第118話 正義Ⅱ

その夜の明け方、女子供の悲鳴が上がり、戦闘に疲れて寝込んでいたランディたちは叩き起こされたのだ。

何が起こったのか・・・眠たい目をこすりながら行って確かめると、捕虜たちが皆殺しにされていた・・・ヤッたのはガムトであると・・・。


朝となって日が明るくなると、その無残な光景が広がっていた。

女・子供・老人、ウェルシ達が全て血みどろとなって倒れて、辺りは血なまぐさい匂いが漂っている。


「ガムト!

なぜ?

なぜ、やった?!」


「俺の家族もこうして殺された!」


当の本人は言い分けもしない、このように言えば正当化されると思い込んでいるのか・・・そして、他の義勇軍メンバーもそれに同情的だ。


「このまま、ウェルシの山賊や戦闘奴隷と同じになっちまうつもりか!」


ランディはこう抗議するが、彼らは俯いて黙ったままだ。だれもランディに答えようとしなかった。

確かに彼らの家族もこの様に殺された。理屈はともかく感情的にはランディの言うことは“所詮きれいごと”としか聞こえていないのだ。


"だめか、俺が言っても・・・

これが限界なのか。"


ランディの頭の中にはこんな思いが浮かんでくる。

ガルマンとエルフィンが生きていたら、こうにはならなかったであろう。しかし、ランディは彼らを軍規に拘束できる立場ではない。彼らは村の奪還に役に立つからランディに従っているのでしかないのだ。彼らからしたら自らの復讐の念を我慢・断念する義理はないのだ。


そうこれが理由だ・・・これこそが、連中を戦場に連れて来たくなかった理由だった。ランディは心の中で後悔が渦巻いている。


ならば、

"もうこれ以上は・・・無理に付き合う義理もない・・・"


そんな気持ちが心の底からふつふつと湧き上がってくる、そして今まで胸の奥に押し込めていた思いが口に出てくる。


「武器を持つ者には“真っ当な正義"が要るんだ。

軍規だ!

それがないと野盗と何ら変わらん。

お前ら、そのを示せるか?

復讐して憎悪を満足させるために殺しをやるってのか!」


"破邪顕正"、いかに偽善と罵られようともこの名分みょうぶんは下ろせない。それをしてしまうと、『武』は、もう;ただの人殺しとなんら変わらないのだから。


ランディがこう語ると、


「あんたは自分の家族が殺されたことがあるのか?

ええっ!

俺達はその傷を背負って生きているんだ。ウェルシに報復する理由がちゃんとあるんだ。

復讐が正義だ!俺達の正義だ!

それで何が悪い。

ウェルシは女も子供も皆殺しにすればいい、俺達の家族はそうされたんだ。」


ガムトは縄で拘束されながらもわめき散らし、誰もこの声を抑えようとしなかった。みんなは黙ったままジッと聞いている。

彼らにしたらこれも復讐と言う正義のうちになる・・・。

そして一人が、


「ランディ、これは俺たちにとってなんだ。普人族のあんたにはこの気持ちが解らんだろう・・・。」


細々とした声でつぶやいた。


戦争に残虐行為はつきものである。そもそもが戦争とは殺し合いなのだから、正統な戦闘行為なるものと残虐行為の一線がつけにくい。

だから私たちは敵の残虐行為を非難する一方で、味方の残虐行為を「戦いとはそう言うものだ。」という事にしている。

それが正しいか否かはさておいて、そうしないと自らの戦争行為自体が正当化できないから・・・。

しかし時には『戦いとはそう言うものだ。』ではなく、『これはそう言う戦いなのだ。』と開き直って言う事もある。


と称される・・・憎悪に満ち溢れた復讐の戦い・・・。


ランディはその匂いをかぎ取り、背筋に冷たいものが這い上がってきてゾッとした。


"!!・・・だめだ、そこまでは付き合い切れん。

俺のできる事はここまでだ。

・・・ここが潮時なのか。

もう手を引こう。

後はクラウドが何とかしてくれるだろう。"


ランディでは彼らの"正義"をてることできない・・・そんな限界に挫けてしまった・・・


そのとき、


「ならば、誓約うけひせよ、

イヤリルの大精霊、アッシュールとアシュタロテに

汝の正義を誓約うけひせよ。

復讐の正義なるものを誓約せよ。」


少ししわがれた、それでいてつよい声が背後から聞こえてきた。

みんなは、「何者か?」と声のする方をみると、


「汝らの心は怒りに負けたり、哀しみに負けたり、

汝らは弱し!

弱し!

弱し!

弱し!

そのか弱き心気で、ようここまで戦こうた。

されど、もはや汝らにこれ以上戦わすわけにはいかぬ。

大精霊様の大御言おおみことが下り、このいくさは聖戦となった。

後は我らイヤリル戦士団に任せるが良い。


ね!


直ちにね!


かくもか弱き汝らは聖戦に値せず!


分をわきまえて後ろに引き、生き残ったともがらと共に、たずきを紡いでいくが良かろう。」


いつの間にか一人の老エルフが立っている。寛かな白衣を装い、顔面には白粉おしろいに赤い隈取りという異様な化粧けわいをしていた。

その姿を見て森と山の義勇兵達はギョッと驚き、そして畏れふためいた。


「妾はイヤリルの大巫女エルメダ。

此度、エイドラの諸部族は王国との盟約を新たにし、

イヤリル戦士団が結成されぬ。

諸族の勇士がこぞって名乗り上げたる、精強の戦士団ぞ。

妾は大精霊様よりその軍監として任命されぬ。

妾がこのいくさの"正義"をあずかる。この正義を監督する。」


そして、その大巫女エルメダはランディの方を向き、


「御辺がランディか・・・、

英雄ガルマン、英雄エルフィンの遺志を継ぎ、

ギルメッツ族フィンメール族の生き残りを励まして戦い抜き、

その故地を取り返したる、

そのランディか、」


いや、それほどのランディでもないが・・・とは思ったが、だまって肯くと、


「ならば受け取るが良かろう、

この酋矛を預かべきは御辺を置いて他なし。

この勇士どもを率いる頭酋とうしゅうたるは御辺を置いて他なし。

大精霊アッシュール・アシュタロテの選びしは御辺以外の何者でもなし。」


それは長さ2メートル程で穂先が40㎝程の短槍であったが・・・不可解な槍であった。

柄は木の皮を纏ったままの生木の枝としか言いようのないものだ、それでいてそれはまっすぐと伸びて太さも変わらない・・・このような枝が生えるのであろうか・・・そんな疑問を持たざる得ない柄である。そして、穂先は笹の形の黒々した堅い金属で、しかししてその表面は凹凸で黒曜石の刃のようでもある。刃はそのままに縁を研いであるために刃わたりはなめらかではなく凸凹としている。そして何よりも不思議なのは柄と穂先の接合である。袋として被せてあるのでなく、なかごとして差し込んであるのでもない。柄自体が幾重にも別れて穂先の金属に絡みつき根付いていて一体となっている。


"こんなもの、人の手では作れまい"


そして、その槍には色とりどりの細長い布が数多く結び付けられて房となっている。その布:言うなれば小さなはんをよくみると、一つ一つがそれぞれに鮮やかな染色に加えて手の込んだ刺繍が施してあり、大変手の込んだものだ。


「その幡は、勇士を送り出したる部族の印ぞ、勇気と誇りの証ぞ。」


どうやらランディはエイドラ山地の各部族からやってきた選りすぐりの戦士たちの頭領に選ばれたらしい・・・一瞬にして立場が変わってしまった・・・くらくらと目が回りそうだ・・・これを逃げることはできまい、『しっかりするんだ』と自分を励まして・・・


しかし、同時にここで大きな問題に直面する。


ギルメッツ族・フィンメール族の者たち・・・つまり、これまでランディが率いて共に戦ってきた同士、つい今しがた『ここまで』と諦めた者たち・・・彼らがこの戦いから追い出されようとしている。

その顔を見回すと屈辱に怒るどころか大巫女に圧倒されしまい、ただ畏れて目に涙を浮かべて泣き崩れそうになっている。このままにしておくと、彼らの誇りはずたずたに引き裂かれ、部族そのものが崩壊しかねない。誇りこそが彼ら部族の絆なのだから。


”なんとか連中を引き留めてやらねば・・・。”


ランディは、腰に差している短刀を鞘から抜き放ち、その刃を右手に光らせて、先程まで喚き散らしていたドワーフのガムトに向かって近づいてゆく。そのガムトは既に覚悟が決まっているのであろう、逃げようともせずにただ醒めた眼でジッとランディの顔を見つめてその首を差し出していた。

しかし、ランディが刃を当てたのは首ではない。肩に当てて、そしてボロ服の袖を引き切った。くしゃくしゃの顔を拭いた麻布の袖は、涙と鼻水で大きなシミとなっている。

そして、それを引き破って細長い布にし、酋矛に結び付けた。


「この涙に染まったボロ布がギルメッツ・フィンメールの幡だ。

この戦いはギルメッツ・フィンメールの怒りと哀しみから始まった。

その怒りと哀しみこそが、俺がガルマン・エルフィンから受け継いだものだ。

この戦からギルメッツ・フィンメールが引くことはない。

ギルメッツ・フィンメールが自分の森と山を棄てて引き下がる事はない。」


大巫女エルメダに向かってそう訴え、今度は振り向いて義勇軍に、


「貴様らの涙・その思い、一切合切を俺が引き受ける。

俺に委ねろ!」


大声でそう叫んだ。

つい先程まで顔を横に背けていた義勇軍の連中は、もう涙を浮かべてランディを見上げている。

そして、それを見たエルメダは、


「よきおのこ!

よくぞ言いたり!

3千の勇士ども、この言を聞いたか!

我らの頭酋の言をその耳に刻みつけたか!」


その叫び声が森に響き渡ると、ザワザワと音がして、まわりの森の木々の後ろから大勢の武装した戦士たちが姿を現した。

そして、「ロロロッ」と例の喚声を鳴らし始める。

これ程大勢が鳴らすこの歓声はこれまでに聞いたことがなかった。森の中一杯に甲高い声が湧き出てきて大気を響かせている。


その中で、ランディとギルメッツ・フィンメールの義勇軍の面々はただ呆然と聞いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


さて、話を少し戻して数ヶ月前の事である。場所はイヤリル大社、巌のアッシュールと精霊樹のアシュタロテのいる地中の拝所。その狭い土中のむろの中で日巫女は精霊達と交信していた、と考えて頂きたい。

丁度、王国と盟約を結んで、精霊にその報告をしていた時の事なのである。


「・・・かくのごとくに、テルミス王国と盟約を結びましてございまする。エイドラの山々より勇士を徴集せしめ、イヤリル戦士団を今再び結団いたし、東に送りだす手はずになっておりますれば・・・」


「そう、それはめでたい事だネ。ようやくみんなが動き出したのだから。

でも、将はどうするの?」


「将?」


「誰をイヤリル戦士団のおさにするつもりなの?」


「集いし戦士の中におさを務めし者も、数多くおりましょうほどに。」


「う~ん、それではダメだと思うよ。一人の将の命令の元に一糸乱れず動くというのがいくさと言うものだからね。将はひとりでないと。

それにバラバラのままだと、王国の下働きばかりさせられるだけだし、」


「将はひとり!・・・しかし、そのように致しますれば皆各々部族の誇りを背負っておりますれば、将の地位を争う事になりましょう。互いに下になるのを嫌がっていさかいの元ともなるやもしれませぬ。」


「そうだよね。でもそうしないといけないんだよ。

それに、何千もの兵を引きいた経験のあるヤツいる?」


「考えたこともございますまい。」


「だよね・・・今まで平和に過ごしてきたからね。

ならば、外から引っ張って来るのがいいかもしれない・・・ギルメッツ・フィンメール族の義勇軍を指揮しているヤツがいるんだ。ランディというんだ。彼なら最適だと思うよ。」


「はて・・・そのランディとは?」


「エリーセと同じ転生者だよ。前世では軍を率いていたようだね。こちらでは普人族の冒険者をやってたけど、王国に働きかけて援助を引き出し、ギルメッツ・フィンメール族の義勇軍を組織して頑張ってきてくれたようだね。」


「普人族でありながら我らに合力を・・・それはまた奇特な。

しかし、普人族ですか・・・その下につくとは・・・さて、皆がそれに頷きましょうか。」


「だったら、その将の上にすいを置くんだネ。」


「帥?」


「そう、軍監だよ。軍監が重しとなってみんなをまとめ、将が部隊を率いて実際に戦う、ということだね。

大巫女のエルメダが良いと思うよ。

彼女がそのランディに会ってみて、お眼鏡に叶えば将として採用すればいい。用兵の能力に関しては問題ないと思う。問題は人柄かな。こればっかりは僕らでは分からないからね。」


「ははっ、ではそのように取り計らいまする。」


と、言うことがあったのである。

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