第115話 新たな盟約
ヴォルカニック軍は後方へと撤退していった。ラル盆地には前線拠点のウェルシ城がある。そこまで一旦後退して、仕切り直しと言う訳である。
そして、戦争は一時休戦状態となっている。
両者とも戦争が嫌になって休戦の話し合いを始めたとか、決してそういうわけではない。
両軍の間にはエイドラ山地が割り込んでおり・・・というかヴォルカニック軍がラル盆地にあるウェルシ城まで後退してしまったので山の中で離れてしまい、お互いに物理的な距離があいてしまったからだ。
ただいまの処、双方ともせっせと次の戦いの準備をしている、そう言う状況なのである。
ヴォルカニック軍はウェルシ城の増築を急ぐ一方で、テルミス軍はラル盆地まで街道を拡張整備して軍用道路の建設を進め、その街道脇には物資備蓄のための倉庫となる砦を数多く建てている。
そして、外交戦略も進めているのは言うまでもない。
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3月も中旬になってエイドラ山の雪解けも大分と進んだ春の初めのこの日、メルラン神社の宮司と巫女の夫婦はその生涯でこれまでにない程に緊張していた。
何しろイヤリル大社の日巫女・大巫女・大宮司の一団がまとまってやってきたのである。
そしてテルミス王国からは国王イエナー陛下以下お歴々もそろっている。
大宮司と王国側の官僚達が赫々と議論して、交渉をなんとか同意にこぎつけた。その新たな盟約を正式に締結するための儀式を執り行うためにやって来たのだ。
神社境内は、警備や儀仗のための着飾った騎士やエルフ・ドワーフの戦士達が大勢たむろしていて、朝方から大わらわとなっている。
エイドラ山の山と森の中で素朴な生活を営んでいるエルフやドワーフ達が法や取り決めなど細かい事に煩いはずがない・・・そんな風に考えているとしたら、まったくもって間違ってるとしか言いようがない。
彼らなりに古くからの慣習があり、それによって山と森は管理されてきたのである。
彼らには法律なんてものは無いが、それよりももっともっとヤヤコシイしきたりや慣例そして部族の誇りにしばられて生きているのだ。
だから、普人族の王国との間でも詳細な取り決めをしておく必要があるのだ。
王国としてはエイドラ山地になんの野心も欲も持っていない。だからその大半はどうでもいい事だが、つき合い方と言うものがあるので、それはそれで重要な取り決めと言うことになる。
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テルミス王家とイヤリル神社は、以下の約定を結ぶものなり。
一つ、エイドラ山地は山と森の民の領分であり、その権益はイヤリル神社が代表する。
加えて、賊ウェルシの占領したる領域で山と森は、ギルメッツ族・フィンメール族に復帰するものとし、街道とラル盆地は王国の施政下に置かれるものとする
加えて、王国は両部族より新たに国境爵を任命する。
一つ、国境爵の立場・権益は従来通りとする。
加えて、国境爵を持たない部族と王国の交易を国境爵は仲立ちを行い、イヤリル神社はその公正を監督する。
加えて、エイドラ山地内の交易路は、その領域の部族の責任下で建設・維持するものとし、王国は工事設備の援助を期待される。
(この辺は、戦後の互いの権益を確認している。)
一つ、イヤリル神社はイヤリル戦士団を結成し、ウェルシとその朋輩であるヴォルカニック皇国と戦う。
その戦士団の頭酋(指揮官)はイヤリル神社が指名し、その軍監はイヤリル神社が派遣する。
王国はイヤリル戦士団の軍規と誇りを尊重し、その費消する物資についての補給を責任をもって提供する。
ただし、イヤリル戦士団の行動範囲は原則としてエイドラ山地内に限られる。
ただし、イヤリル戦士団の作戦行動は前記の頭酋と軍監が決定する。
一つ、王国はエイドラ山地の民すべてに、王国軍に対して此度の戦での協力・助力を要請する。砦や道の普請への賦役、傷ついたる王国軍兵士・捕虜の保護、兵糧の提供、敵の情報などなど。
それにかかりたる費用は適切な金額を持って王国が負担する。その負担の適切の可否はイヤリル神社が監視する。
(この辺は、共闘の約束と言う事である)
一つ、エイドラ山地内においては王国は山と森の民の慣習を第一するものとする。
加えて、イヤリル神社がその遵奉を監視する。
以下のごとく、
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云々
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イエナー陛下と日巫女が並んで座る前で、協定の合意内容は隅々まで読み上げられてゆく。
その内容は細々したところまでいきわたっているのだが、穴兄弟の長男にそんなことまではわかっているはずがない、もっともらしい顔をして頷いているだけだ。そして最後に、
「朕はこの取り決めを誠実に守ろうとするであろう。しかし、山と森の掟には疎いのでイヤリル大社の日巫女殿以下の歴々の助言をもって、それを為さしめたいと思う。」と・・・。
要するに何もわかっちゃいない、なにかあったら神社の連中と話し合って決める・・・そう言っている。もっとも神社の方もそれは先刻承知済みで、要は自分達がエイドラ山の利益代表者であることを王国が認めたならば、それで大方OKなのだ。
そして日巫女も国王に答える、
「我らはその名誉をもってエイドラの山と森の民から精鋭の勇士を集め、この正義の戦いでおおいなる役目を果たすでありましょう。この事を御精霊アッシュールと御精霊アシュタロテに誓いまする。」
王国としては彼らの戦力をそれほど期待してるわけではない。ただ敵に廻られると厄介なのと、もっと欲しいものはその労働力である。ヴォルカニック皇国へ攻めてゆくには当然その補給線が必要で、そのための軍用道路をエイドラ山中に建設している最中なのだ。労働力および工事のための様々な便宜や協力が欲しい。特に“ゴミ箱の蓋”の発明により、豊富な魔力を有するドワーフやエルフは計り知れないほどの戦略的価値を持つようになった。戦士でなくても普通の村人でいいから、少しでも多くを動員したい。この盟約にはそれを期待している。
だが、山と森の連中からすると同盟戦争では華々しく戦果を挙げなくてはならない。そうでないと彼らなりの自尊心が保てないし、名誉無き者には分け前も主張できないというのが彼らの掟なのだから。
という事で、新たな盟約を結ばれたのである。
さて、イヤリル神社にもどった日巫女は、まず精霊アッシュール・アシュタロテに盟約の報告するために地下の拝所に赴く。そしてその次に神社の面々にむかってイヤリル戦士団の結団を宣言した。
かくして、エイドラ山中の各部族に向けて、
『聞くがよい、
御精霊アッシュールの子らよ、
御精霊アシュタロテの子らよ、
誇りあるエイドラの民よ、
我らを辱めし、あのウェルシに
そして、腹黒き黒幕のヴォルカニックに
ついに、報いの刃を喰らわせる
ついに、御精霊のイヤリル戦士団を結団する
精鋭の戦士達よ、氏族の誉れよ、
千年の
今こそ集え。
大地に足音を震わせ
森の中の風を震わせ
正義の戦いに集え。』
かくのごとき檄文を飛ばし、イヤリル戦士団への徴集を呼び掛ける。
そして帥つまり軍監に大巫女エルメダを任命し、その幕下として神官と巫女ら20名ほどを選んで華やかな衣装で飾り、この一団を神社から出発させた。
さてこの20名ほどのささやかなイヤリル戦士団は、戦場のある東へ向かうのではなく、南東に半日ほど歩いたところにある小さな社に向かっている。
ごく近くの社なので朝に出立して昼過ぎにはもう到着する。すると、既にそこはお祭り騒ぎとなっていて、この社の御近所の部族から大勢の村人たちが集まって騒めいていた。
「われら、ガングルツ氏族の戦士なり」
そのなかの40名ほどの着飾ったドワーフ達の中からひときわ厳つい漢が叫び声を挙げる。
「佳き戦士なり、巌のごとき偉丈夫なり」
と、エルメダは応える。
ドワーフだからちょっと背が低いのだが、その事は知らないふりをするのが礼儀なのである。
こんどは、その横にたむろしていた60名ほどの中から
「リルハンメルの森の風は召喚に応じぬ。」
と。ちょっと気障なノッポ野郎がエルフの戦士長であるらしい。エルフの一団には女性も混じっている。
これに対してもエルメダは、
「精霊樹は喜びて、その繁る葉音が騒めけり。」
と、合わせてやる。
こうして互いの挨拶が終わると、彼らを取り巻く大勢の村人たちはワッと盛り上がり、そして宴会が始まった。
既に森の獲物を丸焼きにしており、それにパンやスープを配り、もちろん酒の満ちた杯も配られる。
大きな焚火の前で、招集された者は家族と別離の前の団らんを憩い、また戦士達は互いに友情と団結を誓い合う。
こうして一夜を過ごして翌朝、120人ほどに膨れ上がった一団は今度は北にむかって出発する。後ろには荷物を背中に括り付けたロバが5頭ほど曳かれていた。
この様にして、エイドラ山中に散らばっている社に行っては、その近隣の部族から戦士達を集めながら、この一団は少しずつ少しずつ東に向けて進んでゆくのである。
やがて人数が千人にも膨れ上がってくると、もう細い山道でははみ出してしまう。そうなるとほとんどの者は周りの森の中に広がって進むので、大規模な巻き狩りをしている様な有様となる。じゃあ、士気が弛んでダラダラしているのかと言うと、本人たちはこう言うわけである。「イヤリルの戦士たる者は道なき道を歩むことに苦を感じることは無い」と。それが彼らの最も大きな強みなのだ。
ただ、招集をかけながらの行軍なので進む速度はかなり遅い。道順もあちこちをグネグネと曲がりくねながら進んでいて、時には少し戻ったりもしている。
何よりも行く所行く所でお祭り騒ぎをしているのだから早く進むわけがない。
まあこれも「大規模な部隊行動の訓練・演習を兼ねている!」と、言う事である。
出発したのは5月だが、到着するのは夏の終わりごろか・・・その時すらはっきりと定まっていない・・・さすがに冬になると雪が辛いので、それまでには辿り着くであろうが。
まあ、そんなものなのである、山と森の民の軍団は。
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