こんなところで何してるんだ?」
「あっ、姉御!」
赤のノエルはとっさにそう返事した。
「まあ、お久しぶりでございます。エミリー先任騎士殿。」
青のデイジーは慌てずに礼儀正しく答えた。
・・・シュタッ・・・
黒のティナは無言のまま敬礼した。
この様子をみて、3魔術師達はエミリーに意外な威信がある事を知り、それに縋り付く様な気持ちになっている。
エミリーは、3魔術師の危機を救ってやろうと思っていたわけではない。とにかくこの場を人目から離さないといけない、そうでないと3魔術師が取り掛かっている軍事機密;櫓ゴーレムの開発が、何かの拍子で部外者に漏れるかもしれない。そう考えると気が気でなかったのである。
「とにかく往来ではなんだから、場所を移そう・・・」
とりあえずそううったえる。
「まあ、おっしゃる通りでございます・・・。はしたない処を人目にさらしてしまう所でしたわ。ほほほ~」
と返事したのは青のデイジーである。
では、人目のつかない場所に連れて行って、どのようなはしたない事をするつもりなのか・・・
・・・決してエロい事ではあるまい。
デブの念頭にあったのは、”オイ!ちょっと話があるから体育館の裏までカオかせや!”と言う事である。
デイジーの固く握られた拳をみて、デブの背筋には冷ややかなものが一筋流れてゆく。
”このままではヤラレル!”
そう判断したデブは渾身の胆力をふるって、
「時間もちょうどいい頃合いでありますから、食事に参りませんか。こんな街でありますから碌な店はありませんが、それでもマシな所を知っていますから。」
そう言ってランチにさそってみる。
確かにそれがいいかもしれない。3恐妻とて貴族家のご夫人の自覚が少しばかり身についてきた今日この頃でもある。
街頭で修羅場を晒すのは流石に具合悪い・・・かもしれない・・・そんな自覚が。
それにたった今、船からから降りたところで昼食をどうしようかなどと考えていたところなのだ。だからその話に乗る事にした。
少しばかり街頭を歩くと表にいやに大きなしゃれこうべを飾った店がある。
「おっ、こいつは
ノエルがダジャレを飛ばすと、デイジーが憮然とした顔で
「愛しいダーリンと再会して、いきなりしゃれこうべの店で会食というわけですか・・・でも、野趣があっていいかもしれませんね。ここは魔物の街なのですから。」
「ここはオーガ亭と言いまして、なかなか美味なる魔物料理を供してくれる店ではありますが・・・なにぶんと冒険者達で騒がしいものですから、今回は別の店にいたしましょう。デイジーと食事を楽しむのは久しぶり(注;ほんの一週間しかたっていない)なのですから、静かな所がよいでしょう。」
そうしてもうしばらく歩くとオーガ亭よりもかなり小綺麗な店の前に出る。看板を見ると“魔物亭”とある。
「冒険者の街バルディで静かな店というのはなかなか得難いものでありまして。この店には個室もあり、そこを取れたらいいのですが。」
と言って店に入ってみると小さな宴会にも使える10人部屋が空いているのと事で、さっそくランチのコースを頼むことにした。
バルディの街でコース料理なんて・・・誰が頼むのだろう・・・そんな疑問も浮かぶが、この魔物亭はモルツ侯爵配下の隠密ネットワークのチェーン店の一つなので、一応は用意されているのである。まあ・・・料理の内容はそれなりで、定食を少しばかり気取ってみたようなものであるが。
ところで、デブは必死に考えをめぐらしている。下手するとこの部屋が仕置き部屋になってしまうかもしれないのだ。
とにかく
「デイジー達がやって来てくれたので、王国の秘密兵器の開発に明け暮れている我々の生活にも潤いの時が訪れることとなりました。
これを祝して、乾杯をいたしたいと思います。」
こうして祝杯をまず開ける。
「秘密兵器?
そんな御用があるのですか?」
デイジーは素直に尋ねた。
3恐妻とはいえ元は女騎士である。王国の状況に関心がないはずがない。そして旦那達に特別な能力があるとの自負もある。だから・・・家族にも言えないような機密でもって活動している、その可能性には十分に納得せざる得ない。
実際は、3魔術師らが勝手にそう言っているだけであるが・・・まあしかし、結果がそうなればそれが真実となるのである、世の中というものは。
もうこの方針で突っ走るより他ない。
3魔術師らは背水の陣の覚悟を決めるより他ないのだ。
「その通りであります。
使徒エリーセがモルツ侯爵家の義子となりまして、その館がバルディにあることは既にご存知でありましょうが、
(そんな事は3恐妻たちが知っているはずもないが、ここは侯爵家の名前を出しておきたい処である)
小生達はその館にて秘密裡に新兵器の開発に取り組んでいたわけなのであります。
ヴォルカニックの騎兵、これは大変な脅威であることは皆さんもご存じでありましょう。これに対抗するための画期的な新兵器であります。」
3恐妻たちはごくりと唾を飲む。
「これは極秘裡に進めなくてはなりません。しかも大規模な実験を伴う事となります。
王都でそのような開発ができるでありましょうか。
このバルディならば城郭で閉じられた街であり、人の出入りも限られています。そして何よりも、魔法兵器の原材料はまさしくこのバルディで産出されているものなのです。
デイジー達が鎧姿でやって来てくれたこと、大変喜ばしく思うわけであります。
その様に冒険者然とした姿ならば、誰も怪しむ者もおりますまい。行きかう冒険者達に紛れて、秘密は守られましょう。
皆さんのその配慮に、流石に元は王室近衛の騎士をやっていただけはあると敬意を感じざる得ません。」
う~~ん、最後の一言で見事に決めた。
流石にデブである。
こうして3恐妻たちもエリーセの館に滞在することとなり、この3夫婦が一部屋ずつ部屋を占領することと相成った次第なのである。
真実はともかくとして、第3者から見ると愛情が深く献身的な新妻との甘く幸せな新婚生活が再開したこととなる。
・・・、・・・。
まっ、夫婦の仲なんてそんなもんなのだ。
メデタシ、メデタシ。
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