第109話 褒賞

論功行賞、これほど人々を高揚させる場はない。命がけで勝ち取った勝利、その分け前が配られるのだから。

そして、与える方も派手に気前よく期待にこたえなければならない。次の戦いの戦意の源になるのだから。


「この戦いはまだまだ先が長引くワィ。此度の褒賞、ここはケチらず思いっきり派手にしておかないとナッ。」


あの穴兄弟の長男、イエナー陛下の考えそうなことである。

ところで戦功であるが、真の功績は死屍累々たる戦死者達にある。しかし、累々と朽ち果てている屍には派手さを期待するわけにもいかない。そこで、その中から伝説の英雄を祭り上げる、あるいは生きのこった者たちの中から派手に働いたものを捕まえて『戦功大なり』とお祭り騒ぎをするわけである。


実は言うとランディ達自身は、論功行賞の公聴会を前もって既に爵位を約束されている。

一昨日に、モルツ侯爵から呼び出され、


「御見事でした。

今回の戦いでの勝利に必要不可欠な戦功をあなたは挙げられた、これは王室・騎士団において周知一致した見解です。

また、あなたの仰っていた索敵・後方かく乱の意義の大きさ、これは王国の騎士団の盲点でもありました。今後、あなたにこの盲点を埋めていただく様、期待したいと思います。

で、あなたのお立場ですが、騎士団の中に所属するとなると・・・あそこは何分組織が大きいですからね、自由に動きにくくなる。ですから、引き続き私の下に所属していただきましょう。この方が色々と都合がいいと思いますよ。

それで報酬ですが、あなたは子爵位、お仲間には男爵位を用意しております。封地についてはまだ決定しておりませんが・・・何かご希望は?」


「ご評価ありがとうございます。ご期待に沿えるようにこれからも努力いたす所存であります。

それで、領地との事ですが・・・我々が転生者の集まりであるとは既にご存知であると思いますが、なんと言うか・・・王国の文化の中に浸かって生きていくのは何かとさびしい時もありまして・・・転生者が寄り集まって、前世の世界の文化をすこしでも再現して味わえるような街ができたらいいな・・・それが我々の願いなのであります。

それと、ピッポと言うハーフリングの仲間がおりまして、これも転生者なのですが、前世では大きな商会の番頭をして手広く商いをしていたようで、こいつが申しますのに、『王国は海の価値を理解していない』、とか申していまして・・・ヌカイ河の河口部に港町を作り、エイドラ山地の海岸沿いとの交易のハブ港にしたいと、ゆくゆくはヴォルカニックとの交易にまで手を広げたい・・・と。」


「ほう、それは気宇壮大ですな。

それに・・・ホッホッホ・・・ヴォルカニック・・・ですか。

気持ちの良い地名です。」


「そう致すべく、働くつもりであります。

そのピッポですが、この世界に産まれて神人に育てられ彼らの組織に入っている・・・と言う事は既に閣下の支配下にある隠密の一人と言うことになるのですが、彼の希望では商人の組織に鞍替えしたいと・・・そう申しております。」


侯爵はニヤッと笑みを浮かべ、


「つまり、皆さん方は転生者の集まる街をヌカイ河河口に作り、手広く交易を始めたい。そして、この私にそのスポンサーとなれ・・・と、そうおっしゃるのですな。」


今度はランディがニヤッとして、


「おっしゃる通りであります。」と・・・。


両者ニヤッとして、この話は締められた。

ただ侯爵はまだ話があるようだった。


「しかし、その前に少々お願いがあります。

戦功には名誉が付いてきます。

この”名誉"でありますが・・・これを譲っていただきたい。」


「?」


「エイドラ山地との関係、これは戦略上きわめて重要となります。そのための謀略・宣伝には、ドワーフとエルフの"ガルマンとエルフィン"の存在が重要になるのです。以前、あなたは義勇軍の中核にはドワーフ・エルフの英雄が必要である。そう仰っていたが、それは死せる英雄でも構いますまい。いや、死んでいた方がこちらのコントロールがしやすい・・・いささか、毒のある表現ではありますが。」


「謀略・宣伝のためのですか・・・そういう言い方は好きにはなれません。実際、その2人の自己犠牲の上にあの作戦を成功させたというのは事実なのですから。彼らこそが、それは覆しようのない事実です。そして、この戦争は森の民・山の民にとってはなのですから。

ガルマンとエルフィンこそが英雄である、その事に一切の異議はありません。これは私の武人としての矜持からそう申し上げます。」


少し気色ばんで答えるランディに、侯爵はにっこりと微笑みを返し、


「また小気味よい返事を。あなたはそういう方なのですか、いい友人になれそうですな。

実は言うと、これはイエナー陛下からのたっての希望でもあるのですよ。

開戦前の会合で彼らと何か約束があったようでして・・・」


ランディはあの時のを思い出す。そして、


「しかし、そうなのであれば、王国は後々まで縛られますよ。森の民・山の民に対してとなるのですから。」


「仰るとおり。しかし、何を今更と言うか・・・あなたがなさってきたことでしょう。当然、それは承知の上です。そもそも王権の根本となる“王国と人々との間の絆”とはそう言うものなのですよ。」


「そういう事なのであれば、何も申し上げる事はありません。」


と言うことでその日の会合は終わった・・・悪代官と越後屋のような・・・。


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ところで、である!


今回の勲功第一等、すなわち最も派手派手しかったのは私ということになる。そして褒賞の公聴会を開くというのであれば、何か派手に欲しい物を言ってみろと言う事である。伯爵ぐらいならやってもいいとすら言われている。


ウフフフ・・・。


・・・と、ここで困ってしまった。

爵位や領地を貰ってしまうと、王国に取り込まれてしまうことになるから。そうなってしまうと使徒という立場には不具合があるのではないか・・・。

こんなことを考えながら、幾日かを過ごし、やがて公聴会の当日となった。


「誇り高き山の民・森の民のガルマン殿とエルフィン殿。既に亡き両名は奮戦の末、その命と引き換えに、敵侵略部隊の兵糧物資を焼尽せしめ、戦略上、重要なる働きをせしものなり。

御両名の名代として、ラルフ、ガッツ、ツルイの3名、でませい!」


前の順番である。ちょうどランディ隊の論考行賞をやっている。

ランディたちへの報酬はすでに話されている。だからかれらはもう出てこない。

しかし、山の民・森の民に対しては今後の政治的配慮と言うモノが重要であり、そのためにガルマンとエルフィンと言う英雄を作り上げることが必要なのだ。なんと言うか、大人の事情と言う奴である。


「ガルマン殿・エルフィン殿、その勇猛果敢なる働き、此度第一等である。既に故人となりしが、御両名を各々ギルメッツ族・フィンメール族を代表する国境爵の初代とする。危急存亡のときであり、両部族はその後継者となるべき代表をいそぎ決められよ。なお、王国はその2代目を通じて、両部族の保護とその旧領の回復に援助するものとする。両部族に対する保護と援助は、テルミス王家の名誉を持って約束する。」


なんのことはない、東エイドラ山地の戦場となる重要戦略地帯の住民、いや元住民を取り込もうとしているだけだ。こう言うと、何やら恩賞を出しているように聞こえるから、大人とはずるいものだ。


いよいよ私の順番が回ってきた。係官が大声で呼びあげる。


「修道院の学生がくしょうにして迷宮の冒険者、エリーセ。でませい。」


構内の大勢の観覧者の中から、国王と居並ぶ重鎮の前に出て、両膝をつき平民の礼をとる。

また係官が大声で文書を読み上げる。


「学生にして冒険者エリーセ、貴公は先の会戦で味方勢を奇跡ともいえる治癒魔法で支えてその士気を高め、敵勢を退転せしめて勝利に結びつけた。しかも引き続いて、万余の敵勢の包囲を突破して東城に駆け付け、この城を助勢し見事に守り抜かせたのである。その勲功第1等である。褒賞は爵位・領地、のぞみのままなり。国王陛下に望みを申されい。」


前に居並ぶ面々は上機嫌な表情で私をみつめている。今回一番派手な働きをしたのであるから。派手な英雄をぶち上げてやろうと、ヤル気マンマンなのだ。

立ち上がって大声で返答する。


「では、我が大それたる望みを申します!」


声がかすれないように下腹に力を入れ、大声で叫ぶ。


「奴隷の開放をお願い奉る!」


一瞬、沈黙が支配する。何を聞いたのか、ここにいる人々の全てが理解できなかったからだろう。

しかし耳に届いた言葉を反芻し、ようやく理解するにつれ、どよめきが上がり始める。

それまで機嫌よさそうに座っていた内務卿が一転して顔をしかめ、怒気を込めて発言する。


「何を言っているんだ、それは褒賞ではないだろう!内政の干渉をしたいのか!自分を何様だと思っている?いい加減にしろ!」


当然である。ただでさえ戦費捻出に忙しいのである。こんな時に、根本的な制度改革の要求など聞きたくもなかろう、そもそも、戦功の褒美なんぞで決めることではない。

しかし、そのように言われては、売り言葉に買い言葉で、当然、反撃しなければならない。


「それでは申し上げます。ならば、一頭の馬と国境通過の手形を賜りたく存じ上げまする!」


「なっ何だと!国を出ていくと申すか!」


内務卿は怒りで顔を真っ赤にして、返答する言葉も失い、絶句してしまう。そして国王の方を見つめ、もう一言もしゃべらない。

国王、つまり穴兄弟の長男;イエナー陛下は、しばらく目をつぶって考えていたが、ようやく口を開いた。


「だっ、黙れ・・・

黙らっしゃい・・・

黙るんだ・・・

・・・、

・・・誰に黙れと言ってるのかと言うと・・・、

・・・、

・・・、

黙れ、内務卿!

ここは此度の戦いの勲功に対する恩賞の場であり、戦功に裏づいた発言のみが許される。今ここで述べた者は、一大会戦にて味方軍勢を支えぬいた者であり、その後すぐにまさに落ちんとする東城に駆け込み、遂には守り通した者である。

そなたはそれに匹敵する手柄を立てたのか?

この者はその大なる戦功に基づいて述べておるのである。それを手柄なきものがとやかく言うことは許さぬ。

確認する。そなたは戦功の恩賞として、それを望むのであるな?」


信賞必罰はこの国王の絶対的な信念らしい。


「御意!」


大声で返答する。


「良かろう。ただ、奴隷解放は余りにも影響が大きく、一朝一夕に実現できることではない。言うは易く行うのは難い。できるのは奴隷に関する制度見直しから始めると言うよりほかない。早急に制度見直しのための諮問委員会を結成し、その勧告が出されたら断然として実行する。その諮問会においてそなたの発言を認める様、約束する。いま直ちに返事できるのはそこまでだ。」


「有りがたき幸せ!」


再び両膝を床に付け、両手を胸の前に合わせて握り、視線を下して頭を下げ恭順を示す。聖職者・平民の最敬礼である。


その時、誰かが席を立ってこちらに駆け込んでくる気配がした。前にしゃがみこんで、私の両手掌を包み込むように手を重ね、顔をのぞき込んでくる。マルロー大司教であった。眼をうっすらと潤ませている。


「よくぞ申しました、よくぞ申しました・・・。」


そして、後ろに並ぶ大勢の観覧者の方に向き、大声で叫ぶ。


「今ここに、信女エリーセの願いを国王陛下は聞き届けられました。この御英断により、王国が神の国に向かって歩むことが定まったのです。

信仰篤き人々よ、勇気をもって王国を守りぬくのです。

神よ!我らを導き給え。」


マルロー大司教がこのような行動をとるのは誰も予想していなかったのであろう、構内は一瞬静まっていたが、たちまちどよめきがあふれる。陛下は初め渋い表情であったが、考え直したのか、もうまんざらでもない顔をしている。

私は感極まった様に、膝をついたまましばらく黙礼を続ける。そして、落ち着いて立ち上がって後ろの出口に向かってふりかえり、降りかかる熱い視線に怯んだそぶりを見せぬように気を付けながらゆっくりと退場する。

この様にして論功行賞の会場から立ち去った。



ここで少し解説をさせて頂きたい。

エリーセは学生・冒険者との称号で呼ばれたのはなぜか。戦場の真っただ中では"使徒"とあがめていたくせに・・・。

それは"使徒"と言う称号がそれだけ危ういものだからである。王国にとって、エリーセが己(おの)が利器として使えるのか、それとも危険分子となるのか、どう転ぶかはまだ不明と言わねばならない。だから公の場で全面的に使徒とあがめるわけにはいかない。そう言う事である。

同時に教会側にも事情がある。教会が公式に使徒と呼んでしまうと、教会としてはそれに従わなければならない。神の使いなのだから当然だ。しかも、その使徒が王から褒美をもらうというのは困ったことになる。その神の使いが、王のしもべになってしまうから。だから"信女"という金で買える俗っぽい称号で呼んだわけなのだ。

しかし、それでも戦場には使徒として姿を現し、"コマッタトキの使徒頼み"にちゃんと応えた、それにみんなは聖歌ロックコンサート『ザ・キセキ』も楽しんだ、という事は既に知られている。だから、エリーセが爵位や領地といった"名利"を求めずに、奴隷解放という"道義"を選んでくれたこと、その事に教会としてはホッと安堵しているのだ。マルロー大司教の涙はこの安堵の涙でもある。

"汚い!大人って汚い!"と、思われる読者もおられるであろう。でも、世間の良識とはそう言うものなのだ。



宿に戻ったが、流石に疲れたので部屋に閉じこもり、興奮をなだめながらベッドの上でゴロゴロして過ごしていた。

夜半になり、懐かしい来訪者がやってきた、奴隷メイドの元締めである。

「やあ、久しぶりだねえ。ほんと、あんた変わったよ。いや、いい意味でだけれどね。王宮じゃ大騒ぎさ!侯爵が一度じっくりと話がしたいんだって。明日、王宮にあたしを訪ねてきておくれ、案内するから。」


来た!一番の難物が来た!


次の日の朝、王宮の通用門より入り、元締めを呼んでもらう。


「やあ、待ってたよ!さあ行こうか。」


元締めの部屋に行くと、そこではモルツ侯爵が既に待っていた。


「おっ、久しぶりですね。えらく張り切ったようですが、こちらでも大騒ぎになりましたよ。さっ、まいりましょうか。」


そう言って席を立ち、部屋を出る。どこへ連れていくつもりなんだ。ちょっと心配だったけれども、すぐにその懸念は晴れる。歩いているのは以前にいつも通っていた通路である。国王執務室横の陛下の休憩室、あそこへ通じる通路。なつかしさに少し感傷がわいてくる。

でも、ということは・・・。

休憩室の裏口、給湯室から入る。中で長椅子にごろんと寝ころび、奴隷メイドのスカートの中に頭を突っ込んでいる人物が、国王イエナー陛下その人である。

裏口のドアをコンコンと叩いて、侯爵が声をかける。


「陛下、連れてきましたよ。」


以前と同じように、指をたててお茶の用意を指示し、起き上がる。


「ご機嫌麗しく・・・。」


と挨拶をしても、何の返事も返さずに、テーブルの前に椅子に座り、こっちに来いと人差し指でまねく。

ちゃんと私の椅子も用意されていて、侯爵が席に着いたあと横の席に着く。


「さて、どういうことだ!」


いきなりの査問である。

侯爵の方を見ると、早く言えとばかり横目でこっちを見ている。

唾を飲みこみ、落ち着いて話す。


「もともと奴隷でしたから、そういう望みを強く持っていたのは事実です。しかし、今こうすることが王国に大きな利益をもたらすと考えましたので、敢えて、あのように申し上げました。」


「利益?利益だと?」


陛下は目を大きく開き、正面からにらみつけてくる。侯爵は横目でジッと見つめたままだ。


「今王国は、周辺国をすべて敵に回して戦っています。必要なことは国内の一致団結と攻め込んできた敵対連合の大義名分を崩すことであると存じます。

そのためには奴隷解放というのはよい方策であると考える次第です。奴隷解放策を実行すると教会がまず強い味方となります。逆に言えば、やらなければ教会が王国に敵対する恐れもあります。

そして、ドワーフやエルフで誘拐され奴隷として売り飛ばされた者も少なからずおります。山の民・森の民の彼らの支持も得られるので今後の戦に強い助けとなりましょう。

また、下層階級の熱狂的な支持を得ることができたならば、戦争において彼らを動員し、何らかの役割を期待できるかもしれません。

とにかく挙国一致の体制づくりに、奴隷解放の名分は大きな役割を果たすものと存じます。

また、敵対連合が出した檄文の大義名分にも王国の奴隷制度に対する非難が入っております。これに対する対応策ともなります。」


ここまで一気に話して、少し休む。

しばらく沈黙が続く。

後ろから、コンコンとノックの音がして、「お茶が入りました」と声がかかった。

陛下はフーとため息をつき、「とりえず茶にするか」、と。

テーブルの上にお茶の入ったティーカップが並び、馥郁とした香りが上がると、雰囲気がリラックスしてきた。


「まあ、なんだ・・・そこまで考えているとはな。ずいぶん変わったなお前。」


侯爵を見ると、もう微笑みに戻っている。いや、眼差しまでが柔らかくなっていた。そして、


「同じことは既にこちらでも考えていたのですよ、まあ、いい機会となったわけです。ただし、やはり奴隷解放といっても今できることは限られている。問題はその限られた事だけで満足できるかです。できれば、挙国一致に大きく寄与する、できなければ逆効果です。」


「わたくし自身は多くを主張する気はございません、できる範囲でとにかく満足いたします。そもそもこの問題は、長期にかけて継続的に取り組むべきものでしょうから。

ただ、教会はこの問題に強い不満を持っています。現実的には、とにかく教会を取り込み、どう妥協あるいは満足させるかが問題になるのではないでしょうか。」


「つまり諮問委員会に教会を参加させろと?」


「御意。」


「まあ、そんなところだな。」


「そのお言葉を教会に伝えてもよろしいでしょうか。」


「ええ、構いませんよ。そう、教会に伝えるのはあなたが一番最適かもしれない。あちらさんからの対応は私が致します。

それはそうと、陛下、エリーセは今後どういたしましょう?

なかなか、使える人材に成長いたしましたが。」


「何を言ってる、すでに神の使徒じゃないか。」


「いえ、どう取り込もうかと。」


陛下は、またこちらを向き、尋ねる。


「で、お前はどうするつもりなんだ?」


「迷宮都市バルディに戻ろうかと思っています。」


「やはり神命か?正直言うと、今それどころではないのだ。」


「あそこで神聖騎士団があるのはご存知だと思います。」


「ああ、今回も味方してくれたのは感謝している。ただ、あれは王国に忠誠を誓う筋合いのものでもないし、こちらとしてもできるだけ介入せぬように気遣っている。」


「お気遣い、ありがとうございます。

おっしゃる通り、王国に忠誠を誓うことはないですから、戦力として彼らを期待しても裏切られましょう。しかし、彼らの前身はバルディ修道院の聖騎士団であり、王室とのつながりがないというわけでもありませんし、王国騎士団の騎士や魔術師が修行に出入りしていることは以前と同じです。

神聖騎士団と名を変えたのは神命が下りたからですが、修行とくに魔法の修行の効果が飛躍的にあがったので、王国の騎士達にとっても魔法強化の修行場としての意義は大きいものと存じます。

また、あそこには大勢の冒険者たちがいます。騎士団とは違った戦い方ですが、彼らが戦争の役に立つことは今回の事でもよくご存知かと思います。」


補給線の襲撃や偵察に活躍していたのである。特にランディ隊の奇襲は今回の会戦で戦略上の決定打となった。


「それに、あそこにはドワーフ・エルフたちも大勢います。今後の事を考えると、彼ら森の民・山の民を味方にする意味は大きいと思いますので。」


「仰る通りです。」


侯爵が同意してくれた。


「皇国との間に広がる広大なエイドラ山地はドワーフとエルフたちの領分です、彼らを味方に取り込めると今後の戦いを進めるうえで、だいぶ楽になるのではないでしょうか。」


「できるのか?」


「私はハイエルフの身で、またイヤリル大社の聖霊巫女にもなっています。彼らに受けが良く、やりやすい立場なのです。もちろんできる範囲でありますが。」


「面白い。じゃあ、迷宮都市バルディにお前の拠点となる屋敷を建ててやろう、そこで策を練ってみろ。」


今度は侯爵が甲高い奇声を上げた。

・・・いや笑い声だ。


「ホォ~ホッホッホ~!」


侯爵の笑い声は初めて聞いた。


「陛下、エリーセですが私の義子として迎えることお許しいただけませんでしょうか?

叙爵は既にはじかれてしまいました。使徒という立場からは、王の家来というのは受け入れがたいからでしょう。

しかし、こちらとしては関係を強くしておきたい。侯爵家の義子と言う事ならば、つまりモルツ侯爵家の跡取りになるという立場ならば、使徒である立場とも矛盾しない。まだ、侯爵家の家督相続すると決定したわけではないのですから!」


そっ、それは、そんな話が出るとは予想外だ。


「えっ、それは!」


侯爵は私の口をふさぐように掌を向けて黙らせ、


「とにかくこの戦争が終わるまでは、無条件で味方していただきます。よろしいですね!こちらも必死なんですから。」


・・・。

そして、また裏口から出てゆき、街に戻った次第である。


王宮を出てもう一か所訪ねなければならない。中央修道院に。

フィオレンツィ師を訊ねていくと、奴隷解放の話は既に聞いていて、


「有難い、ほんとうに有難い!こんなことが生きているうちに見聞できるとは思ってもみなかった。ほんとう、大神様に感謝せねばなりません。」


そう言って、祈りをささげて見せる。以前から、王国の奴隷制度に苦労を重ね、人生の課題としてきた人なのである。この言葉はまさしく本心としかいいようがない。

そして、いま王室に呼ばれてきた話の内容を話すと、


「なんと、もう話が動いているのですか。これはジッと見ているわけにいかない。マルロー兄弟の所に行きましょう。」


そそくさに部屋を飛び出し、中央修道院近くの大司教公邸に急ぐ。

公邸に入り、そのまま大司教執務室に飛び込むと、面会者が居たようで、

「おっと、失礼!」

と、廊下に出て、そのまま部屋の前で待っている。よほどイライラ・ウズウズとしているようで、廊下を行ったり来たりしている。しばらく待っていると、来客を送り出したマルロー大司教は、手のひらをひらひらとして招き寄せ、


「落ち着きませんな、フィオレンツィ兄弟。まあ、分かりますけどね。」


そう言ってウインクをして見せる。小太り親爺のウインクに毒気を抜かれてしまい、師は興奮が少し醒めたようだ。執務室にはいると、


「フィオレンツィ兄弟、エリーセさんからお話はもう伺っていますよね。」


「いや、それだけじゃないのです。エリーセはあれから王室に呼び出されて話があったというんだ。」


「ほう、もう動いているのですか。流石にイエナー陛下、動きが早い。その話を聞かしてもらえるのでしょうね?」


「ええ、もちろんそのつもりで参りましたから。

戦時下にある王国にとって、挙国一致と敵対連合の大義名分を崩す事が何よりも喫緊の課題ですから、陛下はそれに繋がらなくてはならないとお考えです。そして、それには教会の協力が何よりも必要になると。それで、あの諮問委員会には教会を参加させて取り込まなくては、と・・・。」


「・・・取り込む?、

教会を取り込む・・・ネッ・・・、

いいですよ・・・取り込まれてあげますよ・・・。

いや、鯛を釣ったと思ったら、鯨が付いてきた、そんな風に取り込まれてあげますよ、

ウフフフ・・・。」


マルロー大司教はちょっと悪い顔で一人微笑んでいる。


「まあ、たくらみごとをする前に、もう少し確かめる必要があります。どなたがカギになっているのです?」


「モルツ侯爵です。」


「ホウッ!、そうですか。じゃあ本気で動くつもりですな。大急ぎでアポイントをとって接触してきますよ。さあ、大忙しだ。」


マルロー大司教の悪い笑顔をみて、フィオレンツィ師は少し心配になったようだ。


「そんな積極的に動いても、エリーセの立場は大丈夫なのでしょうか?」


「なにを言ってるのですか、王室側としては願ったりかなったりじゃないですか。こんなにも話を大きく動かして、エリーセ様様ですよ。」


どうのかは分からなかったが、マルロー大司教の顔がより一層悪い笑顔になっていったのはよく分かった。


そのたくらみの内容が知れたのは一ケ月後であった、奴隷解放諮問委員会のメンバーが公表されたのである。委員には官僚3名と聖職者3名が入っていて、委員長はフィオレンツィ師が務めることになったのは妥当なところであろう。ただ師の役職が信仰保護官という変わったものであった。そんな役職は知らないので、師に聞いてみると


「じつは、これは王国の役職ではなくて、教皇庁の役職なわけでして。信仰をないがしろにしている事態があれば臨時に召集されるという教皇聖下直属の役職なので、本来ならば枢機卿や大司教が兼職するというたいそうな役職なんです。つまり、王国の奴隷解放諮問委員会は王国の機関としてでなく、王国の奴隷問題に教皇庁が介入するという形になったわけです。あくまでも、形だけですが。」


王国は当初の目的の教会取り込みという点では満点を超える成果を得ることとなった。しかも、教皇庁自身が関わっているということは、”奴隷制と言う罪は王国と教会が手を取り合って改善して贖うべきものであり、王国を一方的に断罪するようなものではない”、と教皇が判断したということであり、ヴォルカニック・サムエル連合側の大義名分が霧散霧消してしまった。外交的にも大きな得点を得ることができたのである。

反面、国内問題に教皇庁が関与したという実績が残ってしまう。王国と教皇庁の関係が大きく変わっていく契機にもなりうる事件といえる。いや、後に教皇庁と言う組織が変わっていく始まりでもある・・・。


ところで少し説明を割り込ませたい。ここでフィオレンツィの役職の『信仰保護官』と言う名前に違和感を感じる方もおられるかもしれない。奴隷問題に働くのであるから、保護官ではなく保護官でないのかと。

ヘルザ大陸のこの世界はいうなれば中世後期であり、まだ身分階級制が第一で、それを超えた全社会的な意味における基本的人権という概念はない。

では個人の尊厳はなかったのかと言うとそうではない。神と個人を繋ぐ絆としての個人の尊厳がある、すなわちそれが信仰と言うことになる。そう言う意味でのがあるわけで、それを信仰という言葉で全てひっくるめているのである。だからここで信仰保護官と言うものは、神との絆という個人の尊厳を保護するための役職という意味なのである。


委員会の開催初日、まず私に発言が求められる。当然である、話の大元は私なのであるから。


「今日、皆さまがお集まりいただき、念願であった奴隷解放について御協議いただけること、感極まる次第であります。わたくし自身の境遇に理不尽な思いがありましたから、陛下にかような嘆願をいたしましたわけでありまして、まず、その話をさせていただきたい。」


こうして、ウェルシ公国との国境付近で身を攫われて売り飛ばされ、奴隷商サンドラの元で、子宮を焼かれ、名を奪われ、お香:薬剤を使って洗脳されたことを訴え、その虐待に一人のエルフの少女が絶望に耐え兼ねて自殺するのを見たこと、神官や街の役人がそれを知っていても黙認していたことを訴える。そしてバルディで聞いた話、ウェルシ公国で拉致されテルミス王国に奴隷として売られるドワーフ・エルフが大勢いることを報告する。

出席者は大いに憤慨して見せ、肯いて聞いてくれる。中でも一人、教皇庁からやってきたカラン司教は、顔を真っ赤にして怒りを表してくれる。


「全く持ってケシカラン、このような暴挙のみならず、これを見逃してきた罪は計り知れない。テルミス王国の諸氏はこの重大な罪を自覚しておられるのか?神の怒りがいか程のものなのかご理解いただいているのか?」


カラン司教は、名目上は信仰保護官であるフィオレンツィ師の補佐官となっているが、実際は教皇庁から派遣された唯一のメンバーであり、まあいうなれば教皇庁からのお目付け役とも言える。

王国の官僚は、鼻白じらんだ表情で、


「ウェルシ大公国との国境地帯であり、正直我々だけでは如何ともしがたい地域ではありますな。いっその事、教皇軍でも組織して鎮圧していただければよかったのですが。」


「なんだって!正義を知りながらもそれを放り出して置いて・・・その言い草。そもそも王国に奴隷制度なんぞあるのが罪の根源であろう!まず、その罪を断罪してからだ~。」


この人は、この場が何であるのか理解しているのだろうか?それが他のメンバーの実感であった。


「まあ、お待ちなさい、カラン兄弟。ここは弾劾裁判でもなければ異端審査の場でもない。現状をどう変えていくか、その政策の提案するための委員会なんですから。王国をより良き国に導くことが我々の役目なのですから。」


フィオレンツィ師は、忍耐強くなだめている。


こんな具合で、諮問委員会は進んでゆき、喫緊の問題として国境地帯の街ゴムラの奴隷売買で行われていた"お香を使った調教”を即刻禁止し、同時にゴモラから売られた奴隷の取引の禁止と彼らの権利回復が決定する。

これは直ちに決定した。

問題はその後である。

王国としては、奴隷問題の罪を全てウェルシの責任に押し付けてしまえば、戦争の大義名分から言っても都合よく、制度改革をこれだけで打ち切れる事にもなり、これは最も具合の良い話である。当然、王国の官僚たちはその方向で話を持って行こうとする。

しかし、それは欺瞞というものだ。

王国に奴隷制度なるものが無ければ、そもそもこういう事にならなかった。ゴモラの奴隷商としても性奴隷の売り先もなかったであろう。というのが教皇庁からきたカラン司教の主張である。カラン司教は根本的な罪のありかを追求して、まず、その断罪が必要であると強く主張している。

が、それにこだわると、制度をどう変えるかと言う本命の命題が進まなくなる。王国の奴隷制度を貧困層のセイフティーネットのシステムに作り替えようと奮闘しているフィオレンツィ師としては、なんとしてもそちらの方向に話を持っていきたい。


ここからは、この審議会は喧々囂々として、もう収拾がつかなくなってしまった。

まあ・・・しかしである 、”調教”と言う手段を封じてしまえばその役目は大体果たしたといえる。これで奴隷商の街ゴモラが復活することはないにちがいない。また、戦争で”ウェルシ大公国”なるものを叩きつぶしてしまえば、私のような性奴隷や戦闘奴隷はもう生まれないに違いない。後は政策論議をじっくりと積み重ねるより他ないのだ。



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