第119話 正義Ⅲ

大巫女エルメダが現れたその日はイヤリル戦士団の面々とのに一日を費やすこととなった。

それぞれの部族ごとの10人から60人ほどの戦士集団の一つ一つに対して個別に挨拶を交わしてゆく。

全部で60を超える数であり、しかも一つの部族にたいしてそれなりに時間を割いて話さないといけない。


今、50人のエルフの集団がランディに対面して立っている。

この集団のおさらしき者が前に立ち、残りが後ろで控えている。


「ランディ殿、ホーンメル族の戦士長ラルビット殿と精鋭たちじゃ。」


と大巫女エルメダが紹介してくれる。戦士長のラルビットは胸に手を当てて深々と挨拶するので、ランディも同様に丁寧な挨拶で応える。


「フェレン湖のさざ波が『いさおしの兆しあり』と教えてくれた時、御精霊の大御言おおみことが下り来て、こうしてせ参じた。

御精霊が定めたまいし我らの頭酋よ、我らにこそ命ぜられよ。

この命を懸けて見事に成し遂げようぞ。」


と、大層な挨拶をしてくれたのだが・・・面くらってしまったランディは言葉を失い、


「ランディです・・・よろしくです。」


と、しか答えられない。

まわりから苦笑されて焦ったランディは、とりあえず座る様に勧めて自らも地面の上に胡坐をかき、戦況を説き始める。


「ウェルシの背後にはヴォルカニック皇国がついている。この戦はこの皇国対王国で何万もの兵力がぶつかる戦であるが、その勝敗のカギはエイドラ山中にあると考えてもらいたい。

矮小なウェルシだけが問題なのではない。

だから我々の戦闘は、強大なヴォルカニック皇国を見つめながら・・・

・・・

・・・

かくあらねばならない。」


と、戦争の全容を説明する。

これには、みんな熱心に聞いていた。その眼差しも義勇軍の面々のそれとは違い、自信と誇りとそれに裏付けられた覚悟が漲っている。やはり彼らは、部族の誇りあるエリート戦士たちなのである。

最後には、クラウドを義勇軍の代表者として紹介をして、この面会を終える。

クラウドは小さくなっていた。彼にしたら目の前にいる戦士達はいずれもはるかに格上の存在なのだから。


こうして、次の集団の挨拶を受ける。

まずはエルメダの紹介と大層な言上を聞いた後、ランディは


「戦況は先に説明した通りである・・・」


と言ったとき、エルメダに横から脇腹をつつかれて、耳元で、


“みんな、同じく説かれよ。さもなくば軽んじたこととなり、侮られたと後々にたたる事となろう”


“ええっ”と思ったが、恨まれてはかなわない。


「自分はエイドラの礼を知らず、つい非礼を働いたことを許されよ。」


と、まず謝って、そして先と同じ話を繰り返す。

しかし、これをこの後60回以上にも渡って繰り返さないといけなかったのである・・・。


それぞれの部族、全てのひとりひとり全員の面目を立ててやらなければならない・・・。

だから夕方までこの『挨拶』が続き、すべて終わった時はランディの喉は枯れ果ててしまった。


そして、夜になるとが始まる。

の始まる祭りである。

何処で狩ってきたのであろうか、たくさんの獲物が丸焼きにされていて、それも上手に味付けられており、酒も配られて・・・


「我らの頭酋に!」


と乾杯が続き、戦いの歌が歌われ女戦士の舞まで見せられたが・・・ランディとしては、


「あの~、ここは戦場なんだけど・・・」


というのが本音で、実際そうも言ってみたが、


「フン!辺りのウェルシなんぞは恐れて近づきもせんわい!」


との由。

実際、この近辺にはこの3千の戦士団に匹敵するようなウェルシの勢力は・・・いや、今のウェルシのどこを探してもそんな勢力はもう無いだろう。


・・・・・・


そんな一晩を明かして次の朝、ランディは頭が痛い。

前の晩に呑み過ぎたわけではない。流石に戦場で2日酔いをするようなランディではないのだ。

例のドワーフ、ガムトの処分をどうするか・・・その問題で困り切っていたのだ。


今更、処刑するわけにもいかない。

王国に引き渡そうかと考えたが、引き受けてくれないだろう。王国民でもないのだから。

そもそもこの世界では戦争犯罪などという概念は無いのだ、こういう問題は現場の指揮官の意向だけでケリをつけている。


そうだ!

軍監の大巫女エルメダに決めさせるか・・・いや、あいつが来る前のでき事だから、厭がるだろうな・・・いっそのこと逃げてくれたらいいのに。


実際、あの後縄を解き、2人の見張りを付けて、そのままに放ってある。逃げようと思ったら造作もないことだ。

でも、その様子は無いらしい・・・裏の林、そう、あのしゃれこうべの転がっていた林の中で昨日一日中、なにやらゴソゴソとしていた。一族を弔っていたのか・・・


・・・なぜ、サッサと逃げないんだ!


そんな風にクヨクヨと考えていると、知らないうちにその問題が解決していた。


イヤな解決だった。

イヤな報告を受けなければなかった。

件のドワーフ、ガムトの件である。


早朝、林の中で木の枝から奴がぶら下がっていたのを発見された。

頸には縄が締り、頭部は赤黒くうっ血している。


「そこで首を吊っていたのを今朝見つけた。」


昨晩のうちに自殺していたと・・・。

その遺体の傍には塚が造られている。


「昨日、ガムトは骨をひろい集めて一族の墓を作っていたんだ。

俺たちも手伝ったよ。夕方までかかったが、一応終わったから俺たちはその場を離れたんだ。でも奴はそこに残って、ひとりで弔うと言っていた。

・・・その時が最後だよ。

そのあと・・・自分もその中に逝っちまった・・・と言う事だ。」


発見者のドワーフが教えてくれた。


「なんてこった。」


延々と苦労を重ね、そして戦い、ついに自分の故郷にたどり着いてみると・・・家族は全て殺されて白骨化していた。

それを確かめただけだった。

しゃれこうべの数を数えたら、ちょうど数が合っていたのだと・・・

それで逆上して血迷ってしまい、ウェルシの女子供を皆殺しにして、

絶望の挙句・・・一族のみんなを追っかけて自分も逝くことにしたというわけか・・・。


ランディは呆然としてしまう。

そしてこれはこのドワーフの事だけではないのだ・・・と、気が付いてしまう。


ギルメッツ・フィンメールの連中にとっては多かれ少なかれ同じことなのだ。これから故郷を取り返していったら、その問題・・・に直面してゆくことになる。

彼らがウェルシを憎んでも憎しみ尽くせないというのは、そういうことなのだ。


「なんてこった。」


ランディは唖然と立ち尽くして、ただ繰り返すよりなかった。

そしていつの間にか、目から足元に涙がボロボロと落ちてゆく・・・それ以外、他に何もできないし、何も思いつかない。


暫くして誰かが傍にやってきたようだ。

見ると大巫女エルメダがそこにいる。彼女はガムトの遺骸に向かって【聖天】魔法をかけておくってやり、つぎにランディの方に振り向く。


「ほら・・・おのこらしくもない、そのように涙を落とすとは。」


そう言って一切れの布をくれた。


「そは浄化布という。魔法紋の刺繍が縫い込んでいよう、マナを流すと【浄化】が流れる。

涙を拭い、乱れた心の中も浄化するとよかろう。」


確かにその効果はあったようだ。【浄化】で涙で付いたしみと汚れはすぐに消えてしまい、乱れた心の中も静まり返った。

ランディはエルメダに訴えるように語りかける。


「とどの詰まりがこうなのか・・・いったい何のために戦ってきたのか、いや何のために戦うのか・・・そんな気分になっても仕方ないだろう。」


とは、の上に建っておる。

先祖代々、氏族の始祖である初代を希望と歓びのうたで飾ってきた。されど、実際はさにあらず。全ての始まりがかくのごとくであったはずじゃ。

この者もそうすべきであった。

新たな氏族の始祖としてであった。いや、全ての者がそうあらねばならない。

であるのに、このように終ってしまったとは・・・まことに残念で悲しい事じゃ。」


たしかに全てを失ってしまったから、新たに始めるのである。

しかし、その事は限りなく重たい。いったい自分に何かできるであろうか・・・。


のか・・・俺にはそこまでの面倒はみれんよ。」


「御辺にそこまでせよとは、その様な事は言ってはおらぬ。

そは・・・我らイヤリルの者が為す。

ただ、そのためには元手が居る。

始めるための元手じゃ、という・・・な。

御辺に望んでおるのはそのためのなのじゃ。」


「つまり、戦に勝てば良いと・・・あとはイヤリル神社がやってくれると。」


「左様。」


・・・。


「分かった、そう言う事ならば気が楽だ。

せいぜいやり抜いて見せるさ。そして勝利をもぎ取ってやるさ。」


「重畳、重畳。」


ランディは少し気持ちが楽になったが、同時に疑問もわいてきた。


「しかし、なぜ俺なのだ。」


なぜ、自分をという大層な司令官にえらんだのだ。


「妾も初めてそれを聞いた時、魂消たまげたわ。とはいうものの御精霊直々の御差配なれば、異を唱えても詮無し。

されど、よくよく案じてみるに、森の民・山の民の中で頭抜けたる者はおらず、その内の誰がなったとしても他の者は得心せぬであろう。

そもそもじゃ、この戦はテルミス対ヴォルカニック、王国対皇国のものじゃ。我らは所詮助力する以上のものではあらぬ。ならば、汝以外の誰がなっても王国の誰ぞの指図をあおぐこととなる。そういうことなれば、王国の軍師たる御辺を頭酋に担ぐのが最も都合よかろうが。」


「そう言うものなのか。」


「左様、左様。

それにじゃ、御辺のギルメッツ・フィンメールに対するなさけと侠気。その有様ありようを目の当たりにして、イヤリル戦士団3千の勇士の中で御辺を慕わぬ者はもはやおるまいて。

森の民・山の民の心とはそういうものじゃ。」


「・・・3千も居るのか・・・」


「左様。

ただの3千ではない、各部族より選りすぐりたる戦士ばかりぞ。」


「・・・各部族からあつまった3千と言う事か・・・

つまり、各部族の戦士団からの精鋭と言う事なのか。」


「然り。」


「統率は取れているのだろうか?」


「統率?

そは御辺の負うべきお役目。

各部族が各々の誇りを賭けて推したる戦士共なれば、みな一言もあろう者共。

されど、その誇り高き故なれば、その面子も立てよ。されば身命を惜しむことなく働くであろうほどに。

それを取りまとめるのが、頭酋たる御辺のうつわであろうが。」


「そうか・・・そういうことか。

では・・・とりあえず、各部族の代表者を集めて話し合わねば。挨拶だけでは済むまい。」


「ほほう・・・よかろう。

諸部族の代表をあつめると60を少しばかり超えようほどにもなろう。」


「60名か・・・軍議をすすめるには少し多すぎるが・・・10~20に絞りたいところだが・・・。

まあ、その辺の処は今後話し合いながら決めるか。

組織化はこちらでする。

しかし、軍規は?

軍規はどうする。

フィンメール・ギルメッツ族の義勇軍では

・・・昨日見た通りだ。俺ではできなかった。」


「そのための妾ぞ。軍監たる大巫女エルメダの承りしお役目ぞ。

妾が目付、督戦をいたす。」


「ああ・・・そう言う事か。

宜しくお願いする。」


その日の夕方、戦士団の中から各部族の戦士長たちを集めて、初めての軍議が開かれた。


「これを見て欲しい。」

そう言って、ポンチョの“首チョンパ”と魔道通信のできる皮鎧を見せる。集まった戦士たちはいずれも各部族の誇りであり、武装はみな個別にあつらえたもので美しい装飾で飾られている。それに比べると汎用品であるこの2つは余りにも地味、というよりもみすぼらしい。


「別に美しくも無いが・・・王国軍の一般兵が使っているものだろう?」


「・・・いや、見た目ではなく・・・」


ランディは実際に見せた方が良いだろうと、自ら首チョンパを被ってその姿をぼやかして見せる。


「なっ・・・な、な、」


戦士団の一同は驚き、言葉が出ない。


「首チョンパという・・・」


と、その名前を言うと、


「ほっほう、なるほど首から下が消えて頭だけが残るから首チョンパか・・・

うむ、まことその通りじゃわい。」


ひとりのドワーフの戦士長が唸っている。


「えっ・・・」


今度は、その隣にいたエルフの戦士長が呆れて言葉を詰まらせた。

そして、


「せめて陽炎かげろうの外套とか・・・もうちょっとましな名をつけろよ。」


と、抗議する。


「いや、これでいい!

率直で、極めていい!」


ドワーフの戦士長が反対する。

ランディは頭をガリガリと掻きながら、


「次は、これ。

この皮鎧なんだが・・・」


次はドワーフもエルフも同じく反対する。


「「鎧は間に合っとる。

そんなみすぼらしいボロ鎧なんぞ、お断りだ。」」

と。


「いや、そうじゃないんだ。」


と、ヘッドギアを被せ、小声でボソボソと話して魔道通信を体験させた。


「ええっ~、なんじゃと~~

【念話】のできる鎧なのか!!

王国では、そんなに魔法が進んでいるのか!」


いや違う、これは【念話】よりもごく単純な音声を飛ばしているだけの魔道通信なのだ。イヤリル神社の高位神官・巫女のなかには高等な精神魔法である【念話】のできるものもおり、それがよく知られていたから驚いたわけなのだ。


「戦場でこれが使えるとどれだけ有利か、あんた方ならよく理解しているだろう?」


ランディはそう推すのだが・・・


「し、しかしなぁ・・・わしらは部族からこんな立派な具足を用意してもらってるしなぁ~、それを無にする事はできんのじゃよ。」


と、連中も困り果ててしまう。

そこで、ランディは


「実はこうなっている」


と皮鎧に挟まれている羊皮紙に描かれた魔法陣を取り出して見せると、

今度は、一同皆、唸り声をあげて、


「そうなってんなら、先に教えてくれよ!」


と。しかし、


「ただ貼り付けだけじゃったら、そのお宝(魔法陣の事)がすぐにいたんでしまうだろう・・・それなりの工夫が要るな。」


という事で彼らの間でガヤガヤと議論が始まって、暫くすると、


「部族から細工師を呼び寄せようと思う。それまでの我慢じゃな。」


という事となった・・・。

それなら何週間かかかるだろう、そこまでは待っても居られない。だからランディは、


「ゴムラに戻ったら、先程の外套『首チョンパ』が少し残っていると思う。最終的には全員に回るように努力するが、当面のところは、これをエルフに優先して配付したい。」


と言うと、ドワーフはムッとした顔をして、


「なんでじゃい」


と抗議する。


「森の中を走るのはエルフが速い。本格的な攻撃にかかる前に森の奥まで偵察してきてほしい。そして、この地図を完成させたいんだ。」


そう言って、びっしりと書き込みを入れた地図を懐から出して見せた。ゴムラ周辺から街道までの間は書き込みで埋まっているが、北に行くにつれ情報はまばらだ。


「この地図の書き込みが完成した時が、占領地を回復した時だと言っていい。北のラル盆地周辺にはまだ入り込めていないので、その辺りは元住民の昔の記憶を書き込んだだけなんだよ。」


「つまり、敵の勢力範囲内に入り込んで偵察して来いと。」


「ああ、そう言うことになるが・・・無理はせんでほしい。本気で殺り合うのは、まだまだ先だ。

王国と皇国の次の戦は・・・たぶんラル盆地での会戦になるだろうが、こちらがあまり先走って取り返しても、どうせまた取り返されるし、被害が増えるだけだからな。だから今は、まだ準備の時だ。」

と。

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