第116話 第2次ヴォルカニック戦役
さてランディ達である。
「さぁ~て、こちらはこれからが本番と。」
「ヘッ、王国は休戦しているのに?」
「別に停戦協定をしたわけじゃああるまい。やって悪い事は無いさ。」
王国と皇国の戦線は一時休戦状態となっているが、ギルメッツ・フィンメール義勇軍にとってはウェルシへの巻き返し作戦はむしろ今からが旬なのだ。
これには理由がある。
ヴォルカニック軍はラル盆地の北の端にあるウェルシ城まで後退してしまったので、ウェルシ達は後ろ盾がなくなってしまい、当然の事ながら彼らも一緒に退かざる得なくなった。
いまやウェルシ達はテルミス王国と敵対した立場となっている。こういう状況では彼ら単独で王国と義勇軍の両方を相手にすることになり、それは流石に無理というものである。不利を悟って北へ北へと逃げてゆくほかないのだ。この情勢では如何ともしがたい。
かくしてウェルシが立ち去って、ランディ達義勇軍は空となった山と森を確保してゆく。
戦わずして山と森を取り返すことができ、“濡れ手に粟”とはまさしくこのことだ。これこそがランディの目論んでいたことなのだ。
そして、皇国軍がウェルシ城まで下がってしまうと、ゴムラ守備隊は不要となり大幅に規模縮小された。
とは言っても、山や森の中で活動するコマンド部隊が王国騎士団でもカイル司令の元に創設され、彼らは経験を積むためにランディ達と行動を共にしている。
が、その数はまだ500名と少なく、ゴムラにいる王国兵たちは大幅に減った。
ではゴムラの街は閑散としてしまったかというと、実はゴムラの街は却って賑わっているのだ。
いまや、ギルメッツ族のドワーフやフィンメール族のエルフ達がゴムラの街を跋扈して賑わっている
難民キャンプで煙っていたギルメッツ族・フィンメール族の避難民たちは、山と森を取り戻しているという話を伝え聞いくともう居てもたってもいられなくなった。そして、ついにゴムラの街に大挙して移住してきたのだ。
それに王国としても、街道の工事にドワーフやエルフ達を動員するのにはその方が都合がいい。何しろ工事現場まではゴムラから街道をゆくと1日ほどの距離なのだから。
それだけではない。ラル盆地へ向かう街道以外にも、エイドラ山中には細々ながら幾筋もの山道の整備が始まっていた。これはエイドラ山地で義勇軍が活発に活動するための補給路なのだ。
こう言った山道の始まる拠点はエイドラ山中の街ゴムラであり、今やこの街は山と森の義勇軍の本拠地となっていた。
ギルメッツ・フィンメール族の民は故郷の山や森に帰る日を夢見ながら、軍用道路建設工事やほかの雑用で日銭を稼いで、その準備に勤しんでいるのだ。
『ゴミ箱の蓋』の発明により、ドワーフ・エルフのもつ戦略的価値は極めて高くなった。彼らの能力により街道の整備拡張と舗装はこれまでの何倍もの速さで進んでいる。こうしてラル盆地に向けて北へ北へと軍用道路が伸びてゆき、それにつれて義勇軍の勢力範囲も北へ北へと広がってゆく。
ランディはエルフのステルス山岳猟兵部隊と共に偵察して残敵のいない事を確認し、ドワーフ部隊はその後に砦を築いて山と森の民の領域を確保してゆく。
最小限の犠牲で最大限の成果を手にする、まさしくそういう
そして、またクルスの谷へやってきた。今度は襲撃でなく、この谷を確保しにやってきた。
そしてここではもう一つ大事な用事がある、ガルマン・エルフィンへの追悼だ。
義勇軍のドワーフやエルフを大勢引き連れて、この谷で両名への祈りを捧げに来たのである。
かつては花畑が一面に広がる美しい谷であった言うが、今は黒く焦げた焼跡が広がっているだけで、地面もじめじめと湿って炭か灰のようなもので埋め尽くされている。草すらまだろくに生えていなかった。
なのに、霧だけが立ち込めていた。
「咲き誇る花畑を焼いた。
おい繁る森も焼いた。
自らを焼き、怒りで燃えつくした。
ガルマンよ、エルフィンよ、
その
われらギルメッツ・フィンメールの子らに」
エルフのだれかが詩っている。そして他の連中はしんみりと佇んでいる。
エルフの連中は何かあったら詩うのが癖なのだ。
クルスの谷から東に向かって峠で2つばかり超えると、北のラル盆地に向かうウェルシ街道に出る。
ここでは王国軍の元で軍用道路の建設工事がすすんでおり、そこでは大勢の避難民達が働いている。ウェルシ城に向かう街道を舗装拡張しているのだ。
この工事が安全に遂行される様に、周囲の森の中を確保して偵察・哨戒することが義勇軍の新たな任務でもある。
そしてそこには、もう一つ重要なものがあった。
街道脇に立っている精霊樹だ。ギルメッツ族・フィンメール族にとってはこの精霊樹は特別の意味をもつ。この精霊樹を取り戻した事は、まさしく勝利の象徴なのだ。
義勇兵達はこの精霊樹の根元にくると、涙を流しながら、
「精霊樹よ、
ついに返ってきた、あなたの元に。
その夢を幾度見てきたことか。
でも、この寂しさはなぜ。
もう、いない、
あの人はもういない、
共にうたったあの人はもういない。
ただ、あなたは昔と変わらずに立ち、
残された私はあなたを見上げている。」
いや、もちろん喜んでいる。ただその喜びを素直に詩っても面白くない。だからこんな風に歌っているだけなのだが・・・一筋縄ではいかない感受性の持ち主なのだ、エルフという連中は。
このようにしてギルメッツ・フィンメール族の故地を回復していったのである。
ところで、ランディは山と森の義勇軍の指揮で忙殺されていた・・・と言う訳でもない。
あまり先に進んでしまうと、王国軍はエイドラ山地の奥深くまでは来てくれないから義勇軍だけでウェルシ達と真正面から戦闘しなくてはならなくなる。
しかしランディはそれを避けていた。
兵力としては戦力不足とは言えないはずだが・・・なんと言うか、連中を戦闘の矢面に立たせるのは
だから森の奥の北のほうまでドンドンと攻めてゆく気になれなかったのだ。
とりあえず・・・ゴムラから街道の周囲、王国軍の影響下にある範囲に行動を限定している。
取り戻した森の中には砦を築いて確保してゆく、少しずつ着実に。
「慌てなくていい。
慌てて取り返しても、しっかりと確保できなかったらまた盗り返されるだけだ。
人死にを増やすのが戦争の目的じゃァないんだから。
まだまだ、これから先が永いんだ。
だから慌てなくていい。」
義勇軍の動きは王国軍に従属しているのが良いとランディは考えている。
だから義勇軍を指揮するよりも、バルディの冒険者たちを引き抜いて来たり、装備の充実を図ったり、今はそちらの方に力を入れることにしていた。戦争はまだまだ先が永いのだ。
ところで・・・ランディの心の中では野心が燃えていた。
今こそ元居た世界の『知識チート』を発揮すべきではないのか!
今この世界は戦争の真っただ中にある。万を超える軍勢が真っ向からぶつかり合うという堂々たる決戦戦争をやっているのだ。
しかも、鎧兜に剣と弓、と言う具合にまさしく中世の戦争をしているのである。魔法と言う不確定要素はあるが、さきのバル荒原会戦を見ると決定的な因子にはなっていないようだ。
ならば、我が知識チートは極めて大なりと言わねばならない。
何の知識か?
言うまでも無かろう、読者の皆さんも既によくわかっているはずだ。
それは『火薬』である。
硝石・硫黄・木炭この3つを混ぜて火薬を合成して、この知識チートでもって大暴れをするのは、ファンタジー界での戦争の定番と言うものではないか。
さいわいにして硝石は、畜産の盛んなテルミス王国では原料に事欠かない(尿素が原料なのだ)。その合成のための道具も、錬金術が発達しているので簡単に手に入った。
硫黄も錬金術の材料として流通していた。
木炭が手に入らないなどと言う事はありえない。
だ~か~ら~、その合成に成功したのは言うまでもない。
ところがである!
・・・上手くいかないのだ。
爆発しないのだ。
成分比率を色々と変えてみたり、硝石の合成過程を工夫して純度をあげてみたり、さんざんやってみたが・・・
さっぱり爆発しないのだ。
ジュワッと、火煙を揚げて勢いよく燃えてはくれる。
しかし爆発はしない。
なぜだ・・・
いくら考えてみてもわからないので、他の転生者仲間に相談もしてみた。前世ではいろんな職業についていた連中である。自分よりも詳しい奴がいるかもしれない。特にアカネは研究者をやっていたという、こんな場合どうしたらいいのか突破口を見つけてくれるかもしれない。
「う~ん、それだけやってみてダメなのなら、やっぱり駄目なんじゃない?」
・・・返事は冷たかった。
「なぜだ・・・!」
「地球でうまくいっても、こちらでうまくいくとは限らないじゃない。
ジョ~シキ的に考えて、JK!。」
「それじゃあ返事になっていないんだよゥ!
だから、なぜなんだ!」
「えっ、そんなことまで私に考えろって言う訳?
まあ、いいわ。
・・・
・・・
この世界には魔法がある・・・
つまりマナが満ちた世界なのよね。
で、爆発というのは化学反応が急速に伝播して一気に燃焼が生じている、と言う訳よね。
と言う事で、マナという元素の存在が燃焼の急速な伝播を阻害している・・・と言う仮説は?」
まったく完璧な仮説だ。そう言わざる得ない程に試行錯誤を繰り返して、ことごとく失敗してきたのだ。
“ああ~~”と打ちのめされたランディは、頭を抱えてうずくまってしまう。
しかし、仲間とはいいものである。
棄てる神あれば、拾う神あり。
マサキ(エルフの槍士、元建築屋)が、アイデアを出してくれる。
「ゆっくりと燃焼してガスを大量に出す、と言うならロケットにいいんじゃない?」
ああ、そうか! そうだ、他にも使い道があったんだ!
ロケットだ、ロケットにしよう、ロケットだ~
しかし、ロケットに何を積み込むのであろうか・・・、
・・・そう考えると、また憂鬱になる。
結局の所、爆発物つまり火薬がないと破壊力のある兵器とはならないのだ。
そして、またアカネが発言する。
「馬鹿ねぇ~~アンタ。
この世界に爆発と言う現象が起こらないと言う訳ではないでしょ。
そもそもあなた、油生成の魔法陣を使ってヴォルカニックの物資を燃やしたじゃない。爆発しなくても景気よく燃えたらそれでいいのでしょう?
結構大きな水晶玉のついた魔法陣を付けれるんじゃない?」
そっ、そうか・・・そうしたら焼夷弾になる、いやナパーム弾も夢ではない。
そこまで考えるともう居てもたってもいられない。
さっそく、ロケット弾を作ってみる。
弾体は太い竹だ。その節を丁寧に取り除いて火薬を詰め込む。そして弾体の周囲を固い麻縄できつく締め上げておいた。内部の圧力で破裂しない様にである。
先っちょの部分は節が残してあり、弾頭部に一節分の空間ができている。ここに【油生成】の魔法陣を詰め込むわけだ。
こうして出来上がった試製ロケット弾を、さっそく騎士団の実験場に持ち込んで試して見る。水晶玉は高価なので、とりあえずは様々な大きさのビー玉と魔法陣の代わりに板切れを詰め込んでみた。そのままだとガタガタして具合が悪そうなので、硬い毛皮の端切れをクッションとして詰め込み、中のビー玉と板切れを固定している。
で、打ち上げた!
ギューン・・・
甲高い音と共に、噴煙を噴き上げて竹製のロケット弾は飛んで行く。
一応の成功と言える。
射程距離は200mから2㎞と言ったところだ。
射程距離に幅があるのは、角度を変えたりして射程距離を変えれるように調整している、というわけではない。
単にばらついているだけなのだ。射程距離と散布界(弾着地点のバラツキ)とがさほど変わらないという・・・精度と言うものとは全く無縁のロケット弾が出来上がった。
まあ、それでも前に向けて飛ぶのは間違いない。
それなりに使えるか・・・。
ランディと試験所の所員は、そんな風に考えている。
それくらいに勢いよく飛んで行ったのである。
野戦で使うのはムリかもしれない。当たってほしい所へ、当たってほしい時に、当てられるか・・・そんな器用な代物ではない。
しかし、攻城戦ならどうだろう。大きな城・・・つまりウェルシ城の中に打ち込むのであれば・・・なんとかできるだろう。
ランディがそんな事を考えていると、
「なつかしい、こりゃ龍星じゃな。」
ドワーフのタクマがつぶやいた。
「えっ、ナニ?それっ。」
「前世のわしの故郷では毎年祭りの時になるとこの花火を打ち上げておった。」
「そう・・・花火ネッ・・・」
この竹筒ロケット弾が『龍星』というカッコイイ名前になったのは言うまでもない。
この『龍星』をどう使えるのか・・・騎士団のお偉方は見向きもしなかった。
「どこに飛ぶのかわからん物など、使えるはずもなかろうが!」
と、つれない。ランディは反論する。
「ウェルシ城を燃やすのに使うのです。」
「あの大きな城を燃やすのに、そんな小さな竹筒を飛ばしたからといってどうなるというのだ。」
と。仕方ないのでモルツ侯爵の処に相談に行くと、
「なるほど・・・で、ウェルシ城を燃やすのに一体どれほどの数が要るのです?」
「・・・だいたい25m四方に一本の割合として、100×100で10000本・・・という事になります。」
「10000本!
一体どうやって用意するのです。想像もつかない!」
「いや、それだからいいのです。どんな新兵器としても、そんな途方もない数を想像できないでしょうから。」
「いえ、そうではなく、可能かどうかをたずねています。」
「全力を挙げればできるかと。」
「・・・。
わたしには、なんとも評価いたしかねます。
しかし、あなたがそうだというのなら、敢えてお止めするつもりはありません。
必要な人員と資金は提供いたしましょう。」
と、言う事で『龍星』の量産が始まった。
一番大きな問題は硝石と言うことになるが、牧場の家畜小屋の土を掘り返してこれを蒸留するのだが・・・その係には、前世で研究者をしていたアカネが最も適している、という事で抜擢したのだが、
「いやよ!なんで異世界に来てまでそんな臭いことしないといけないの。」
「いや・・・あんたでないと出来ないんだ。
ちゃんと人を付けるから、あんたはそいつを教育して使ってくれたらいいから。」
「そんな臭い仕事する人間なんて、臭い人になってしまうじゃないの。そんな臭い子分をもつのはいやよ。」
と、さっそく人事で行き詰まってしまった。
初っ端からランディは途方にくれてしまったが・・・
そこは、アルメット商会のオットマン会頭が出てきて解決してくれた。
・・・以下のように。
「なっ、なんと・・・硝石と言う錬金術の新材料ですか・・・硝石!これはショーゲキ的なショーセキ」
と、ダジャレにもなっていない無理糞をとにかく一発飛ばす。そして、
「これを商わせていただくとは・・・」
と、両手を揉み合わせながら、アカネの耳元でささやいた。
「では・・・菓子折りを・・・底に山吹色のアレを敷き詰めた菓子折りをいかほどご所望で・・・」
それを聞くとアカネは
「菓子折りって・・・何、言ってんの・・・」
でも、すぐにピンときたらしく、今度はニンマリと悪い笑みを浮かべて、
「ホホホ、越後屋、おぬしも悪よのぅ~。」
と、言う事で快く引き受けてくれたのである。
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