第117話 正義Ⅰ

軍用道路の整備工事が北へ北へと進むにつれてウェルシも北へ北へと退いてゆく。それにつれて義勇軍も前進してゆきギルメッツ・フィンメール族の故地を回復している事は既に述べた通り。


今まで、ギルメッツとフィンメールの義勇軍を戦闘の矢面に立たすことは無かった。いや、ランディとしては立たせたくなかった・・・。

彼らが戦えないとは思っていない。ランディの固有スキルである【部隊指揮】は、義勇軍の連中は十分に戦える能力を持っていると示している。


しかし・・・なんと言うか、彼らの何とも言えない雰囲気、素朴・ナイーブであり過ぎて戦場という異常な場所には似つかわしくない雰囲気、それは以前からそうだったが今も相も変わらずそうなのだ・・・それがために戦士として使うことに、もう一つ踏み切れない。

だからランディは彼らを戦場の真っ只中に立たせることを避けていたのだ。


しかし、義勇なのだ。まったくの戦闘無しでいけるはずも無い。まあ修羅場の経験を積めばその雰囲気も変わるだろう・・・。


ランディとしてはそう考えざる得ないし、そう考えることにした。


ウェルシ達が潮が引く様に退いていっても、なかには頑固に頑張る砦もある。当然である。


ドワーフの村には畑が付いており、そこには既にウェルシの移民たちが耕しているので小さな植民地とも言えるようになっている。

つまり、そこを支配する者からしたら貴重な財産でもある。


ウェルシ大公が皇国に幽閉されて配下はバラバラとなってしまい、もはやウェルシ達はまとまった勢力としての呈を為していない。

ために個々のセクトの都合により動きは様々なのだ。中には占領地、つまり彼らので頑固にを守り続けている連中も居る。


そんなのとは当然ながら戦って取り返さざる得ない。


ドワーフの村というのは石壁で囲った集合住宅で、そもそもが小さな城のような建物である。それに前は切り開かれていて段々畑となっているので見晴らしもいい。

だからそのまま砦になる。

そのの一つ、ウェルシの砦となったドワーフの村があった。


そこの住民であったドワーフのガムトが言う。


「家族50人で住んでいたんだ。」


ドワーフの一族は何代にも渡る大家族が一つ屋根の元に住んでいる。ガムトもそのドワーフの一族の一員だった。


「家の大きさは、その数にちょうど合っていたよ。大きすぎもせず、小さすぎもせずね。」


ドワーフの家は3階建てほどの高さの石壁が円周状に取り巻き、その石壁を外壁にして、内側に木造で3階建てほどの住居を造り付けてある。そして家の中心部は中庭となっている。

ランディはベルゲン国境爵の歓待を受けた時の事を思い出した。


「それで外壁の南北には表門と裏門がついていてな・・・」


話を聞くと“ドワーフの村と言うのは何処も同じ作りなのか”、そんな風に思えてくる。

なだらかな南斜面に段々畑が開けていて、その登り切った所に石塀で丸く囲った集合住宅があり、その中庭の南北には表門と裏門があり、裏門を出ると森が広がっている。

こんな具合なのだ。


「さて、どう攻めようか?」


「石壁はできるだけ壊さんでくれよ。蔦や苔もついて、いい具合なんだ。中の木造の居住部分は仕方ないさ、また造り直せばいいからな。」


元住民のガムトがそう訴える。

どうやら石壁にこだわりがあるらしい。先祖代々過ごしてきた日々の澱のようなものがこびりついているのであろう。

まあしかし、これだけの話で攻略法は大体決まった。


「50人で住んでいた家と言うのだから、100人も籠っている事は無かろう、ウェルシだって生活しないといけない。敵はたぶん多くて50人だろうが、初戦でもある。大事をとって人数は300人で行こう。

300の人数だから隠密行動は無理だ。今回は奇襲は無理だな。

(そもそも奇襲ができるほどの練度も無いしな。)

正攻法でいくさ。

前の段々畑に陣取り、表門からじっくり攻めて圧力をかけ、裏門に陽動部隊を廻して攪乱させる。

そんな具合だな。

たぶんそれで降伏してくるはずだ。」


「そんなにうまくいくかね?」


と言うやつもいたが、今は“論より行動あるのみ”である。

こうして、300名のエルフ・ドワーフからなる義勇軍と冒険者の傭兵20名で攻めることにした。


森の中に入り山道を進んでゆくと、藪の分けられた跡、踏んでへしゃげた草叢、それに泥の付いた足跡さえあった。

ここに見張りが潜んでいた証拠だ。


「前・・・大丈夫か。もう気付かれているぞ。斥候を先行させろ、首チョンパを働かせろ。」


やはり、気付かれてしまったか・・・でも、これは仕方がない。


ハーフリングのピッポと豹人タカシを先行させて様子を探りながら注意深く進んでゆく。


“大丈夫、待ち伏せは無い様だ。”


“だろうな、敵さんは寡兵なんだろ。この人数に驚いて逃げて行ったんだろうよ。

このまま、降参してくれたらいいが・・・”


やがてドワーフの村の南斜面の畑に到着。


「ここで大盾をたてて、この畑の斜面を少しづつ登って上の家に近づいてゆくんだ。

上から矢が飛んで来るぞ。盾からはみ出すな。」


斜面の畑の上に一列に盾を並べ、じわりじわりと前進して坂を登ってゆく。

当然矢が飛んできた。上から射られるのでその勢いは強い。ただ、思ったより数がまばらで、ボツボツと飛んでくるばかりだ。


「射手は4~5人といったところか・・・」


正門まで50mのところで前進を停止、今度は盾の後ろに壕を掘り、その掘り出した土で土壁を建ててゆく。もちろんゴミ箱の蓋で固める。それを横一杯に広げていって隣の林まで届いたころには、もう日暮れ時となっていた。


「こんだけ土塀を建てられて、まだ降伏してこんのか。使者でも出すか?」


ランディとしては降伏して欲しい処だが、どうやらそんなにうまくはいかないようだ。


日が落ちてしまって、焚火を焚いて野営の用意を始めさせる。そして義勇軍の中から使えそうなのを70人ほど集めて、


「今から夜襲をかける。畑の外の林に入ってぐるっと迂回し、北側の裏門を破る。

ガムト、ここはあんたの村だ。道案内してくれ。

残りは野営のふりをしながら火矢を用意していてくれ。念話で合図したら、中に火矢を射る。

後は様子を見て指図するからよろしくだ。こう言う手はずでいくぞ。」


こうして、ひそかに林の中に入って進軍してゆく。ドワーフ・エルフ達は夜目が効くが、夜の林は流石に暗い。先頭には斥候のピッポとタカシにガムトが付き添って、注意深くひたひたと歩いていった。

そして20分もゆくともう村の北側の森の中に回り込んだ所までやってきた。

ところがそこで、


“ランディ、イヤなものがあったよ。”


と斥候のピッポから念話が届く。


“ん、罠か?”


“いや、しゃれこうべだネ・・・”


“??”


“しゃれこうべが沢山散らばってるよ。他の骨もあるぞ。少しばかり背が低くて骨が太い。こりゃ、ドワーフの骨だネ。”


“なんだ・・・墓?墓荒し?”


“そんな感じじゃあないな。腐ったロープなんかも散らばっている。

こりゃあ・・・集団殺戮の後だ。

これはガムトの家族の骨じゃあないのか・・・

おいっ・・・ガムト、落ち着きな!”


“分かった、すぐ行く。”


他のメンバーをタクマに任せて、ランディは慌てて斥候の方に走る。

暗い森の中に骨が散らばり、その中にガムトが地面に這ってむせんでいた。

スキル【部隊指揮】をガムトに繋いで念話で


“落ち着け、ガムト。今からウェルシを襲撃せねばならん。

すべては、それからだ!”


こう叱咤すると、ガムトはゆっくりと立ち上がって頷いて見せる。暗がりの中で噛み締めた唇が震えていたが、しかし顔つきはしっかりとしている。それでそのまま先へと進んでゆき、ようやく裏門の前までやって来た。


そして出口を取り巻く様に林の中に伏兵を配置して、裏門のすぐ手前に魔法でもって落とし穴をあけておく。

ここで表門の前で待ち構えているタクマ達に、

“お~いタクマ、火矢を頼む。”

と。


じきに何十本もの火矢が夜空を飛んできた。住居の中に落ちたがすぐに火事がおこるわけではない。ただ、ささった火矢で中が明るくなったはずだ。


“ファイアーボールで裏門を吹き飛ばせ。”


アカネと他エルフ達4名がファイアーボールを打ち込む。

たちまちにして裏門は吹き飛び、突然の裏門からの攻撃に中は大騒ぎになる。そして、


“お~い、タクマ。こんどはそっちから攻撃だ。ファイアーボールをぶっ放して、その後は大盾を構えて正門から攻め寄せてくれ。”


そう指示すると、向こう側で爆発音がなり、続いて「おお~」と掛け声が上がって騒がしくなる。

たちまちにして中は大混乱となり、20人ばかりが中庭に跳び降りて裏門のこちら側に飛び出してきた。そしてすぐに落とし穴に落ちてひっくり返り、後続の連中はうろたえて立ち止まったので、そこへまたファイアーボールと矢の斉射を喰らわせる。

これで降伏すると思っていたが、残った奴らは剣を引き抜き、


「なめんなよ~、テメェ~」


と、打ちかかってきた。


ひとりが剣を振り上げてきたところを、豹人タカシがすり抜けるようにして胴を切り裂き、


「ヤレッ」とランディは声を掛ける。


それを聞いた義勇軍の面々は、取り巻いて短槍の穂先を突き出し攻撃を仕掛けてゆく。

多勢に無勢、飛び出してきたウェルシ達は暴れはしたが、じきにまわりから突き出された槍に貫かれて次々と倒れてゆく。

はじめの20人ばかりを倒すと、もう中からは出てこなくなった。

裏門から向こうの表門を見ると、むこうではタクマ達が大盾を構えて立っている。

彼らに立ち向かおうとするウェルシも居ないようだ。


「降伏しろ!」


そう大声をあげてランディは注意深く中に踏み込む。両側には大盾を構えたドワーフが護衛してくれている。


「武器を棄てろ、そして中庭に出て来るんだ。」


大声でそう叫ぶと、中庭を取り巻く住居から残りの10人ばかりのウェルシたちがのそのそと出てきて、ぞろぞろと階段を降りて来る。

火矢とファイアーボールで住居に火が廻り始め、中庭には煙が立ち込めてきた。降伏して出てきた人数を表の畑に追い出して、残党が居ないかしばらく探し廻り、


「う~ん、上まで探したい処だが、こう火が廻ってくると、それもままならん。」


ランディがそうぼやくと、隣に居たアカネが、


「じゃあ、こうすればいいのよ。」


といって、住居の柱に向けてファイアーボールならぬ火焔砲をぶっ放す。一画がガラガラとくずれおち、その中にひそんでいた何人かが一緒に落ちて、瓦礫の中で下敷きになって喘いでいる。これでは無事では済むまい。

ランディが、


「おっ、おい、やめろ。荒っぽい、過ぎるぞ。」と。


そこに居たのは兵ではなく、女と子供であった。


「女・子供まで殺すつもりか!」


そう怒鳴りつけると、アカネは治療を掛けるためにあわてて駆け寄ってきた。ランディはもう一度、大声で降伏を呼び掛ける。


「降りて来るんだ、そうすれば殺しはせん。」


その声を聴いて、また5人ほどがまたおずおずと現れて、怯えながらも階段を降りてきた。

そして全員を畑に連れ出す。煙が立ち込めてきて、中に居れる様な状態ではなくなってきたのだ。

連れ出した人数は17人で、ほとんどが老人・女・子供で、男もいたが痩せた奴ばかりで兵とは思えない。

戦闘員は最初に飛び出してきた20人ほどだけであったようだ。その連中はすでに首と胴が切り離されて、裏門の所に転がっている。

転がった顔を見ると入れ墨が入っていた。


「戦闘奴隷だったのか・・・」


戦闘奴隷は降伏しない。ドワーフやエルフ達も降伏を認めない、絶対に殺す。だから、絶対に降伏しない。

散々に残虐をやり遂げてきた連中には、恨みが重なっていて死しか選択肢が残っていないのだ。


とにかく戦闘を終えた。次にする事は捕虜としたウェルシ達の尋問だ。連中はどう見ても戦闘員とは思えない。ただ、どういう経緯でどんな状況だったのか、それだけは知っておきたい。その後は・・・身柄を王国に頼むほかない。

戦闘はうまくいったが、その後始末が面倒だな・・・ランディはそんな事をぼやきながら尋問を始める。


「お前達はなぜここに居残っていた?

他の連中はヴォルカニック軍のいる北へと逃げて行ったのに?」


怯えながらもぼそぼそと答えが返ってきた。

あの20人ほどの戦闘奴隷達にこの村を占領されていたらしい。あの連中にとってはヴォルカニック軍も味方ではなかったようだ。戦闘奴隷は賊としての扱いだったらしく、もう逃げ場がなくなりこの村に籠っていたのだと。所詮、使い捨ての運命なのだ。


「1ヶ月ほど前にあの戦闘奴隷どもがやってきてからは生きた心地もしませなんだ。降参して逃げ出したいと言っても、ダメだと。俺たちがお前らの支配者なんだとかいって・・・戦闘奴隷のくせに。

言う通りに従わない者は殺されてしまった。だから仕方なくあそこに籠っていた、いえ、囚われていたのです。

お助けいただいて、ありがたく・・・」


と、村の老人が語る。まあ何処まで本当かはわからないが、戦闘奴隷達に占領されていたら実際そんなところだろう、とは想像がつく。


「裏の森にドワーフの骨が転がっていたが、これも戦闘奴隷達の仕業なのかい?」


「・・・はい、そうで。」


「随分と古い骨だったが?

1ヶ月ぐらいでは遺体があそこまで風化しないだろう?」


「あっ・・・いえっ・・・そうでした・・・

えっ・・・いや、何の事か・・・」


老人は眼を逸らしてしまい、もうそれ以上語ろうとしなくなった。

よほど都合の悪い事実があるに違いない。


「お前らが殺したんだろう。俺の家族を・・・」


よこからガムトが喰ってかかってくる。

ウェルシ達がドワーフの村を占領したとき、住民を皆殺しにしてその家や畑をそのまま奪い取る、そんな事は山ほど聞いてきた。


「いいえ!、私どもは・・・私どもは・・・言われた通りに、してきただけで・・・あれは、あれは・・・ここを占領した連中がやったので・・・私どもは言われたままにここで耕して年貢を納めて、なんとか生きて来ただけで・・・」


ガムトは老人の胸倉をつかみかかり、まだ何かを言おうとするが・・・これ以上ここで尋問しても有益な情報は得られまい。


「ガムト・・・この連中に何を言っても、死んだ者はもう帰っては来ない。やめるんだ。」


とガムトを宥めて抑え込んだ。


こうして尋問を終えたが・・・惨劇が起こったのはその深夜であった。















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