第120話 イヤリル戦士団

イヤリル戦士団にポンチョの“首チョンパ”と“魔道通信の魔法陣”がそれなりに行き渡るにつれ、部隊の編制も進んでいく。

偵察も進み、山のもっと北の方のに潜んでいるウェルシ達の様子もわかってきた。


ところで、その偵察隊から耳寄りな情報が届けられる。


「2日程北上したところに、ウェルシの残兵がまとまってたむろしているぞ。」


エルフの哨戒部隊から報告である。

先の会戦からそれなりの時期が立った今である、多分これは敗残兵ではない。ヴォルカニック側も工事を妨害するためにそれなりの手段は講じているはずで、その攻撃のための部隊編成と考えるべきだろう。

ランディは尋ねる。


「どれだけの兵力だった?」


「さあ・・・200から500と言ったところか。」


森の中の見通しが効かない場所なのだ。敵兵力の見積もりが大雑把なのは致し方無い事だ。


「そうかい、じゃあ5~600でいけば十分かい?」


「オゥ、ヤッちまうかい。あんな、へなちょこ・・・2~300で十分だ。」


「そうかい、じゃあ600で行こう。」


ちょうど、装備が整ったのが600ほどだったのだ。

ドワーフの300とエルフの300で、攻撃をかけてみることにした。

参加部族は・・・くじ引きで決めた。

みんな行くといって譲らなかったから。

エルフ部隊の隊長はメーレル・スレーンと言う奴で、結構有名な戦士長とのことでこれは推薦で決まった。お手並み拝見させてもらおう。

ドワーフの方は・・・話がまとまらず、結局くじ引きでゲイル・カーンという戦士長と言うことになった。ドワーフは部族間の横並び意識というか意地というか、どうも強いようなのだ。


エルフの戦士300名は全員が斥候としても十分に使える奴ばかりだ。前方に広がって先行し、全員が偵察も受け持っている。その後をドワーフの戦士達がついてゆく。みんな重い金属鎧を纏い大盾をもっているのにエルフ達に遅れずに山の中を行軍できるのは流石と言うほかない。

最後尾には義勇軍の50名ほどが輜重隊としてついて来ている。例の家畜、毛がモフモフのアルバカを覚えておられるであろうか。ロバと比べて荷物の積載量は少なめであるが山道には強いという、アルパカをふたまわり大きくした少しバカな顔つきのやつである。時々「フェ~」と啼いて敵に気取られるといけないから、半時間ほど遅れてついていく。


夕方になると、先行しているエルフ達がちゃんと野営に適当な場所を見つけて確保してくれていた。


真ん中にアルバカを繋いで、その周りにドワーフ達が焚火を焚いて食事の用意をしている。給食はドワーフ達の係だ、エルフの野営料理はアノ珍味・・・虫・・・なので。

そしてエルフ達のテントは、そこから少し離れた外周に点々とたっている。これは警戒と不寝番のためだ。


こうして2日間歩き詰め、


“居たぞ!”


と・・・。

少し森の開けた場所に、大勢のウェルシ達がテントを張って駐屯していた。たぶん、この場所に拠点でも作ろうというのだろう。

テントの数はざっとみて100以上はある。400人ぐらいはいるだろう。


さて、どう料理するか・・・


有難いことにドワーフの重装歩兵;『剛健鉄甲隊』がいる。これは、このような山の奥では得難い兵種だ。

コイツを前面に押し立てて、エルフで後ろを取り囲むか・・・。


“剛健鉄甲隊、正面から並んで威圧してくれ。”


剛健徹甲隊、ドワーフ300人からなる装甲兵の部隊だ。普人族ではこのような重装甲部隊を森の中で展開することは難しい。重たい大鎧を着て、これまた重たい大盾を持ち、山の中をうろつけれるのはドワーフぐらいなものだから。

部族の誉れを示す様々な紋章を描き込んだ大盾をズラリと並べ、まるで斧のようなごつい大剣や矛槍を右手に振り上げて、「ウォ~」と威嚇しながらゆっくりと前進してゆく。

森の中から突然現れたこの姿に、ウェルシ兵達は武器を手に取ってはいるが、明らかに怯えて動揺している。


「下がるな、弓を放て~、槍衾を並べろ。」


敵の隊長は、浮足立ってしまった部隊にむけてとにかく命令を下して、辛うじて崩れずにいるウェルシ兵の隊列をなんとか整えて槍衾を揃えた。

しかしその槍の穂先は揺れていて、連中が動揺しているのは丸わかりだ。


「間合いはこちらの方が有利だ、列を崩すな。」


わずかでも残った戦意を支えようと、ウェルシの隊長は必死に声をあげて励ましている。

ランディは魔道通信で両側に潜んでいるエルフの部隊にむけて、


“もう少しだ・・・連中の斜め後ろに回り込んでくれ。”


エルフ達は林の中を音もなく駆けて行って背後にまわり、そして、


“回り込んだぞ。連中の背中は、冷や汗でシャツがべっとりと貼りついている、”


“よし、射ってくれ!。

その濡れた背中を血で染めてやれ。”


エルフの伏兵が両斜め後ろから一斉に矢を放つ。背後から射撃されて数十人のウェルシ兵が倒れ、驚愕した彼らはもうパニックに陥ってしまい、戦意を失って我先に潰走を始めた。


“よ~し、後は追撃掃討だ。

とどめまではささんでいい。

後からこっちで回収してゆくので、放っておいて先に追ってくれ。

深追いはするなよ、向こうの谷までだ。”


エルフの戦士達はウェルシの兵を追って森の奥へと姿を消していった。

あとは、ドワーフの剛健徹甲隊と一緒に追いかけていって、傷ついた敵兵を捕虜として回収してゆくだけだ。


・・・随分と楽になった。


イヤリル戦士団は流石に精鋭と言うだけあって、戦いの流れをよく読んで動いてくれる。だから、実に要領よく戦いを進めることができた。

いや、それだけではない・・・義勇軍の連中と違い、戦場のモラルと言うかその辺もよくわきまえているので、使いやすいのだ。


随分と気持ちが楽になった。


もっとも、戻った後の始末が少し煩かった。


ゴムラの街に戻ると、一緒に戦った戦士達の武功を賞詞するを催さないといけないのだと。

褒美や報酬などはない。しかし部族の誇りを背負ってやってきた彼らは、武功の名誉を持ち帰らなくてはならない。

そこで、その武功を確認して証明する会が必要となる。


イヤリル戦士団の部族の戦士長一同が集まる中で、今回の戦闘に参加した戦士長たちが自分達部族の手柄話を披露するわけだ。そして、頭酋のランディがそれを確認・保証し、軍監のエルメダがその物語を書き留めて、後々にはその記録を神社の大精霊達に披露するのだと。


・・・ゲェ、めんどくせぇ・・・


これから戦闘のある度にそんな事を行わなわければならないのか・・・。


こうして、初の武功賞詞の会が行われる。

全戦士長が集まった真ん中で、作戦に参加したエルフ・ドワーフの戦士長が武功を報告することとなっている。

最初はドワーフのゲングルク族の戦士長で、かれが剛健鉄甲隊の隊長をしていた。

大巫女のエルメダが、


「巌の戦士どもを率いたゲイル・カーン殿、その武功を知らされよ。」


と、発言をうながす。すると、そのゲイル・カーンは低い声で、


「わしらは、なんもせんかった。

盾を構えてアホみたいにウォ~と吼えただけじゃった。」


「また、率直な、

・・・

それでは、精霊様に報告すべきは特になしと・・・」


カーンは頷く。


「では風の戦士を導きしルミエル族戦士長のメーレル・スレーン殿」


こんどはエルフの戦士長だ。


「俺たちもウェルシの背中をって、背中を追っただけだった。」


「なんと・・・。

他に武功を報告する者は?」


だれも手を挙げて発言を求める者がいない。そして、


「パッとせんなあ」


との声が辺りから漏れてくる。


「では、皆の衆・・・

もしかして、此度のいくさ・・・負けたのか・・・」


エルメダは細々とした声で尋ねると、戦士達は慌てて答える。


「いや、勝った。快勝としか言いようがない。」


「そう、勝った。武功をあげるに勝ってしまった。

あっという間に勝ったので、武功をあげる暇がなかった。」


すると後ろから・・・つまり居残り組から、


「それほど弱かったのか、ウェルシは。」


との声が挙がるので、ランディは慌てて、


「兵の強い弱いは、戦う場所、時、そして状況で大きく変わってくる。

敵を侮ってもらっては困る。

それに、まだまだ序の口、本当の闘いはこれからなのだ。」


と、発言を引き締める。すると、


「じゃあ、誰が武功をあげたのか。

武功無しで勝利とは理屈に合わん。

・・・そうか、

要するに指揮を執った頭酋のあんたが武功を独り占めしたという事か。

・・・」


えっ・・・と、詰まってしまったが、誰も異議を唱えない。

その様子を見ていた大巫女エルメダは


「なんと・・・では、そのように精霊様に報告するより他あるまい。」


会場は、「「う~ん」」と低いため息が漏れ、そして終わってしまった。

その晩、酒場ではやけ酒を飲むドワーフとエルフの一団が、歌をがなりたてていた。


「我らの頭酋は手柄を独り占め。

5日も山を歩いて、とどのつまり、

巌の戦士は敵に吼えただけ。

風の戦士は敵の背中を射て追いかけただけ。

だれも武功無し。

骨折り損のくたびれ儲け。

我らの頭酋

・・・独り占めのランディ、嫌なランディ。」


ということで、『嫌なランディ』、『独り占めのランディ』という二つ名を貰ってしまった。


とにかく、彼らイヤリル戦士団の面々は武功に飢えている。

その事を良く理解したランディは、積極的に戦闘に乗り出してゆく。

大きな勢力はなくなったが、小さなセクトがあちらこちらに残っていたから、戦闘のネタはたくさんあったのである、規模は小さいが。

始めのうちはランディが指揮を執った、首チョンパと魔道通信の使い方を教えるために。

そして、それを使いこなすようになると、できるだけ彼らだけで戦闘に行かせた。

その方が武功を挙げる機会が多いので、当人たちは喜んでいるし、彼らにはその能力も十分にある。


そして、そのも気前よく認めてやった。見返りの褒美なんてないのだから、気軽なものだ。


いや・・・褒美は与えている。武功の証明たる軍感状を渡している。


短冊状に切った羊皮紙にその武功を書き込み、それが軍監大巫女エルメダの記録と一致している事を証明するために割り印を押したものだ。大巫女エルメダと頭酋ランディの割り印である。


この軍感状の枚数が彼らの名誉の大きさのあかしなのだ。

そしてこのことは、ランディにとっても後々のちのち大きな意味を持つことになるのだが・・・いまは、まったく気が付いていない・・・。


ウェルシの勢力は、組織がよほど弱体化しているらしく、味方の犠牲はほとんどない。

この様にして順調にラル盆地まで山の中を北上していった。


そして山の上からラル盆地のこじんまりとした景色を望んだとき、そこで進撃を止めて山の中に砦を築き、来る王国と皇国の大会戦にそなえることとした。










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